GW明けに依頼が増える!退職代行を利用する新卒社会人「だるいから…」どんなにくだらない理由でもバックレる新入社員が正しい理由

今年も新入社員が会社に入社してもう1カ月。全国転勤のある企業なのであれば、そろそろ初任地に引っ越したところだろうか。そんな中でこの時期にネットニュースで話題になるのは「入社後すぐに辞めた新人」の話だ。石の上にも三年ということわざもあるが、記事を読んで「そんなすぐに辞めちゃだめだろう」とついつい怒りたくなってしまう読者がいる限り、この手の記事は配信され続けるだろう。しかし経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「どんなにくだらない理由でもバックレる新入社員が正しい」と語る。一体どういうのことなのか。小倉氏が詳しく解説していくーー。
ゴールデンウィークが明けた日本の職場に、静かな動揺が走る季節となった。毎年この時期に、いわゆる“五月病”がメディアで語られるが、近年ではより現実的で深刻な兆候が数字として表れている。退職代行サービスの依頼件数が、5月に急増するという現象である。
TBS NEWS DIG(5月6日)に報じたところによれば、退職の意思を代行して伝える「退職代行モームリ」では、年間で最も依頼が集中するのが5月だとされており、2025年も5月単月で298人が依頼した。特に新卒社員からの依頼が顕著であるという。退職代行を利用した22歳の新卒社員は、4月に入社したばかりだったが、10日後に雇用契約書を見て、事前に聞いていたはずの退職金が記載されていないことに気づいた。先輩社員に確認すると、残業時間も募集要項の5倍から6倍に達することが判明したという。不信感が積み重なった結果、自ら退職を申し出ることなく、退職代行サービスを通じて離職を選択した。
同様の傾向は一事例にとどまらない。産経新聞(5月4日)によれば、一般社団法人「日本リスクコミュニケーション協会」が取りまとめた報告書「新入社員の早期退職に伴うリスク対策」では、新入社員の離職がゴールデンウィーク明けに集中する理由として、採用時と実際の業務との間にある「仕事内容と待遇面のミスマッチ」、および「職場環境・サポート体制の不足」の2点が主要因として指摘されている。報告書では、日本労働組合総連合会による過去の調査データも引用されており、新卒社員の7割以上がゴールデンウィーク明けに「会社に行きたくない」「辞めたい」と感じたと回答した。
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人材を確保するために前のめりになりすぎ
報告書では、採用市場が「売り手市場」となりつつある中で、企業は人材を確保するために前のめりになりすぎ、仕事内容や待遇の説明が現実よりも理想化されがちだと問題提起されている。その結果、「とりあえず有名企業に入ってみて、合わなければ数年で辞めればよい」というキャリア観が若年層に広まり、企業側と求職者側双方が構造的な認識ギャップを抱えたまま採用と入社が進む構図が生まれている。退職代行モームリの代表・谷本慎二氏も、実際の依頼内容の多くが「入社前後のギャップ」に起因しているとし、ハラスメントなどの人間関係トラブルを抑えて第一位の理由となっている点を強調している。
退職とは、労働契約の終了という法的行為である以上に、個人の人生にとって象徴的な決断でもある。かくいう筆者も、4年前にプレジデント編集長を辞し、プレジデント社を退職する届出を出したのは、まさにゴールデンウィーク明けのことであった。厳密にいえば、ゴールデンウィーク中に出社し、上司の机の上に退職届を置いてきた。当時を振り返ると、4月の段階で、もはや会社へ行く理由が見いだせず、自分が出社している意味もわからなくなっていた。辞めるという選択肢が現実味を帯びたとき、心は驚くほど軽くなった。
転職先うんぬんより「もう辞めたい」という気持ちの方が先に立つ
賢い人間であれば、転職先を確保し、周囲の理解を得て、円満退社という形式を整えるのかもしれない。けれども、自分にとっては、そんな手順よりも「もう辞めたい」という気持ちの方が先に立っていた。それだけの話だった。仕事に意味を感じなくなった瞬間から、そこにとどまる理由がなくなった。独立して以降、数多くの同業者が私の元へ相談に訪れた。名のある新聞社、老舗の出版社、有名なテレビ局。皆、辞めたいと口にし、独立したらどうなるのか、収入の目処はどうつければいいのかと真剣に聞いてくる。しかし、そうした相談をしてきた人間が、本当に辞めたケースは一人もいない。辞める人間は、相談などせずに「辞めたので、今度何か一緒にやりましょう」と笑顔でやって来るものだ。
