なぜ経営者はリスキリングに興味を示さないのか?リスキリング支援の第一人者がその理由と対策を解説!

「リスキリングが重要だ」。このような認識が広まってきている一方で、実際のところはまだ、リスキリングが一般的になったとは言えない状況にある。リスキリングが広まらない要因の一つとして、「経営者がリスキリングに関心がない」ことが挙げられる。では、なぜ経営者はリスキリングに関心がないのかについて、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事の後藤宗明氏が解き明かす。全3回中の1回目。
※本稿は後藤宗明著『AI 時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング【人材戦略編】』( 日本能率協会マネジメントセンター)から抜粋、再構成したものです。
第2回:AIは人間の仕事をどれくらい奪うのか?人間が生み出すべき「新たな価値」とは
第3回:どうすれば失業から逃れられるのか?企業に求められる「リスキリング」3ステップ
目次
「リスキリングすれば社員が辞める」の誤解
私は企業のリスキリングを支援していますが、その支援を通じてよくお伺いする話は、「経営者のリスキリングに対する関心が低く、何も進まない」というものです。特に人事部の担当者の方々は、自社の従業員が将来の事業がどうなるかわからず不安で退職していくことを防ぎたい、と仰います。
とにかく、リスキリングの成功事例を見るに、経営者自身がリスキリングを行い、背中を見せ、全社プロジェクト化し、新たな事業分野での成功を収めているのが特徴です。
一方で、経営者がリスキリングに関心を持たない理由も明確にあり、その原因は、いくつかに分かれます。以下それぞれの対策について正解はありませんが、僕自身の過去の経験なども交えて、ご紹介します。
①リスキリングを導入すると社員が辞める、と思い込んでいる
[対策]リスキリング機会の提供で、逆に優秀な社員が入ってくることを伝える
昨今の報道が原因で、リスキリングが転職のためのもの、と誤解をしている経営者の方と多くお目にかかります。実は、経営者の方からよく言われるのが、「後藤さん、寝た子を起こさないでくれ。リスキリングなんて言って、やる気になられても困るんだ。安い給料で騙しだまし働いてもらっているのに、意識が高くなって退職されたら困る」ということです。
これは、考え方を改めなくてはいけません、といつもお伝えしています。
確かにリスキリングに目覚めて、自社の事業ではリスキリングで習得した新しいスキルを活かせない場合、給与も何も変わらない場合、転職してしまう可能性があります。しかしながら、まずもって、リスキリングに取り組み可能な意欲的な従業員が活躍できる場所の確保、処遇の改善に取り組むことが最優先であることは言うまでもありません。
また、もう1つ重要な視点が抜け落ちてしまっています。ここ数年間、新卒の就職活動中の学生にアンケートを取り、どんな企業で働きたいですか?という質問に対して、「自分を成長させてくれる会社」がずっと1位なのです。
つまり、辞められることを恐れてリスキリングの機会を従業員に提供しない会社は、優秀な若い世代から見放され、徐々にリスキリングに関心のない(まま働いている)従業員だけが増えていくのです。それを逆手に取るならば、「肉を切らせて骨を断つ」決断が重要です。
確かに、リスキリングの機会を提供したらより成長の機会に目覚めてやめる従業員も出てくるかもしれません。一方で、リスキリングの機会を真剣に提供することで、若い優秀な社員がそれを魅力に感じて入ってくる好循環が起きるのです。
これが米国などでは一般化している正の人材流動化です。出ていく人もいるかもしれないけど、入ってくる人もいる。優秀な人が入ってくるプラスに意識を向け、従業員に成長機会、リスキリングの機会を提供することが大切です。
特に、これからの時代、1つの会社でずっと働こうという20代の方々は極端に少なく、自分の成長のために転職という選択肢を最初から持っているので、リスキリングの機会を提供しないという考えは、時代に逆行しているのです。
本業に向き合った結果、世界が狭くなっていく
②実はディスラプションの危険が迫っているが、単純に外の動きを知らない
[対策]タイミングを見計らって、外の世界に連れ出し、外部の人間に説明させる
外部環境の変化が確実に進んでおり、自社の本業に大きく影響を与える事実が起きているにもかかわらず、それを知らないといったケースも実は多く見られる現象です。そのため、自社の従業員に対して、リスキリングが必要だという意思決定に至らないのです。
