「ピカソは女性虐待の加害者」ポリコレに狂った教員と学生がピカソ美術館でデモ…価格は下落「偉人の断罪行為は辺獄行き」

トイアンナ
公開)

 かつて、多くの独裁国家で「焚書(ふんしょ)=政治的に正しくないとされた本を燃やす」が行われてきた。それを学んだ私たちは「なんてひどいことを」と感じたはずだ。だが、ポリティカル・コレクトネスの言論は、民主主義における焚書を実現しようとしている――。エッセイストのトイアンナ氏が、ピカソの絵の価格下落についてぶった切る

ピカソの値段が下がっている

 ピカソの絵といえば、軒並み100億円を超えることで知られている。2021年にはニューヨークで『窓辺に座る女』が1億340万ドル(約142億円)で落札された。絵画『アルジェの女たち』は世界で取引された絵画のなかで、9番目に高い取引額にランクイン。生前から売れっ子だったこともあり、画家の中でも珍しく裕福だったと言えるだろう。

 ところが、ピカソの価格がいま、下落し始めているのだという。2022年には4401ドル(約60万円)だった平均落札価格は、今年に入って3736ドル(約50万円)まで落ち込んでいる。まだ下半期が残っているため断定はできないが、これまで上昇する一方だったピカソの絵画価格が、頭打ちになっているのは事実だ。

 その背景にあるのが、まさかの「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」だという。ピカソは女性蔑視で知られており、生前は女性のことを「女神、またはバスマット」と言ったこともある。2021年にはスペインの美術教授と学生が、ピカソ美術館で「Picasso, women abuser(ピカソ、女性虐待の加害者)」と書かれたTシャツをまとって訪問するデモを行っている。

 ピカソの絵画価格が下がったのは、ピカソの作品に問題があったからではない。ピカソが、現代の価値観では「政治的に正しさ」の観点から許されないからである。

ポリティカル・コレクトネスとはなにか

 そもそも「政治的な正しさ」とは何か? 社会や文化のなかで表現されるものが、政治・社会の価値観に合致するかどうかを査定し、差別や侮辱、偏見を回避することを促す思想や概念を、ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)と言う。1970年代からリベラル・左派を中心に使われだした言葉で、もともとは「政治的正しさばかり気にしていたら、何も表現できなくなってしまうよ」と、自虐を含めたジョークとして使われることが多かった。

 それが1990年代以降になり、もともとの皮肉的な用法が失われ、表現の自由を規制する意味で使われだした。そして現在は、以下にあてはまるアートや発言を規制する言葉として、ポリティカル・コレクトネスが使われている。

・人種差別

・女性差別やLGBTQ(性的少数者)を含むジェンダー、セクシュアリティの差別

・年齢差別

・外見の差別 など

 いま30代以上の方なら、看護師がかつて「看護婦」と呼ばれていた時代を思い出せるだろう。助産婦、保母など、職業に性別が付与されている言葉は「政治的に正しくない」とされ、ポリティカル・コレクトネスの観点から改名された。

 ほかにも学校で「くん・さん」で分かれていた児童の呼び名が「さん」で統一されたり、痴呆(ちほう)症、精神分裂病といった病名はそれぞれ認知症、統合失調症に変わった。筆者はこれらの動きを歓迎している。名称変更のおかげで、男性も看護師を目指しやすくなりつつある。

 精神分裂病などは、まるで統合失調症が多重人格かのように誤解をまねくうえ、回復が見込めないかのように思わせる表現だ。言葉狩りと言われようとも、そこにメリットがあるなら、名前などどんどん変えればよい。

 こうしたポリティカル・コレクトネスの動きに対して、批判もある。表現がどんどん規制されていくことで、検閲のような文化が生まれてしまうからだ。性差別や人種差別をなくす目的は、本来、多様性のある社会を目指すためのものだった。しかし、あまりに表現を狩ってしまえば、逆に多様性は担保されなくなる。ポリティカル・コレクトネスは常に、この矛盾をはらんでいる。

