いよいよ始まった日本型雇用の大崩壊…ジョブ型雇用で「定期昇給」が廃止される
就活生にも人気のジョブ型人事制度
ジョブ型人事制度を導入する企業が増えている。リクルートマネジメントソリューションズの「個人選択型HRMに関する実態調査」(2022年3月31日)によると、ジョブ型人材マネジメント(職務記述書の整備・職務等級・職務給の導入など)導入企業は21.9%。導入検討中の企業は30.7%と、半数以上の企業がジョブ型にシフトしつつある。
こうした動きを捉えてメディアをはじめ世間では “ジョブ型時代の幕開け” などと騒がれているが、就活生の間でもジョブ型雇用の人気が高まっているという。大学でキャリア教育を教えている講師はその理由についてこう語る。
「ジョブ型だと自分のやるべき仕事が限定されているので仕事に集中でき、余計な仕事はやらなくてもよい。働き方も自分でコントロールでき、転勤などの異動も自分が望まない限りしなくてもよいと考えているようだ。従来のメンバーシップ型に比べて、どこに配属されるのかわからない配属ガチャもないので、ジョブ型こそ自分が望む働き方に合っていると言っている」
ジョブ型雇用に対する学生の認識は正しい。しかしジョブ型雇用を標榜する日本企業の中には、ジョブ型雇用とは名ばかりで、実態は従来の日本型雇用システム(メンバーシップ型)の域を出ていない企業も多いのが実態だ。
ジョブ型に完全移行すれば新卒一括採用はなくなる
欧米のジョブ型雇用の原則は、職務に必要なスキルや資格など、定義した職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づいて採用し、雇用契約を結ぶ。賃金も担当するジョブで決定し、基本的に人事異動や昇進・昇格の概念がない。会社の都合で職務の変更や配属先の異動・転勤を行う場合は本人の同意を必要とするなど、会社の人事権を大幅に制限している。また、採用においても欧米では新卒・中途に関係なく、必要な職務スキルを持つ人をその都度採用する「欠員補充方式」が一般的だ。
そもそもジョブ型社会では職業スキルのない新卒学生を大量に採用する一括採用自体があり得ない。当然、一定のスキル保持者の職業経験者が優先され、新卒学生など職業経験のない若者の失業率が高いのが欧米の特徴だ。
つまり本来のジョブ型であれば就活生にとって就職がより困難になり、今のような新卒一括採用の恩恵がなくなることを意味する。また企業にとっても専門性が身についていない新卒をジョブディスクリプションに基づいて採用するのはリスクがある。もし能力を発揮できなければ事業運営上マイナスとなるからだ。ジョブ型になれば解雇しやすくなるという論調もあるが、それは誤解だ。たとえ職務限定の労使の合意があったとしても、能力不足で解雇すれば労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用される可能性が高い。
人事権を手放すことにもつながる企業にとってのジョブ型導入
企業のデメリットはそれだけではない。ジョブディスクリプションに基づいて職務を限定する労働契約を結ぶと、前述した異動・転勤などの配置転換をするには本人の同意を得る必要がある。職務内容を限定しないメンバーシップ型であれば配転命令権は会社側にあるが、ジョブ型になれば転勤を前提とするキャリアパスを想定している会社は人事が運用できなくなってしまう。
ではジョブ型雇用を標榜している日本企業の実態はどうなっているのか。実はジョブ型と紹介される大手企業のジョブ型雇用は、新卒一括採用も行われ、入社後も従来同様にOJT(職場内訓練)や部署間を異動するジョブローテーションによる内部育成も実施されている。人事異動については原則「社内公募制」にするという企業もあるが、あくまで原則であって会社が人事権を手放しているわけではなく、会社主導の人事異動や転勤も実施されている。
ジョブ型の根幹となるジョブディスクリプションはどうなっているのか。多くの日本企業のジョブディスクリプションは細かく記述されているわけではなく、どちらかといえば大括りの内容だ。ジョブ型人事制度を導入した大手精密機器メーカーの人事担当者はこう語る。
