“史上最年少”日本人米国臨床医「ハーバード式、言うこと聞かない子どもに部屋を片づけさせる方法」

 日本の医学部卒業者として、史上最年少で米国臨床医となった内田舞氏。内田氏は「新型コロナウイルスの影響でネガティブな感情に支配されやすくなっている」と話す。そんな中で、私たちの心を守るために有効なのが「再評価」のアプローチだという。3児の母として内田氏自身も日常的に活用している「再評価」とは――。

※本稿は高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)から抜粋、編集したものです。 

コロナが感情をむしばみ、誤情報を溢れさせる 

 私たちの感情は、生存のために必要となる、とっさの行動やとっさの判断のために、進化の過程でつくられたものだと考えられています。 

 クマに遭遇したときに恐怖を感じたり、食べ物を食べたときに幸せを感じたりなど、あれこれ論理的な思考で分析をする前に、生存にとって好ましい状況か好ましくない状況かを評価し、無意識に生存につながる行動を私たちに促すようになっている。 

 その仕組み上、「生存のために」無意識的に、即時的に感情が湧き上がってきます。生存を最優先にするように進化してきた私たちにとって、感情の威力は絶大なわけです。 

 洞窟に住み、狩猟をしていた頃の人間であれば、感情による生存戦略は機能していたと思いますが、現代の私たちは日常の中で、生存を脅かされるほどの危機に遭遇することはほとんどありません。 

 しかし、現代ではめずらしく、新型コロナが蔓延している現在の状況は、(クマに遭遇するという状況ほどではありませんが)私たちの生存に危機が生じているといえます。私たちはコロナ禍で、かなり長期的に扁桃体の発火が続き、不安や恐怖を感じている状況なのだと考えられます。 

 生存のためになんとか情報を集めようとして、ネット上の記事や動画、SNSの内容を信じ込んでしまったり、周りにシェアしてしまったりしているのが、科学的に正しくない情報が溢(あふ)れている一因となっていると思います。 

 私たちは生存優先の状態に陥っているとき、その場の短期的な危機をしのぐためにとっさの判断ができても、長期的な判断をするための思考力が鈍っている、という研究の結果もあります。つまり、コロナ禍を生きる私たちはネガティブな感情に支配されやすいといえるのです。 

立ち止まって「再評価」 してみる

 ネガティブな感情に支配されそうになったとき、一様にこうすればいいという正解はありませんが、できることはたくさんあります。たとえば、私が研究している「再評価」という心理的アプローチを紹介します。 

 これは簡単にいうと、ネガティブな感情が生じたときに、その状況や感情自体を客観的に整理して、「今、私はこの気持ちを感じる必要があるかな」「ここから私は気持ちを変えられるかな」と立ち止まって考えてみる、という手法です。「ネガティブな感情をポジティブな方向に持っていく」というのがコンセプトです。 

 もちろんネガティブな感情をポジティブに変える、というのは言うが易しです。また、表面的にネガティブな感情を忘れようとしたり、許容したりしようとするなど、無理やり抑制するのでは、長期的に見ると、ポジティブな気持ちは得られません。 

 しかし、自分の考えや状況に向き合って、吟味することは誰にとっても大切で、意識的にこれを繰り返すことで気持ちが明るい方向に変わることもあるのです。 

 「再評価」は科学的な根拠もあります。私は研究により、ネガティブからポジティブな感情に変わる際に、どのように脳機能が働いているのかを明らかにしました。再評価は、「感情を生む」扁桃体と「論理的な思考を司る」前頭前野という脳部位の機能のコラボレーションで起こることがわかっています。 

 そして、私自身も日常の中で、再評価を利用しています。たとえば先日、子どもたちが発泡スチロールを使って工作をしていて、小さくばらばらになった発泡スチロールが部屋中に広がっていたことがありました。 

 私は「ちゃんと片づけなさい」と言ったのですが、子どもたちは遊びに夢中になって、全然片づけません。何度言っても片づけないので、私もイライラしてきて、「私の言うことを聞かないのは、息子たちが私への敬意を持っていないからだ」というふうに考え出してしまった。 