私の辞職の報を聞いて、渡瀬裕哉さんというキレ者が「自由万歳」とメッセージを送ってきた。他の多くの人々は、特段反対するわけでもなければ賛成するわけでもなく、言葉を濁しながら「もう少し考えてみたら」や「今じゃなくてもいいんじゃないか」などと言うにとどまった。
自分の人生は自分で決めるという、たったひとつの原理の
多くの新卒社員が5月に退職する際にも、おそらく周囲は似たような反応を示しているのだろう。「とりあえず3年はいた方がいい」「次が決まってからの方が安心だ」など、常識的で、しかし当人の心とはずれた言葉が並ぶ。
会社にとどまることは、一面の真実に基づいている。収入の継続性、社会保障の安定、昇進や退職金といった制度上のメリット。けれども、それだけでは足りない。自分の人生を、自分の意思で決めるという、たったひとつの原理の前には、すべてが相対化される。他人の意見を聞いて辞めないという選択は、他人の人生を生きることに他ならない。逆に、周囲の反対を押し切ってでも辞めるという判断には、自分の人生に対する責任と所有がある。
くだらない理由で辞めるなんて馬鹿げている。そう言われることもあるだろう。事前に聞いた内容と違うからといって、すぐ辞めるのは短慮だ。そういった言葉は、論理的には筋が通っているのかもしれない。だが、現場で働く本人にとってみれば、「少しのズレ」は「決定的な不信」に直結することもある。採用時の情報と現実が異なるという事実は、組織への信頼を根底から揺るがす要因になる。辞めたいと思った時点で、すでに修復不能な距離が生じているのだ。
辞めるという行為を否定的に捉える風潮こそが、むしろ有害
辞めるという行為を否定的に捉える風潮こそが、むしろ有害である。大組織の中で安穏とし、若者に常識を説く大人たちは、その常識を保つために既得権益を維持している。若者が離職するのは、忍耐力の欠如ではなく、自分の感覚に忠実であろうとする自然な選択である。自分の体験を経て断言できる。辞めたいと感じたなら、辞めるのが正しい。
辞職という決断に対し、社会は感情的なレッテルを貼りやすい。「逃げだ」「もったいない」「現実を知らない」といった言葉が、若者の自己決定を曇らせる。しかし、実証的な研究は、この行為を単なる逃避ではなく、合理的で発展的な選択として捉えている。2008年に発表されたアネット・H・デ・ラング、ハンス・デ・ウィッテ、ガイ・ノテラールスの論文『とどまるべきか、それとも去るべきか?―職務資源とワーク・エンゲージメントの縦断的関係の検証―』は、ベルギーの871人の労働者を対象にした16か月間のパネル調査を通じて、仕事における資源(自律性、同僚や上司からの支援、職場の組織力)と仕事への没入感(ワーク・エンゲージメント)の因果関係を分析した。この研究は、職場にとどまった者、昇進した者、転職した者の三者に分け、それぞれがどのような変化を遂げたかを詳細に追跡している。
辞めるという選択が、むしろ本人にとって最も論理的な判断となりうる
研究結果の中でも特に注目すべきなのは、転職者と昇進者の双方において、転機を経た後に職務資源とワーク・エンゲージメントが有意に向上していた点である。とくに転職者の場合、出発時点では仕事に対する活力や信頼が低かったが、移動後には数値が大きく改善された。このことは、職場を変えるという行動が単なる「逃げ」ではなく、自分にとってより良い環境を構築する契機になりうることを明示している。研究者たちはこれを「避難仮説(refuge hypothesis)」と呼び、「低いエンゲージメント状態にある者が、自ら環境を変えることによって、より多くの資源を得る」という構造を指摘している。
以下は、該当研究の日本語訳による一節である。
「相対的にエンゲージメントが低かった外部転職者においても、転職後には職務自律性、部門資源、ワーク・エンゲージメントのすべてにおいて顕著な上昇が確認された。この結果は、本人の職場離脱が、単なるネガティブな結果ではなく、むしろ自己変革の手段として機能していることを示唆する。とどまることによって失われるリソースの回復や、新たな組織文化への再適応を通じて、心理的充足感が高まることがある」
この分析が明らかにしているのは、辞めるという選択が、むしろ本人にとって最も論理的な判断となりうるという事実である。仕事を辞めるとは、逃げることでも負けることでもない。自らの職業人生を再定義し、新たな意味を与え直す行為である。辞めた者が、次の職場で資源と活力を取り戻していく過程は、まさに「退路なき自己改革」であり、「社会的成長戦略」の一形態なのである。