「細かく定義していない。期待する役割や成果、職務遂行に必要な知識・経験・能力などを包括的に記載しているだけだ。なぜなら詳細に作成しても組織変更が行われるたびに書き換える必要があり、メンテナンスが大変だ。当社に限らず他の大手企業でも職務記述書を細かく書いているところは少なく、せいぜい3~4行のジョブサマリーを書いているだけであり、包括的に書くことで運用を柔軟にしている」
ジョブ型だから職務を明確にしようと精緻な職務記述書を作成すると、組織改変などによる職務の変更や異動などの組織運営に支障をきたし、回せなくなってしまうということだ。ちなみに同社の人事評価項目には、「結束」(チームとして一丸になることで、最大の力を発揮する)や対人スキルなどの抽象的内容も含まれている。
つまり企業がジョブ型と言っても実態はメンバーシップ型の延長にすぎない。ではなぜジョブ型と言い張るのか。それはジョブ型企業の導入目的である「年功的給与からの脱却」や「優秀な中途人材の獲得」にある。この2つの目的に共通するのが賃金制度改革だ。
“優秀な中途人材の獲得”と“脱年功賃金”が目的
従来の日本企業の賃金制度は、育成による能力の伸長度合いを評価して給与が上がる「能力主義賃金」と呼ばれる年功賃金。それに対して欧米の賃金制度は、職務に必要なスキルやそのレベルで決まる「職務給」と呼ばれるものだ。能力主義賃金は、身につけた能力はよほどのことがなければ落ちることがないので給与が下がることはなく、年功的運用になりやすい。それに対して職務給は求められる職責を果たしていれば給与は維持されるが、職責を果たせない、あるいは会社の都合で職務がなくなれば給与ダウンも発生する厳しい仕組みだ。
従来の年功賃金から職務給に変更すれば “優秀な中途人材の獲得” も可能になる。なぜなら職務給制度は若くても職務スキルが高ければ上位の職務等級に位置づけ、高い報酬を支払うことが可能になるからだ。
日本企業のジョブ型導入の目的が “脱年功賃金” であるとすれば、具体的に狙っている効果は、上記の優秀な人材の獲得を含めて大きく以下の3つだろう。
- 高い専門性を持つ外部人材を獲得するうえで障害となっていた年功賃金から、仕事基準の職務給に移行することで、市場に連動した賃金で処遇できるとともに、社内の優秀人材の定着にも資すること
- 従業員の平均年齢の上昇、高年齢化によって増加する固定費としての人件費を、中・長期的に変動費化できること
- 定期昇給制度の廃止(個人別の評価昇給・降給への移行)と、仕事基準による家族手当・住宅手当等の属人手当の廃止
ジョブ型雇用の真の狙いは定期昇給の廃止か?
これまでの年功賃金による月給は固定費として企業に重くのしかかっていた。一方、職務給を導入すると、評価に伴う降格による給与減も発生し 2. のように固定費の変動費化が可能になる。
また、職務給が仕事や職務に限定した給与である以上、3. のように業務内容や仕事と関係のない属人的な諸手当も不要となる(ジョブ型の欧米企業には家族手当などはない)。実際に前出の大手精密機器メーカーの人事担当者は「担当する仕事の大きさで処遇を決めるというのが職務給の基本だ。その中で、本人が自己選択で得た属性によって報酬が上がる、あるいは下がるような手当を設けることがはたして正しいのか。家を買う、配偶者を持つことは自己選択でしかない。職務給を導入するに当たって手当の分を基本給に組み入れ、段階的に減額して廃止するということになる」と語る。
このジョブ型雇用の推進を最初に提唱したのは経団連の「経営労働政策特別委員会報告」だった。この経労委報告が春闘の指針であることを考えると、今、進みつつある日本企業のジョブ型雇用導入の流れは、世間で言われているような “働き方の改革” というよりは、経団連の長年の懸案であった、毎年一律に昇給する定期昇給制度の廃止にこそあるのではないかという推測もできるだろう。