 そこで少し立ち止まって、自分のイライラを自覚し、「ちょっと再評価してみよう」とトライしてみました。「今、私はこの気持ちを感じる必要があるかな」と問いかけてみると、「私の言ったことを子どもたちが聞いていないのは、単に遊んでいるのが楽しくてやめたくないからで、私への敬意は関係ない」と気づくことができました。 

 そう考えると、自然と私の怒りも収まってきたのです。怒りの感情が収まると、冷静に考えを整理することができ、その場で必要なことは「子どもに私の言うことを聞かせること」ではなくて「部屋を片づけさせること」だと気づけました。 

 なので、ちょっとやり方を考えて、子どもたちに「今から片づけ競争を始めます」と伝えました。「部屋の中のこっち半分はママ、こっち半分はみんなで片づけます。どっちが早いか競争です。ヨーイドン!」という感じで私が片づけを始めたら、子どもたちも一生懸命やってくれて10分くらいで片づけが終わりました。 

 これは、再評価が成功した例で、実際には、育児で大変な毎日の中でこんなにうまくいくことばかりではないですが、自分の感情や状況を捉え直すことで、ネガティブな要素をポジティブに変えていけるのです。 

まずはゆっくりと時間をかけて振り返る

 再評価は、私たちが日常の中で無意識にやっていることなのですが、実はこれがうまい人と下手な人がいることがわかっています。 

 私たちが行った実験では、悲しい表情で泣いている人の写真を見てもらい、「この写真を見て、なるべくネガティブじゃなくてポジティブに感じられるようにいろいろと考えてみてください」という課題を出しました。 

 すると「この2人、泣いていても、久しぶりに再会して泣いているのかもしれない」と、物語のようなものをつくったり、「何か悪い事があったようだけど、この人たちは無事でよかった」とポジティブな事実に気づいたりと、ネガティブな気持ちを軽減できる人もいます。 

 一方、泣いている人の写真を見て、ネガティブな気持ちのまま、どうしてもポジティブな方向に気持ちが向かわない人もいます。また、再評価が上手な人とうまくできない人を比べても、脳機能の違いがあることが私たちの研究でわかっています。 

 再評価が苦手だと日常生活で気持ちの切り替えが難しくなります。どんな人でも必ず嫌なことはあるわけです。そのときに毎回ネガティブな気持ちになっていると、気分転換がなかなかできなくて悶々(もんもん)としてしまうわけです。 

 そういう人はやはりうつ病のリスクが少し高くなります。ただ、心配しすぎる必要はありません。再評価は練習を繰り返すことで、だんだん上達していくことがわかっています。 

 実際に、再評価を繰り返し練習し、できるようになってきた人の脳をMRIでスキャンすると、はじめの頃より、前頭前野と扁桃体の働きのコラボレーションが活性化しているのです。 

 ネガティブな気持ちが湧いてきた瞬間に、いったん立ち止まって考えるのは難しいので、最初のうちは「後で振り返る」ことから始めるといいと思います。 

 悲しみや怒りの気持ちが起こったとき、その場で再評価できなかったとしても、30分くらい経って落ち着いてきた段階で、「あのときはどういう気持ちだったかな」「どんな考えが影響してそういう気持ちになったのかな」と振り返る。そのうえで、気持ちや状況を捉え直せないかを試してみるのです。 

 このような振り返りを重ねてコツをつかんでくると、「その場」での再評価ができるようになってきて、イライラとした気持ちや悲しい気持ちに支配されにくくなってきます。 

 ちょっとしたことで落ち込んでしまうという自覚がある人も、そうでない人も再評価の訓練をしてみることをおすすめします。 

 このパンデミック下で精神的に苦しんでいない人はいないと感じています。子どもだけでなく、それは大人も同じです。だからこそ、メンタルヘルスを軽んじないでほしいのです。こんな時期だからこそ、湧き上がる思いや考えがあって当然です。 

 「自分は今、何を感じているのか」ということを見つめる時間が大切ですし、自分一人で感情や思考と向き合うのが難しい場合は、精神科などのヘルプを求めることを躊躇(ちゅうちょ)しないでほしいと思います。

高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)

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この記事の著者
内田舞

小児精神科医、ハーバード大学医学部助教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。1982年生まれ。2007年北海道大学医学部卒、11年イェール大学精神科研修修了、13年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。子どもの心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信している。(写真:Vail Fucci)

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