タワマン住民が「イオンカート暴走族」化する街・品川シーサイド…都心なのに巨大モールが主役を張る「東京のエアポケット」を歩く
「住みたい街」と評される人気のエリアにも、掘り起こしてみれば暗い歴史が転がっているものだ。そんな、言わなくてもいいことをあえて言ってみるという性格の悪い連載「住みたい街の真実」。
書き手を務めるのは『これでいいのか地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)で人気を博すルポライターの昼間たかし氏。第10回は、品川シーサイドを歩く。
目次
品川シーサイド、そこは「都心のエアポケット」だった
品川シーサイドといっても、どんなエリアかすぐに思いつく人は決して多くはないだろう。
北に天王洲アイル、南に大井競馬場、西に大井町とそれぞれ特徴のあるエリアに囲まれた、京浜運河沿いの地味なスポット。
もとは、日本たばこ産業品川工場の広大な敷地であった土地の再開発がスタートしたのは1992年。臨海エリア再開発の中では先駆けの部類といえる。だからであろう、このエリアには最近の再開発でやりがちな「空間を遊ばせるのは罪」みたいな意識はない。
この街の玄関口となっている、りんかい線・品川シーサイド駅を降り改札を出ると、ちょっと懐かしさを感じる。自動改札の外側は地上に向けたエスカレーターと階段、壁面にはオブジェが設置されたちょっとしたホールになっている。

【画像001:改札を出ると2025年の価値観ではとことん無駄な空間が。謎オブジェが自己主張しすぎないこの時代のほうがオシャレだ】
最近の再開発では、絶対にこんなことはやらない。
改札を出たら、即座に商業施設。あるいは、駅と建物が一体化していて、改札を出た瞬間から既に商業空間の中。動線は最短距離で最適化され、無駄な空間は徹底的に排除される。滞留するスペースがあるなら、そこに店舗を入れる。それが現代の常識だ。
ところが品川シーサイド駅は違う。改札を出ても、すぐには商業施設に接続しない。ただ、そこにいることができる余白。都市計画決定が1998年、竣工と駅開業が2002年。この微妙な時期が、この街の性格を決定づけている。
この都心にも「平成レトロ」を味わえる場所があった
バブル崩壊後とはいえ、まだ余韻が残っていた時代。「効率」と「収益」が絶対正義になる前の、ほんのわずかな猶予期間。その時代に設計されたからこそ、この街には「無駄」が許されているのだ。こうしたバブル崩壊後だが、その余韻が残っていた頃の空間デザインは、晴海アイランドトリトンスクエア(2001年竣工)にも見ることができる。
しかし、余韻のレベルは品川シーサイドのほうが格段に高い。エスカレータから地上へと向かうと、そのまま品川シーサイドの中心といえるショッピングモール「オーバルガーデン」へと接続する。それも、接続しているのは巨大な楕円形の広場である。広場からは、地下1階から地上3階まで連なる商業施設が一望できる。

【画像005:街の入り口正面も空間が贅沢。現代だったら敷地いっぱいに商業施設ができてしまうだろう】
現代のショッピングモールは、基本的に一望できない。動線が複雑に入り組んでいて、どこに何があるのか、全体像を把握することができない設計になっている。それは意図的なものだ。迷わせることで、できるだけ多くの店舗の前を通らせる。予定になかった店に立ち寄らせる。衝動買いを誘発する。そういう戦略である。
効率的といえば効率的だが、正直、疲れる。
目的の店に行くだけなのに、なぜかぐるぐる歩かされる。気づけば違うフロアにいる。エレベーターの位置がわからない。そんな経験、誰にでもあるだろう。
ところがオーバルガーデンは違う。楕円形の吹き抜け空間を中心に、店舗が配置されている。だから、立っている場所から、上下のフロアも含めて、どこに何があるのかが見渡せるのだ。このバブルの余韻風空間デザイン……今ではちょっと平成レトロな感覚が味わえることこそが、品川シーサイドが誇るべき部分であろう。
【画像002:楕円形の文字通りの広場。こんな空間の無駄遣いが許されているために肩肘張らずに暮らせそうだ】

