湾岸タワマン住民vs迷惑スケボーキッズ…五輪競技「お家芸化」で勝負あり!才能を潰す中学受験にほぼ強制参加する子どもの「人生の正解」
タワマン文学の舞台として頻繁に取り上げられる、東京・湾岸部のタワマン。タワマン文学の『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)では、その湾岸エリアでスケボーの練習に励む子どもたちをタワマン住民が怒る様子なども描かれているが、実際一部タワマン住民にとって、スケボーキッズは疎ましい存在だった。週刊女性PRIMEが2022年7月29日に配信した「公共物の破損・騒音・暴力事件、流行の裏でトラブル大発生!街中にあふれる『スケボー被害』」という記事でも、タワマンが「傷だらけになった」とスケボーキッズの被害に住民が悩まされている。
そんな中で今年のパリ五輪でも、スケボー日本代表は大活躍した。「ストリート」では男子・堀米雄斗選手と吉沢恋選手が金メダル、赤間凛音選手が銀メダルを獲得。「パーク」でも開心那が銀メダルを獲得した。世界からも「なぜそんなに日本は強いのか」などと羨望の眼差しを向けられる。スケボー競技が日本の「新お家芸」になりつつある。
タワマン文学作家の窓際三等兵氏が、湾岸タワマンにおける分断を解説する。なぜお互い分かり得ないのか。そこには中学受験という湾岸タワマンファミリーの一大イベントとの関係性が見えてきたーー。
目次
高校受験もあるので勉強しなければ…
開会式での多様性ゴリ押しで物議を醸した演出、判定からルーレットまで疑惑続出の審判、エアコンがついていない部屋やショボい食事で酷評される選手村……と、ネガティブな話題に事欠かないパリ五輪も佳境を迎えている。一方で日本人選手のメダルラッシュが酷暑や株安で暗い話ばかりの日本に一服の清涼剤となって久しく、同時に睡眠不足を招いている。日本人に夢を届けるスポーツ選手はどのようにして育つのだろうか。紐解いていくと、中学受験の負の側面が浮かび上がる。
「夏休みは友達と遊びたいですけど、高校受験もあるので勉強もしなければ」
スケートボード女子ストリートで14歳ながらに金メダルを獲得し、爽やかな旋風を巻き起こした吉沢恋選手(14)の帰国後のコメントだ。五輪直前まで全国的に無名の存在で、スポンサーもほぼいなかったという状況から一転、フィーバーが巻き起こっている中でも、マイペースな様子になごんだ日本人も多いだろう。
ここで改めて注目したいのが、吉沢選手の「高校受験」という発言だ。
大多数の子供たちにとって受験とは高校受験
中学受験率が5割を超えることが珍しくない都心においては聞き慣れない言葉だが、吉沢選手が通うのは神奈川県相模原市立の公立中学校。私立中学そのものが少ない相模原市において、大多数の子供たちにとって受験とは高校受験のことを指す。
これは相模原に限った話ではなく、全国的な傾向だ。Twitter(通称X)に入り浸っていると、中学受験が当たり前という価値観や発想に出くわすことが多いが、「2月の勝者」を目指して小学校から塾通いするというのは全国的にもかなり珍しい。折角の機会なので、今回はこうした都心のスポーツ事情について取材してみた。
「6年生になるとやめちゃう子が多いので、試合を成立させるために、5年生を使ってなんとかやりくりしてます」
今回、話を聞いたのは東京都の湾岸エリアで活動する少年野球チームのコーチだ。タワマンが林立し小学校がパンクしそうな勢いで人口が増加している地域だが、チームの人員確保は悩みの種だという。もちろん、子供たちの野球離れもあるが、最大の理由は中学受験だ。子供たちの多くはSAPIXや早稲田アカデミーといった中学受験塾に通っており、模試や週末のクラスに参加するため、6年生になると活動を減らしたり、引退したりする子が大半だという。
これは野球に限った話ではなく、水泳で選手育成コースに通っていたり、新体操で都レベルの大会に出場したりするような子でも同様のパターンが多いという。都心に住む多くの親にとって、我が子にスポーツのセンスがあるからといって、中学受験より優先させるという選択肢は取りづらい。
夏休みは一日10時間の勉強をノルマ
某有名進学塾の講師によると、夏期講習が本格化する夏を前に、「一区切り」とする親が多いという。その塾では夏休みは一日10時間の勉強をノルマとして課しているため、物理的に両立が難しいという側面もあるようだ。
もちろん、そこに子供たちの意思が介在する余地はない。親からしてみれば、中学受験とは300万円かけた家族の大プロジェクトなのだ。そもそも運動なんて趣味程度でいい、という方が多数派だろう。日本中が五輪に熱狂する中、スポーツをやめさせられ、虚ろな目で勉強机に向かう少年少女たちの心情はいかほどだろうか。
