「東大を出ればバラ色の未来」ではない……“東大の満足度”に差をもたらすジェンダーと職業

「いい大学に入れば成功が約束されている」。かつての日本では、そのような言説が信じられていた。しかし、日本の最高学府である東京大学の卒業生に対する調査からは、性別や職業の違いによって、「東大」の学歴を有効に使えているか否かの認識に差があるという。“東大卒業後”の進路について、東大教授の本田由紀氏がつまびらかにする。全3回中の3回目。
※本稿は本田由紀編『「東大卒」の研究——データからみる学歴エリート』(ちくま新書)から抜粋、再構成しています。
第1回:「親と不仲&友達が少ない人が多い」地方女性、「専業主婦の母親&教育熱心な家庭が多い」東京女性――東大女性の中にも大きな差
第2回:東大卒の親はやっぱり高学歴……東大卒業生調査が明らかにした「高学歴再生産」の実態
目次
東大卒女性の約3割は性別による不利さを感じている
今回の調査では、仕事上で「あなたの性別であることで不利さを感じる」「あなたの性別であることで有利さを感じる」という2つの質問項目を設けました。この2つの項目については、別々にではなく組み合わせてみることを試みます。
それぞれを肯定か否定かに二分して組み合わせると、「不利でも有利でもない」(不利×有利×)、「不利ではなく有利である」(不利×有利○)、「不利であり有利ではない」(不利○有利×)、「不利でも有利でもある」(不利○有利○)という4つの回答タイプをつくることができます。その割合を、男女別に示したものが図表3-8です。

男性では「不利×有利×」が8割近くを占め、続いて「不利×有利○」という、男性であることの優位性を享受している回答が約17%であり、これらいずれも「不利ではない」という回答が大半となっています。「不利でも有利でもない」という回答は、日頃の仕事生活の中で自身の性別などを特に意識せずにすんでいることを意味しており、東大卒男性の8割までがそのような状態にあります。
女性でも、この「不利×有利×」は約6割と過半数ではありますが男性よりは少なく、そのぶん、「不利×有利○」が1割強、「不利○有利×」が2割、「不利○有利○」が1割弱と、合せて4割は自身の性別を意識して仕事をしている状況に置かれています。ジェンダーギャップが甚だしい日本の中でも、東大卒女性の1割が「不利×有利○」と有利さのみを感じているのは、いちおう「女性活躍」が叫ばれるようになっている中で、むしろ女性であることにより抜擢されたり可能性を発揮できたりしている女性も一部には存在することを示しています。この割合は、30代・40 代の壮年層において、若年層や高年層よりもやや高めです。
しかし、「不利○有利×」という、不利さのみを感じているケースの方が、その2倍の割合を占めています。東大卒という学歴資本を身につけていても、性別という属性の足枷を感じ続けている女性たちです。この割合は、女性の中で文系(16%)よりも理系の場合に多くなっていました(7%)。
東大女性も感じる「性差の壁」
これも推測ではありますが、日本では理系分野を専攻する女性が少ないことが大きな問題となっています。それを是正するために、いくつかの大学では理工系学部に「女性枠」が設定されるようになっています。しかしそうした学部や「女性枠」の定員数はいまだ微々たるものであり、まだ理系、特に工学系などは圧倒的に男性が多い現状です。そうした「男職場」の中で仕事をしているであろう理系の東大卒女性は、マイノリティであることのさまざまな不利さを実感せざるをえないのだろうと考えられます。
そのことは、女性の回答者による以下のような自由記述にも表れています。
卒業後、所謂「東大卒」らしい人生を歩んでいないことで心無い言葉をかけられることが稀にあります。発言者は例外なく男性です。
東京大学というよりは、日本は男女差別がきっとあと100年経ってもなくならないと感じています。女性は男性より一万倍賢く、マルチタスクに長けていないと男性と同じようには働けません。社会の壁は厚いと思います。
そして「有利○不利○」という、有利さも不利さもないまぜになった仕事環境の中で生きている女性も1割弱存在します。そうした明暗をまったく意識せずにいられる男性が8割であることとは大きく異なる実情に、東大卒女性は置かれていると言えるでしょう。
「東大卒」の有利さの実感は職種で異なる
最後に、学歴資本の有効性を直接たずねた質問を検討します。これについては、「東京大学(大学院)を卒業(修了)したという学歴が役に立っている」と「東京大学(大学院)」を卒業(修了)したという学歴により仕事上で不当な扱いを受けたことがあるという2つの項目を設けていました。後者の質問については、回答者の約9割が否定していましたので、東大卒の学歴により差別されたりするということはほとんどないと言ってよさそうです。
しかし、前者の質問については、6割が肯定的回答(「とても当てはまる」2割、「やや当てはまる」4割)、4割が否定的回答(「まったく当てはまらない」1割強、「あまり当てはまらない」3割弱)という形で、一定の分化が生じていました。
この回答に影響する要因を探索したところ、世代や性別、文系理系などによる明確な違いはほぼ見られず、ある程度はっきりした傾向が見出されたのは、職種については専門職および管理職、学位については博士号取得者において、「東大卒の学歴が役に立っている」という回答が相対的に多いということです。専門職・管理職や博士では肯定的回答が約7割を占めていました。それに対して技術職エンジニアや事務職では、肯定的回答は4割台にすぎません。
ケース数は少なくなりますが、専門職の中をさらに細かく職種別に見ると、弁護士では8割弱、研究者・大学教員では7割強が肯定しているのに対して、医師では肯定率は5割強に留まるなど、やや濃淡があります。ここからうかがわれるのは、総じて専門職では国家資格や学位が仕事をする上で重要になりますが、それに加えて出身大学という学歴資本も、そうした資格や学位にいっそうの付加価値をつける形で「役に立つ」場合がかなりあると同時に、その付加価値の大きさは専門職の職種によっても幅があるということです。
管理職についても、さらに細かく役職別にみると、「役職なし」や係長相当では肯定率は4割台に留まりますが、課長相当では7割弱、部長相当では約8割、社長相当では約9割と、職階の上位になるほど学歴資本の有効性に対する認識が高まります。この結果が、実際に組織内で学歴資本が威光を発揮して上位の役職に就いたということなのか、それとも上位の役職に就いた人が主観的に学歴資本が役立ったのだろうと考えているのか、それは今回の調査だけではわかりません。
しかし、専門職と管理職の結果を合わせて考えると、総じて、何らかの「権威」を必要とするようなポジションを得るにあたって、実質的な知識やスキルに加味される形で学歴資本が有効性を発揮しているという理解が当てはまりそうです。学歴資本だけで生きていけるような甘い世の中ではない。しかし、学歴資本が他の要素とからみ合いつつ威力を発揮する場合がある。そうした複雑な関係が実態なのであり、大学名という学歴資本によりその後の人生が「庇護」されるという「学歴エリート」への見方は単純すぎると言えるでしょう。