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種も仕掛けもない、真夏の桜は空に還った・・・櫻井智と90年代、その熱き「僕たちの時代」追想(1)

(c) AdobeStock

目次

櫻井智が舞い降りた

「よく知ってましたね! 嬉しいです!」

 1996年春、その爽やかな春風と共に「智さん」は舞い降りた。

 私の所属していた当時の角川書店(現KADOKAWA)、月刊コンプティーク編集部に、あの櫻井智が舞い降りた。

「これ、私も作品を見たことがないんです。声も初めて聞きました」

 大変汚い編集部の機材スペース、何台ものPC98シリーズやIBM-PC/AT互換機、FM-TOWNS、X68000系、Macintosh(Quadra)、MSX2、セガサターン、PCエンジン、メガドライブ、PC-FX、スーパーファミコン、3DO、レーザーアクティブなどが並び、あるいは床に放置された中で(この稿すべて、専門誌でないため個々の詳細は略す)、彼女は大きな目をさらに見開き、ディスプレイに耳を近づけていた。

 まだブラウン管のディスプレイ、彼女は古いテレビのように聞き耳をたてていたわけだ。音はそこから出ないが、写真映えするのでそのままでカメラマンはパシャリ。

 そのディスプレイ上には『美少女戦士セーラームーン』や『愛天使ウエディングピーチ』などを手掛けた人気アニメーター、只野和子の可愛らしいキャラクターが表示されている。

リスキージュエル

 『輝け! キラキラ戦士リスキージュエル』という1994年に発売されたPC98シリーズのゲームである。いまも当時もこのゲーム、好事家はともかく多くは知るまい。

 声優の声が出るPCゲーム、というのはそれまでもあったにはあったが当時はPCエンジンやメガドライブに比べれば少なかった。

 それにリスキージュエル、フルボイスというわけでなく決め台詞や必殺技など一部しか言わないのだが、智さんは3人の少女戦士でなくその中のメイン、リスキールビーことめぐみ(声・鈴木真仁)の担任であり、リスキージュエルを率いるリスキークリスタルなので冒頭は「リスキーキック」しかない。だからその声が出るまでひたすらマウスをクリックしまくって(基本、ADVなので)やっとご本人の声を聞いてもらった、というわけである。

「だってこんな凄いパソコン持ってないじゃないですか、声をあてているだけで、スタジオの確認はともかく実際のパソコンで聞けないですから、本当に嬉しいです」

 智さんは本当に嬉しそうだった。それも当然のことで、FM音源なのでかなり声は割れているのだが、それでもパソコンから自分の仕事をしたキャラクターの声が出て、それを聞くのは初めてのことだった。智さんに限らず当時、女性でパソコンを所有している人は後年に比べればそう多くなかっただろう。

 重ねるが、すでにPCエンジンなどはCD-ROMのおかげで声優の声など珍しくなかったがPCゲームでは珍しいものだった。出せても一般的なパソコンゲームはPSG音源やFM音源が限界の時代(MIDI音源はすでにあったが対応ゲームは少なかった)、いまほどパソコンそのものが普及しているわけでもなく、ようやくWindows95の発売で「パソコンで生活が変わる」と喧伝された時代であった。好事家には物足りない説明かもしれないが本媒体が一般向けなのでご容赦いただきたい。

 また本稿は私の想いのままに書いている。別の角度からの解釈、それらに対する指摘や異論など当然あろうがあくまで「私と智さん」としての私個人の想う櫻井智であり、私個人の考える「時代」であることも記しておく。

他の世代とはまた違う独特のカルチャー体験

 古くは『機動戦士ガンダム2 翔べ!ガンダム』(1984年)のテープ版ゲームなどあったが「テレビでは聞けないミライのメッセージを受信せよ!」の広告のままにはいかず、リターンキーを推してデータレコーダー(テープレコーダー)のスピーカーからミライ・ヤシマ(声・白石冬美)の声が出るという代物であった(詳細は本旨でないため措く)。

 のちに櫻井智がマスコットガールを務めることになる2輪レースチーム「KISSレーシングチーム」(キジマ)の発足が1985年、その数年後の1987年に彼女はアイドルグループ「レモンエンジェル」のメンバーとして芸能界デビューすることになる。堀越高等学校と共に芸能人ご用達高校としてしられた日出女子学園高等学校(現・目黒日本大学高等学校)に通いながらのアイドル活動であった。

 この1980年代後半からの青春期(主に中学、高校時代に経験した人)というのは他の世代とはまた違う独特のカルチャー体験だったように思う。

 当時、大学生から上の世代なら多くをバイトなどで手に入れられただろうし、小学生から下ならまた違う趣向だろう。オンラインでない国産パソコンゲームの全盛期、OVAも加えた80年代アニメの成熟期、ビデオテープレコーダーやレンタルビデオによる「記憶から記録」の一般層への浸透と「劇場から家庭」「居間から個室」という視聴環境の変化もこの櫻井智の世代は中・高で経験している。

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ広報委員会委員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、修士(芸術)、芸術修士(MFA)。文芸論、人物評伝および比較史におけるポップカルチャー、またフィギュアスケートなど舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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