【画像003:あっちこっちにベンチが設置されているので仕事も休憩も特に問題なくできるのがメリットだ】
なぜ、オフィスワーカーは「すき家」ではなく「丸源」に並ぶのか
さて、問題はそこにどのような店舗が入っているかである。今回もいつものように、舐めるように店舗をチェック。正直、店舗展開が独特だ。ラーメンはリンガーハットと丸源ラーメン、さらに台湾料理の阿里城も出店。イタリア料理はカフェ兼用のイタリアントマトと本格系の合計2店舗。さらにとんかつの和幸や大阪王将。ファーストフード系はバーガーキングと、すき家である。どうだろう、メインを張っているのは気軽に入れる大衆店舗ばかりである。
こうなっている理由は、この街が純然たるマンションエリアではなく、周辺も含めてオフィスビルが多いエリアであることも影響しているだろう。要は「毎日そこで暮らし、働く場所」としての需要を満たすことが最重要視された設計なのだ。

【画像010:意外に少なかったのが昼の弁当売り。けっこうなハイスペースで客が並んでいた】
ただ謎なのが、そうした中での人気店舗の存在だ。訪問したのは平日日中、ちょうど広場に出てきたオフィスワーカーたちの様子を見ていると、多くの人が向かうのが丸源ラーメン、和幸、大阪王将の3店舗なのだ。うん、確かに3店舗とも安くて美味い店であることは間違いない。なのに、すき家やリンガーハットが、そこそこ混んでいる程度なのに対して、3店舗は行列を作って順番待ち。

【画像004:昼時とはいえ丸源ラーメンに大行列が。確かに美味いが行列は驚き。ちょうど寒かったからだろうか】
なぜだ。
すき家もリンガーハットも、十分に安くて早くて美味い。ファーストフード系なら回転も早いはずだ。なのに、わざわざ行列に並んでまで丸源ラーメンや和幸を選ぶ理由はなんなのか。観察していると、ひとつの仮説が浮かび上がってくる。
毎日牛丼ではあまりにもツラすぎる
「ちょっとした贅沢」である。
すき家は、あまりにも日常だ。どこにでもある。いつでも食べられる。リンガーハットも同様。別に、ここで食べなくてもいい。でも、丸源ラーメンは? 和幸は? 大阪王将は?
確かにチェーン店ではある。でも、すき家ほどどこにでもあるわけではない。ちょっとだけ、特別感がある。ちょっとだけ、贅沢な気分になれる。そして、価格も劇的に高いわけではない。1000円前後で満足できる。
つまり、この3店舗は「コスパの良い、プチ贅沢」というポジションなのだ。
オフィスワーカーたちは、毎日ランチを食べる。毎日すき家では、さすがに飽きる。でも、毎日高い店にも行けない。だから、週に一度か二度、「今日はちょっといいもの食べよう」という時に選ぶのが、丸源ラーメンであり、和幸であり、大阪王将なのだ。
そして、行列ができているということは、周囲の選択肢が限られているということでもある。品川シーサイドは便利だが、駅前に飲食店がひしめいているわけではない。オーバルガーデンと、あとは点在する数店舗。選択肢は、意外と少ない。
だから、「ちょっといいランチ」を求める人々が、必然的にこの三店舗に集中する。そして、行列を見た他の人も「あ、人気店なんだ」と認識して、さらに行列に加わる。
結果、丸源ラーメン、和幸、大阪王将は、品川シーサイドにおける「ちょっといいランチの聖地」として機能しているわけだ。……あくまで仮説である。この謎の解明は今後に持ち越したい。
選択肢はほぼイオンのみ…ここは本当に品川区なのか
そんな謎多き街の中心施設がイオンスタイル。正確にはイオンスタイルと30の専門店が入居する巨大ビルである。このイオン、最近の再開発地区にありがちな新築タワマンの需要を満たす目的のものではない。品川シーサイド駅開業以降にできた周囲のマンション、そして、古くからの住民すべての生活を担う超重要施設なのだ。