過去の偉人をポリティカル・コレクトネスは断罪できるか

 そして、冒頭に出てきたピカソの例に戻ろう。過去の偉人にとっては、現代の価値観など知るよしもない。しかし現在の我々は、今の価値観で作品を見てしまう。そして、政治的に正しくないと感じたものに、怒りを覚える。

 たとえば筆者も、森鴎外の『舞姫』を読んだときは、ドイツで日本人が女性をたぶらかして妊娠させ、あっさり捨てて帰国する物語に憤慨したものだ。ただ、だからといって『舞姫』の作品が、教科書へ掲載停止されるべきとは思わない。むしろ憤慨しつつも「当時はこういう価値観だったのか」という部分を学ぶところまで含めて、国語の授業にふさわしいと思っている。

 だが、ピカソの価格下落の流れを汲(く)むならば、いずれ森鴎外も教科書から消えかねない。たとえば「女性関係」だけでも、だらしない人は偉人に沢山いる。師匠の妻に恋文を送り続けていたブラームスはどうか。進学費用を女遊びでスッてしまった野口英世も失格か。アインシュタインは数多くの不倫で知られている。ガンジーは妻に暴力をふるいながら、未成年の女性を裸にして添い寝させていたという。これらの人物は明らかに「政治的な正しさ」の観点から逸脱している。では彼らを教科書から削除するべきか。そうなると、残るのは誰だろうか?

 いま存命の方が、ポリティカル・コレクトネスに反するふるまいをしたなら、断罪されるのは致し方ないだろう。これまで例外とされてきた芸人や梨園の方々も、セクハラ、不倫で干されるケースが増えてきた。それ自体は、業界の健全化に向かう流れとして望ましいとすら思う。だが、過去の偉人はいまの正しさなど知りようもない。

 カトリックでは、死後に行く場所として「辺獄」という概念がある。辺獄は何の罪も背負わず亡くなったものの、キリストが生まれる前に死んだせいで、洗礼を受けられなかった人が行くところだ。キリストが生まれる前だから、キリスト教徒になりようがないにもかかわらず、洗礼を受けていないがゆえに天国へは行けないのである。

 ポリティカル・コレクトネスで過去の偉人を断罪する行為は、まさに「辺獄行き」と同じではないだろうか。当時は問題ないとされていたことをしただけの人間が、後の世で断罪される。しかもカトリックなら、死後にキリストと会うことで、天国行きに路線変更できる。しかし「政治的正しさ」のもと断罪された偉人たちには、悔い改めるチャンスすらないのだ。

多様性のために「焚書」する過ち

 かつて、多くの独裁国家で「焚書=政治的に正しくないとされた本を燃やす」が行われてきた。それを学んだ私たちは「なんてひどいことを」と感じたはずだ。だが、ポリティカル・コレクトネスの言論は、民主主義における焚書を実現しようとしている。

 「政治的に正しい」から絵画の値段が上がることは、果たして正しいだろうか。仮にすぐれた裸婦の絵が生まれたとして、女性を裸にひんむいた絵は正しくないからと、評価を下げるのは本当に多様性と言えるだろうか。

 ポリティカル・コレクトネスのため、人物画にはまんべんなく黒人、白人、ラテン系、アジア系の人を入れるべきだろうか。それこそ、ピカソのように顔面に線を入れて人種を混ぜるべきか? 賞を取るために、あるいは高い価格で売るためにアーティストが「セルフ検閲」を始めた先に残る表現は、独裁国家で立ち枯れした作品群と似たものにならないか。

 筆者は、多様性がある社会が来てほしいと願っている。ただし、その多様性のなかには、差別的な思想や、保守的な考え方も含まれている。リベラルな人はリベラルに生きればよい。保守的な人は同じ仲間で保守的に生きればよい。そういった多様性を実現するまでには、まだ多数の議論をせねばならないようである。

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