吉田豪が語る地上波テレビに足りない“スリル”…TOKYO MXの伝説、そしていま一番ギラギラしている芸人とは

地上波全盛期から現在の配信時代に至るまで、メディアの現場を長年見続けてきたプロインタビュアー・吉田豪氏。自身もラジオや映像配信など多様なフィールドに活動を広げながら、変わりゆく「お茶の間の主役たち」の姿を見つめてきた。テレビに足りなくなった緊張感、TOKYO MXの“伝説”が意味したもの、そして配信時代における企画と表現の可能性について、吉田氏が語る。みんかぶプレミアム特集「オールドメディアの黄昏」第5回。
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夕食時にテレビを付けると絶望的な気持ちになる
ここ最近、夕飯の時間に地上波をつけると、なんとも言えない絶望的な気持ちになるんですよ。ゴールデンタイムに世界のびっくり映像特番ばかりやってて、ドッキリ企画と合わせて地上波のいちばんいい時間のテレビがそれ一色みたいな感じになっている。シンプルに「お金がない」っていう事実がそこから見て取れるから、そりゃ絶望的な気持ちにもなりますよ。昔はもっとお金をかけたチャレンジングな企画が地上波でも普通に成立してたのに、予算をかけない無難な企画で手堅くやるぐらいしかなくなってるのかなって。
そういう意味では、近年そのチャレンジをひっそりとやり続けてきたのがTOKYO MXで、たとえば『5時に夢中!』で岡本夏生をレギュラーにするって、当時はそのすごさがあまり伝わってなかったし、「毎回コスプレがすごいな」ぐらいの呑気な受け止め方をされてましたけど、かなりの無茶だったと思うんですよ。それは、その後のふかわりょうとのトラブルや、それ以降表立った活動がなくなったことからわかってもらえると思いますけど、直接取材して大変な思いをしたボクには痛いほどわかります。現場のスタッフは相当疲弊してたはずですよ、何せ毎週来ちゃうんですから、岡本夏生が(笑)。
だって具体例をあげると、『RAP 私の返品人生』という彼女のCDがあるんですけど、彼女は普段からクレーム&返品がライフワークな人で、ある商品を買ったら翌日値下げしてたってゴネて5000円返金してもらったことをラップにしたりとか、高級ホテルに泊まるとき値下げ交渉が激しすぎて警察沙汰になったりとか、そういう人なんですよ。だから、キャスティングの時点で攻めてたし、内容的にも攻めてたからおもしろかった。
未だにすごいと思うTOKYO MXの「伝説」
MXの伝説ですごいと思ったのが、大手芸能事務所系列のあるモデルに対して岡本夏生がいつものように暴言を吐いた結果、かなりのトラブルに発展したときの対応。すぐにプロデューサーが直接謝罪に行ったみたいなんですけど、その人は「自分の表現を守るために断固として闘います!」みたいなタイプじゃないんですよ。むしろ相手の要望をあっさり受け入れちゃう。そしたら、しばらくすると岡本夏生は番組を降板して、その代わりなのか何なのか世間的には全然知られてない元キャバ嬢が同じスタッフ制作の番組に当たり前のようにレギュラー入りしてました(笑)。でも、それもある意味では攻めたキャスティングじゃないですか。そういうデタラメさや柔軟さがあったからこそ『5時に夢中!』みたいな番組が成立して、あそこまで番組も長続きしたわけで。まだ無名だった頃のマツコ・デラックス、岩井志麻子、玉袋筋太郎、宇多丸、キャスティングも特殊すぎますよ。
MXの次期社長だとさえ噂されていたそのプロデューサーの名前が最近なぜか全然表に出なくなって、同じぐらいの時期に「東京MXの常務取締役(氏名は非公表)が3500万円を不正経理 「業務の整理などを終え次第、速やかに退任」 という報道があって、おそらくはそのプロデューサーが権力争いに敗れてパージされちゃったんだろうと推測されてたりします。デタラメだけど、攻めたおもしろいことをする力も同時に持っていた、ああいう人が仕事しにくい時代になっちゃったんでしょうね。余計なトラブルも起こさず、余計な予算も使わず、できれば無難に視聴率を取って欲しい。MXもちょっと無難な方向になりつつあるし、ほかのいわゆる地上波テレビにも昔は深夜に攻めた実験的な番組がいっぱいあったけど、いまは「そんなことするんだったら通販番組にして小さく稼ごう」って話になっちゃってるんでしょうね。攻めたことをやりたいんだったらYouTubeとか、Netflixみたいな定額配信サービスなりでやって、という。