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種も仕掛けもない、真夏の桜は空に還った…櫻井智と90年代、その熱き「僕たちの時代」追想(3)

(c) AdobeStock

目次

創刊150号記念表紙は櫻井智に 

「コンプティークの表紙は櫻井智でいきましょう」

 1996年。かくして、コンプティーク創刊150号記念表紙は櫻井智に決まった。

 カメラマンは萩庭桂太、多くのアイドルやグラビアモデルの撮影を手掛けた「職人」である。

 表紙デザインはデザイン会社から智さんの真っ赤なジャケットにあえてY版(印刷や塗装、デザインの用語でイエローを指す)一色の真っ黄色なデザインで上がってきた。これは書店でもそうとう目立つ。この過程は私の担当ではないのだがベストだったと思う。暖色系は売れるのだ。とくに娯楽誌では。まして「レモンエンジェル」のレモン=イエローである。

プロフェッショナルの仕事場

 黄色をよく着ていたのは島えりかさんで智さんは赤やピンクが多かったように記憶するが、ともあれ表紙としてはバッチリだった。

 撮影は職人の手で粛々と、それこそ淡々と進んだ。まさにプロフェッショナルの仕事場だった。

 いまと違ってアナログ主流の時代、もうすべてがアナログという時代ではなかったが、こうした空気を経験できたギリギリの世代でよかったと思っている。

 撮影したものは現像後でなければわからない時代、ポラ切り(ポラロイド社に代表されるインスタント写真で試し撮りすること、構図やポーズの確認などに使う。サインを入れてもらい読者プレゼントに使うことも)はあったが、それが最終形ではないことは当然である。仕上がってみなけりゃわからない、誰もが撮れてしまう時代と違う、まさに「職人」の世界だった。

 智さんも職人だった。表情、ポージング、いつもにも増して真剣な眼差しだった。「ちょっと固いかも」とマネージャーさんが心配するほどに。それでもカメラを向けられたら一瞬で櫻井智になる。“智ちゃん”になる。

 衣装を着替えて怪盗セイント・テールの衣装で撮影。この後、同作品のミュージカルが全国で公演された、そのための衣装だった。

「芽美ちゃんとも、ようやく仲良くなってきました」

 独特の表現だった。櫻井智という人の感性は独特だった。「芽美ちゃん」とは『怪盗セイント・テール』に変身する中学生の女の子である。思えば智さんも中学生で芸能界のオーディションを受けている。親に内緒というのもセイント・テールだ。

 単なる偶然ではなく必然、こうしたシンクロニティというのが創作(演技もまた創作である)には非常に重要で、このシンクロをいかに感性で掴めるかが「プロ」になれるかなれないかの取っ掛かりだと私は思っている。結局のところ感性に、ほんの少しの幸運、ということになる。

櫻井智の「いま」「ここ」

 表紙の撮影とともにインタビューも取る。私はあえて表紙撮影の裏話ではなく『怪盗セイント・テール』の話だけにした。文字数が800字しかないのもあるが彼女の主演作品であり、いわゆる「魔法少女もの」である。智さんにもそれで了解を得たというか、とても喜んでいた。

 宣伝の意味合いもあるが、それ以上に櫻井智の「いま」「ここ」というアウラ(思想家ヴァルター・ベンヤミンの言葉、優れた芸術の唯一性と時空間の同一性)を最大限に引き出したかった。その「いま」「ここ」が『怪盗セイント・テール』だった。

 私が知る限りの声優さんの言葉に添えば、やはり多くの女性声優にとってTVアニメの「魔法少女もの」で主役を張る、そのメンバーに入るというのは特別なのだ。「魔法の呪文に憧れてました」「必殺技を叫びたい」多くの声優や声優志望からこの言葉を聞いてきたが、勝田久先生の口癖ではないが(https://ameblo.jp/hinohyakuso/entry-12632472265.html)。

 優勝劣敗の厳しい世界、それが叶った声優は多くない。というかごく一部だ。

 「ほんの少しの幸運」は本当に残酷だ。そのほんの少しをたいていは掴めない。現実だ。だからこそ『怪盗セイント・テール』もまた特別だった。読み返せばインタビューの中には〈「怪盗セイント・テール」に全力投球中〉とある。

〈小さな女の子からの反響がうれしいですね。学校帰りの女の子がセイント・テールの話なんかしてるのを聞いたりすると、思わず「わたし、わたしなのよ~!」なんて名のろうと思っちゃいました(笑)。そのぐらい、この仕事やっててよかったってうれしく思います〉※

 SNSどころか、現代のような誰もが当たり前に使えるようなインターネットの仕組みすらまだまだの時代、社会の反応というのは視聴率や売上などの数字やファンレター、あとはリアルな人々の声しかなかった。パソコン通信はあったがそれは表に出ることの少ない、ごく小さなコミュニティでしかなかった。インターネット上で個人の手作り感満載のホームページがぽつぽつでき始めた時代、ある意味、表現者にとって幸福だったようにも思う。現代のようなかたちの誹謗中傷はまず届かないのだから。

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ広報委員会委員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、修士(芸術)、芸術修士(MFA)。文芸論、人物評伝および比較史におけるポップカルチャー、またフィギュアスケートなど舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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