日本の受験に中国人が参戦……「SAPIXの4分の1が中国人」の光景も

「さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々」を指す「潤」。中国・東南アジア専門ジャーナリストの舛友雄大氏によると、「潤」する人たちが増えたことが、日本の受験にも影響を及ぼしているという。いま日本の受験現場で何が起きているのか、舛友氏が追った。全3回中の第3回。
※本稿は舛友雄大著「潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う」(東洋経済新報社)から抜粋、再構成したものです。
第1回:中国人はなぜ「豊洲」を選ぶのか……タワマンに住む中国人“2つのパターン”
第2回:中国人が「100億の物件を購入」「エリアの不動産所有率50%」いま日本の不動産に何が起きているのか
目次
日本のインター入学に向けた「中国人向けコンサルサービス」
近年、東京を中心として、日本のインターに中国人が殺到するようになっている。この「日本インターブーム」を受け、すでに中国人向けのコンサルティングサービスが誕生している。
そのコンサルは、1対1の相談を1時間当たり788元(約1万6200円)で請け負う。また、「年間プラチナVIP」という最上級コースには、学校選び、学校参観の予約、時間無制限の相談、志願書作成の代行、保護者または子供との英語面接といったサービスが含まれ、料金は1万8000元(約37万円)。
決して安くない金額だが、それでも中国版Instagramの「小紅書」を通じた問い合わせが尽きない。
実は、日本に「潤」したばかりで日本語がほとんどできない郭偉氏(仮名)もこの「年間プラチナVIP」を利用した。郭氏自身がそうであるように、「潤」でやってくる面々には日本の事情に詳しくない人が数多く含まれている。みな必死なのだ。
そのコンサルを経営する中国人女性にあるとき直撃した。ちなみに、この経営者の子供も、東京都内にある有名インターに通っている。
「上海ロックダウン以降にお客が激増し、5倍とか10倍になりました」と明かす。2023年の夏からは別の中国人ママをアシスタントとして雇ったほどの盛況ぶりだ。
日本のインターは北京の半額以下
日本のインターの学費が安いのも人気の一因となっているようだ。
「中国のインターと比べると学費が半分くらいです」と彼女は言う。私が見つけた小紅書に投稿されたある人気ショート動画では「日本のインターの学費は高いと思うでしょう?いや高くないんです」と紹介されていた。
実際、International Schools Databaseの世界76の都市を対象としたインター年間費用ランキングで、北京は2位、上海は3位となっており、中央値はそれぞれ3万6243ドル(約544万円)、約3万4126ドル(約512万円)。東京は20位で1万5254ドル(約229万円)。つまり半額以下なのだ。
いまのところ、都内の人気インターではまだ中国人の比率はそれほど上がっていない。中国人保護者の立場からすると、競争率の高い都内有名インターは「チャレンジ受験」。横浜など近隣都市のインター、もしくは東京や地方の新設校への進学が現実的なチョイスとなっている。
アメリカン・スクール・イン・ジャパンは私の取材に、「過去10年で中国のパスポートを保有する生徒の申請者・入学者が増えました。2013〜14年度は中国のパスポートを保有する生徒で入学したのは2人でしたが、2023〜24年度は23人でした」と回答した。
日本人が気づかぬ間に熱を帯びる中国人インター受験戦争。日本のインターの歴史を振り返ると、バブル期には多くの外国人駐在員が子息を通わせ、その後の経済停滞期には日本人生徒が多く通うようになり、近年では日本人富裕層の間でも人気が高まってきていた。
だが今後は、また別のフェーズに突入し、中国脱出組が主要な顧客になっていくだろう。
「日本のインターへ行く中国人の数は、習近平が死ぬまでは増え続けるでしょうね」