実はお話をしていると、②のタイプの経営者の方が意外と多くいらっしゃいます。この場合の一番の原因は、自分の地元など狭い行動範囲、毎日同じ人と会っている「情報の均質性の高い」コミュニティにいらっしゃる場合です。生真面目な経営者の方に多いように感じます。ご自身の本業に真摯に向き合っているが故でもあるかと思います。
その対策としては、外部で起きている新しい変化に触れる機会を作るべく、外の世界に連れ出すことです。簡単な方法は、外部の人間との打ち合わせを設定し、その重要性を伝えてもらうのです。
自社の人間に言われると何も感じないことが、外部の人間から客観的な事実として聞くと、関心の度合いが変わるということは往々にしてあります。実は僕自身が果たしている役割は、この外部の人間としてリスキリングの重要性について伝えるということではないかと思います。
DXがリスキリングを推進する
③リスキリングに取り組みたいが財政的、時間的余裕がない
[対策]時間はかかるが、生産性の向上に取り組み、時間を捻出する
地方の企業経営者の方とお話ししている際に、「うちの従業員にもリスキリングの環境を用意してあげたいが、金銭的にも時間的にも余裕がない」とよく伺います。実は2025年現在、無償のリスキリング講座などがかなり充実してきたので、金銭的な課題は少し減ってきていると思いますが、時間がないという場合については少し長期的に取り組む必要があります。
1つのパターンは、生産性向上を目的としたデジタルツールの導入や業務プロセス改革に取り組み、徹底的に無駄を排除してリスキリングに取り組む時間を捻出するのです。これは遠回りに見えて実はとても重要なプロセスで、まず業務プロセスの自動化に取り組まないと、デジタル分野の新規事業を推し進めるためのリスキリングは定着しないのです。そのため、③の場合は、まず生産性の向上による時間の捻出に取り組んでいただきたいです。
④とにかく、デジタルが嫌い、もしくは関心がない
[対策]情報を提供し続けることで、来るタイミングを待つ
大企業でも実は、デジタル分野に対するアレルギーを持っている経営者はいらっしゃいます。関心がないのではなく、嫌いなのです。さまざまな理由があるかと思いますが、過去の経験上からの価値観なので、この場合はなかなか厄介です。ただ、対策として考えられることは、有益なデジタル分野に関する情報提供をし続け、関心を持ってくれるまで待ち続けることです。
実際に僕も関わらせて頂いたある食品メーカーの大企業のお話です。経営者の方は公然とデジタル嫌いを宣言しており、従業員の方々は自社のデジタル分野の取り組みに危機感を持っていらっしゃいました。
ところが、正月を迎えて新年度になった年頭の挨拶で、「今年から弊社はデジタル化に本格的に取り組む」と突如として宣言されたそうです。自身が苦手であることを言い訳にしてはいけないと改心されたそうで、自身の信用する部下をデジタルトランスフォーメーション推進責任者に抜擢し、大手デジタル企業との提携を進めて、自社の新規事業としてデジタルサービスの開発に取り組んでいます。
「事業がうまくいっている」はリスキリングにはネガティブ
⑤自社の業績が好調で変化に挑む緊急性がない
[対策]短期的には難しいが、定期的な情報共有を続ける
上記5つの中で、実は厄介なのが⑤です。講演会や勉強会などに積極的に参加される経営者の方々で、⑤はとても多いのです。ある種、そういった講演会や勉強会に参加される(余裕がある)経営者の方々は自社の事業が好調だという成功体験をお持ちで、デジタル化に取り組む必然性を感じていなかったり、リスキリングは自社と無縁だと思われているのです。
「この時代に、そんなことある?」とお思いになる方もいると思いますが、特に地方ではこの⑤の経営者の方がとても多い印象です。
実は⑤のタイプの経営者の方には、私も苦戦しており、2時間講演でリスキリングについて丁寧に解説しても、「いやー後藤さんのお話を聞いたんですが、なぜリスキリングが重要か、やっぱりわからないんですわ」と明るく言われてしまったりするのです。この場合、短期的にはお手上げです。
ただし、僕は⑤のタイプの経営者だとはっきりわかった場合は、しばらくそっとしておこうとモードを切り替え、来たる時(関心を持ってくださる時)を待つようにしています。その時に大事なのは、そこで縁を途絶えさせてしまうのではなくて、自分がメディアに掲載して頂いたり、国や自治体で新しい施策が動いた時などに、「お知らせ」として報告のメールをお送りしています。
実際に、2019年、2020年に一度リスキリングの話をして関心を持たれなかった政治家、官僚、経営者の方々と、2022年以降に改めてリスキリングの話をする機会が格段に増えました。
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