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「九九できるかー!?」帝京大は静かに咽び泣く…作家・樋口毅宏が抱えてきた学歴コンプレックス。「妻が東大でなかったら結婚していなかった」

 日本は「学歴社会」といわれ久しいが、今でもさまざまな職種において学歴がものさしになっていることは事実だろう。「マーチ以上」のみを採用する大企業、高学歴を好む男性、女性……。『さらば雑司ヶ谷』や『タモリ論』などの著書で知られる作家の樋口毅宏氏も、“帝京大学卒業”というだけで、少なからず揶揄された経験を持っており、いつしかコンプレックスにもなっていたという。そんな氏による「学歴論」をお届けする。

目次

早稲田大学とのラグビー試合で浴びせられた辛辣なヤジ

「勉強教えてやるぞー!」

「社会に出る前から勝負はついてるんだ!」

「こき使ってやるからな!」

 秩父宮ラグビー場で22歳の私は咽び泣いていた。

 早稲田大学VS帝京大学の試合だった。友人たちに連れられて初めてのラグビー観戦。私は帝京大学の学生だったので、もちろん帝京を応援した。

 そこで私は、想像だにしない経験をした。

「九九できるかー!?︎」

 早稲田大学サイドから辛辣無比な野次が飛び交った。彼らが何か言い放つたび、同じ早稲田の学生から無邪気な失笑が巻き起こる。

 いや、早稲田だけではない。帝京の学生も、真理をついた嘲りに、力なく笑うしかなかった。

 私は何も言い返せなかった。

ーー頭のいい人たちには勝てない。悔しいけれど、頭のいい大学生サマのおっしゃる通りだ。

 そう思っていた。私は膝を抱えて、小さくなってラグビーコートを観ていた。

 およそ80分後、奇跡は起きた。なんと帝京大学が早稲田大学に勝ったのだ。秩父宮は驚きの叫声に包まれた。私は両手を広げて、声にならない歓声をあげた。

 しかし、試合後が大変だった。

「帝京のくせに生意気だ!」

 私のそばにいた、早稲田に強いプライドを持つグループは語気を荒げた。彼らは酒を飲みながら「絶対弱者」が虫ケラのように踏み潰される光景を肴にしていた。期待は裏切られ、あわや暴徒化しかねない勢いだった。視線を逸らして、足早に秩父宮ラグビー場をあとにした。

 翌日のスポーツ紙がまた酷かった。

「早稲田、まさかの不覚」

「帝京監督号泣」

 他にも「番狂わせ」「油断」といった文字が踊った。

 現在こそ大学選手権優勝がめずらしくないほどの強豪チームに成長した帝京だが、この時点では弱小チームだった。

 スポーツ新聞の記者は早稲田出身者が多い。彼らも現実を受け入れられず、腹立ちまぎれに帝京を嘲笑する記事で溜飲を下げた。

学歴至上主義バンザイ!

 その後社会人になり、この話を会社の先輩に話した。その人は明治大学卒だった。

「俺もラグビー観に行ったとき、酷いヤジを聞いたよ。何て言ってきたと思う? 〝ほんとは入りたかったんだろー!〟だよ」  

 さて、このような経験をしてきた私ですが、こう思います。

「学歴は高いに越したことはない。ていうか、高学歴の人は素敵だ。学歴至上主義バンザイ」

 改めて考える。なぜ私は東大京大早慶上智ほか、高学歴の人たちはすごい!と喝采を送るのだろう。

 低学歴ゆえの羨望か。それだけではないだろう。

 そもそも自分が読んできた、観てきた、マンガや小説でどれだけ「東大はスゴイ」と繰り返し刷り込まれてきたか。

『野望の王国』で東大大学在学中の主人公ふたりは進路を訊かれて、「官庁にも会社にも就職するつもりはない」とキッパリ言い切る。そしてこう宣言する。

「ぼくたちが法学部政治学科政治学を学んだのは人が人を支配する仕組み、権力をつかむための方法を学ぶためだったと言っていいでしょう!」

「この世は荒野だ!唯一野望を実行に移す者のみがこの荒野を制することができるのだ!」

 大人たちは唖然とし、震える声で返す。

「き、君たち気でも狂ったのか……」

「勉強しすぎて頭がおかしくなったんだ……」

 どうですか。これ、主人公が東大だから誇大妄想とギャグが紙一重の説得力をギリギリ持つんですよ。そこらの大学だったらつまらないコントにもなりません。

 原作者の雁屋哲は東大教養学部卒。「東大こそ究極の学歴」という矜持が窺えます。しかし東大出身者に限った話ではないでしょう。

新聞社、役者…すべてにおいて学歴が求められていた

 ジョージ秋山の佳作『口説き屋ジョー』をご存知でしょうか。

 ジョージ秋山作品にもっとも登場したキャラクターは毒薬仁。主語は「オリ」で、「池袋のアパートに住んでよう」が口癖。間違いなくジョージ先生の分身です。

 その毒山が主人公のジョーに、大学はどこか訊ねる。ジョーはさも当然といった感じで答える。

「トーダイだよ」

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この記事の著者
樋口毅宏

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で小説家デビュー。その他『二十五の瞳』『ルック・バック・イン・アンガー』『太陽がいっばい』、新書『タモリ論』、コラム集『さよなら小沢健二』、『おっぽいがほしい! 男の子育て日記』などの著作がある。現在雑誌「LEON」で小説「クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-」が連載中。

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