中国で学校法人を運営する有名な教育者と都内で立ち話をしたとき、彼女は呆れ顔でそう話していた。彼女はさらに前日に李克強が死去したことを受け、「別の人が死ぬべきだった」と吐き捨てるように言った。その語気から、別の人とは習近平国家主席のことを指すのだとすぐに理解した。
中学受験の“新たなプレイヤー”
年々激しさを増す中学受験に、新たなプレイヤーが目立つようになった。中国にルーツを持つ子供たちだ。首都圏で中学受験をリードする存在である大手塾SAPIXでの躍進ぶりがそれを象徴する。
SAPIXは首都圏における中学受験の4大塾(SAPIX、日能研、四谷大塚、早稲田アカデミー)の中でも、難関校の合格者数で群を抜いている。単に問題を解くというよりは、思考力を高める独自のカリキュラムで定評があり、定期的に組分けテストを行うスパルタ教育で知られる。
2022年度までSAPIXに娘を通わせていた東京城西のある住宅地に在住の中国人ママ、黄麗敏氏(仮名)に話を聞いた。一緒に外を歩いているときに、この近所には特にインテリで教育熱心な家庭が多いと自慢気味に教えてくれた。
「当時SAPIXには1学年あたり6000人を超える生徒がいて、そのうちの300〜400人は中国人でした。最上位のアルファクラスにいたことがある中国人生徒も、私が知る限り60人ほどいます」と、流暢な日本語でそう話す。
なぜ、そんなことがわかるのか。実は、子供をSAPIXに通わせる中国人保護者によるWeChatグループがあり、そこに掲載されたSAPIXのテスト結果を黄氏が独自に集計したのだ。
実際に、小紅書には、SAPIXの成績優秀者表彰状と成績表が数多く投稿されていて、総合100位以内の生徒もちらほらいる。中には総合成績で「6729人中2位」の生徒もいる。さらに別の中国人保護者は、「4年生で取った複数の『学年1位』の記念に」と投稿している。保護者の母語が日本語ではないことを考えれば、驚くべき成績だ。
「中国にルーツを持つ子どもの比率が25%」のSAPIX
在留中国人の子女が中学受験に殺到する背景としては、1990年代以降に増加した中国人留学生が家族を形成し、その子供が受験期に入ってきたことが挙げられる。1990年代末に来日した黄氏もその1人だ。
黄氏には苦い記憶がある。いまは高校生になっている長男が小学校時代に受けたSAPIXの入塾試験に不合格だったのだ。小学校高学年ともなると入塾テストの難易度が上がり、SAPIXには入りにくいということを知らなかったためだ。
そのため長女には小学1年から公文に通わせたうえで、小学4年から小学6年にかけてSAPIXに通わせることに成功。それだけにとどまらず、小学5年で個別指導、小学6年で受験Dr.を利用するなど、全部で600万円を「課金」するほどの熱の入れようだった。
おかげで2023年春、いま人気が急上昇している神奈川の私立中高一貫校に無事合格した。
黄氏には、息子と娘を連れて中国に帰国していた時期もあった。しかし、中国の教育環境についていけず、3年ほどで日本に戻ることにした。
「中国では学校の内部に人脈がないと、何事もうまくいかないんです。つねにアンテナを張って注意しておかないと、詐欺にあったり、人間関係で思わぬミスを犯したりします」
中国の厳しいコロナ対策を日本から眺めていて、ますます中国での子育てはありえないと考えるようになった。
黄氏のような発想は決して例外的ではない。そして、日本で育てるからには、そのなかでトップを目指すのが中国人だ。男子であれば、SAPIX経由で筑波大学附属駒場、開成、麻布、女子であれば、桜蔭、豊島岡、女子学院、雙葉といった名門校を目指すことがもはや当たり前になっている。
黄氏は、SAPIXのなかでも吉祥寺校、王子校、お茶の水校、東京校、武蔵小杉校などには中国人の生徒が多いと話す。
小学1年の子供を東京都心のSAPIXに通わせる別の中国人ママは「校舎全体の中国人比率は15%ほど」と証言。さらに、東京北部のSAPIX校舎に勤める教師は「年によっても変わりますが、(中国にルーツを持つ生徒の)比率は25%くらいです」と認める。