私立中高の中には、進学実績だけでなく、充実したスポーツ環境を謳う学校も多い。しかし、夏季五輪の歴代のメダリストの経歴を見ると、私立中学校出身者は極めて少ない。
年少期のスポーツにおいて、10〜12歳は「ゴールデンエイジ」
ほとんどの選手は公立中学校から名門高校に進学するというパターンが多いようだ。ちなみにパリ五輪で柔道女子48kg級で巴投げを駆使し金メダルを獲得した30代前半の角田夏実選手は私立八千代松陰中学校に進学するも、柔道の名門である県立八千代高校に進学するために公立中に転校したという逸話がある。
年少期のスポーツにおいて、10〜12歳は「ゴールデンエイジ」ともいわれ、最も重要な時期とされる。この貴重な時期に机に向かって算数や国語の問題集を解いている時点で同年代のライバルに差をつけられることとなり、挽回することは容易ではない。また、「中学に入ったら思いっきり部活ができる」と説得して子どもの尻を叩いていた親も「せっかく私立中に入ったんだから……」とそれとなく勉強を優先させるというのもよくある話だ。開成中学校に入った少年たちに求められているのは東大や医学部への進学であり、甲子園出場でないことは言うまでもないだろう。
日本では古来から文武両道が尊ばれてきたが、ペーパーテストですべてが決まる中学受験が主流となっている地域では、求められているのは「文」のみだというのが実情だ。仮に吉沢恋選手が湾岸エリアで生まれていた場合、スケボーに興味を示そうものなら親から「そんなことより勉強しろ」と抑えつけられ、マンションの共用部にあるベンチでトリックをキメた瞬間に管理組合で問題になり、才能が潰されていた可能性が高い。大谷翔平選手ですら、文京区で生まれていたら今のような歴史に名を残すことはなく、医者や三菱商事の社員としてささやかな成功をおさめていたかもしれない。
東洋英和→慶應女子・宮脇花綸選手のパターン
では都心で恵まれた家庭に生まれた場合、アスリートを目指すのは難しいのだろうか。
パリ五輪の出場選手をよく見ていると、例外が散見される。例えば、フェンシング女子フルーレ団体で銅メダルを獲得した宮脇花綸選手(27)は東洋英和女学院小学部と中学部を経て、慶應義塾女子高校に進学した経歴を持つ。
競技でトップレベルを維持しながら高校受験の最難関である慶應女子の入試を突破したことは文武両道というほかなく驚嘆に値するが、高校受験は中学受験に比べ負担は少なく、また精神的にも落ち着く頃合いである15歳での受験ということも勉強とスポーツの両立を後押ししただろう。
小学校受験専門のスポーツクラブの存在
専門メディアによる宮脇選手へのインタビューによると、小学校受験が終わった頃にフェンシングを始めたとのことだが、小学4年生で全国優勝した経験もあるとのことで、中学受験に煩わされることなく、私立の学校という恵まれた環境を生かしたケースといえよう。
小学校受験組では、男子400mハードルに出場する豊田兼選手(21)も小学校から高校まで桐朋で、大学から慶應義塾大学という道を歩んできた。小学校受験ではペーパーテストや面接のほかに、「行動観察」という子ども同士の遊び方を通じて協調性や社会性を図るテストがある。行動観察では運動神経が良い子が有利というのが定説で、小学校受験専門のスポーツクラブもあるほどだ。
昨年、甲子園で優勝した慶應義塾高校には地方から事実上のスポーツ推薦で入った推薦組に加え、清原和博さんの次男・勝児選手(19)をはじめ幼稚舎出身者が賑わせた。彼らも中学時代から部活ではなくシニアで硬球に馴染み、高校野球にステップアップしていった。実は、のびのび育つ小学校受験組とスポーツは実は極めて相性が良い。トップアスリートの育成には資金も必要だが、その点の心配がないことも大きいだろう。
アスリートの育成とは極めて相性が悪い中学受験
少々話が逸れたが、小学校受験に比べ、中学受験というのはペーパーテストに特化した試験である。しかも年々負担は増しているということもあり、アスリートの育成とは極めて相性が悪い。今後も、湾岸のタワマンエリアや文京区、港区といった地域では幾多の才能が人知れず潰されていくことになるのだろう。もっとも、親からすれば、食えるかどうかもわからないスポーツの道に送り出すというのもまた勇気のいる決断であり、致し方ないともいえよう。
ただ、今後も中学受験が「正解」であり続けるかどうかは不透明だ。近年、国立・私立を問わず、大学は推薦入学を増やす方針であり、ペーパーテスト一発勝負に対する風当たりは強い。こうした中、スポーツは一つの軸になる。実際、米国のエリート層の間では、大学受験を見据えてスポーツ経験を積ませるというのが一般的だ。我が国の就職活動でも、ガリ勉よりも体育会系が好まれることは言うまでもない。オリンピックは大げさかもしれないが、我が子を思うならば、小学生のうちから机に無理やり向かわせるより、のびのびとスポーツをやらせるほうが案外成功への近道かもしれない。