AIは人間の仕事をどれくらい奪うのか?人間が生み出すべき「新たな価値」とは

AIやロボットといったIT技術の発展により、これまで人間が行ってきた仕事が奪われる「技術的失業」。一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏は「業務の生産性を上げていくためにこの流れは不可避」としている一方で、その流れが深刻化していくかどうかは一定程度予測できると話す。私たちが向き合うべき技術的失業について、後藤氏が語る。全3回中の2回目。
※本稿は後藤宗明著『AI 時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング【人材戦略編】』( 日本能率協会マネジメントセンター)から抜粋、再構成したものです。
第1回:なぜ経営者はリスキリングに興味を示さないのか?リスキリング支援の第一人者がその理由と対策を解説!
第3回:どうすれば失業から逃れられるのか?企業に求められる「リスキリング」3ステップ
目次
低スキルの労働者はAIに取って代わられる可能性
2013年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが発表した衝撃的な論文から2025年9月で12年の歳月が経過します。米国の47%の現行の雇用が失われるというものでした。
実際にオズボーン教授も予測の経過を振り返り、予想通りだったもの、予想とは異なる経過をたどったもの等について述べられています。2025年3月の日本経済新聞の取材では、医者、看護師、美容師等複雑な手仕事が多い職種は引き続き代替されづらい一方で、低スキルの労働者については生成AI等の活用により代替リスクがある旨を述べられています。
2022年11月にChatGPTがリリースされて以来、米国では技術的失業に対する議論が再度活発になり、実際にコピーライターやリサーチ業務のアシスタントなどの業務担当者、複雑性の低いソフトウェアエンジニア等の業務に就いている人たちの解雇やレイオフがさかんになってきました。
デジタル等新しい分野における雇用が増えるので技術的失業は起きないという専門家の方もいらっしゃいます。最終的には長い時間をかけて成長分野への労働移動が実現されれば理論上の技術的失業は大きな問題にならない可能性もあると考えていますが、実はいくつかの条件が揃わないと実現できないと考えています。
人間が職場で生き残るための条件
・テクノロジーの進化のスピードと新しい雇用の創出数
まず1つ目に、「新技術が増やす新しい雇用>技術が奪う雇用」が成り立っていないといけません。例えばここ数年、AI関連の雇用は増えているし、求人も増えていますが、雇用主が求めるレベルのスキルを持っている人が少ないので、実際に採用に至る優秀な候補者の方は少ない状況です。テクノロジーの進化が急激すぎて、先行して自動化による雇用削減が進むと、人間のスキルレベルのアップデートのスピードが追いつかないので、時間差で技術的失業は顕在化するのです。
・自動化の意思決定を行う経営者の判断
2つ目は、経営者など雇用主の意志の問題です。競争に勝つために徹底した効率化を進めていく場合、人間の雇用を守ることを最優先にできる経営者がどれくらいいらっしゃるでしょうか。皆さんが働く会社では、どのような価値観でしょうか。
当たり前の話ですが、現時点ではAIやロボットが直接意思決定して、人間の仕事をなくすわけではありません。経営者や上級中間管理職の方が意思決定し、コスト削減のために人間がやっていた業務を自動化可能なツールを導入して人間の仕事を代替していくのです。
自動レジの導入は分かりやすい事例です。自動レジが人間の仕事を奪うのではなく、自動レジを導入する組織が「レジは今後人間の行う仕事ではない」と意思決定し、自動レジを開発導入して、実際に人間が行うレジの仕事がなくなるわけです。グローバルな熾烈な環境下にある企業においては、この流れは避けられない宿命にあると思います。
・リスキリングに取り組む意志と成功度合い
3つ目は、働く個人の意志や能力の問題、そしてリスキリングの成功の度合いです。リスキリング導入の現場にいて日々感じるのは、皆さん頭では「このままだと自分の事務仕事は今後なくなるな」とわかっていても、具体的なアクションを起こしている方は本当に数少ないのではないかと思います。気づいた時には、部門ごと廃止になったり、会社の経営状態が悪化して人員削減の決定が下されたりして、初めて自分の今後のスキルについて真剣に再考し始めるのではと思います。
リスキリングを日本で広める活動を開始して今年で8年目、法人化して5年になりますが、AIやロボットと一緒に働く時代が来ることを理解して真剣にリスキリングに取り組んでいる方は、100人に1人いるかいないかくらいの実感です。Old habit die hard、今までの雇用習慣から脱して自分の意志でリスキリングに取り組むことができなければ、労働移動は難しく、技術的失業の犠牲者に陥ってしまいます。
生成AIの開発競争はさらに激化し、業務の生産性を上げていくためにこの流れは不可避だとすると、日本企業がどこまで従来の雇用維持の姿勢を貫くことができるのか、にかかってきます。なかなかこの技術的失業の議論は日本では本格化しませんが、手遅れになる前に対策を講じなくてはいけません。技術的失業を未然に防げるか、それとも深刻な問題となるのかはわかりません。
しかしある程度前述のような3つを同時に俯瞰することで、一定レベルで技術的失業が深刻化するかどうかの経過を予測することができるのではないかと思います。
リスキリング=ITではない
いよいよAIの進化とともに、技術的失業が始まる兆候が見え始めています。米国の巨大テック企業では連日人員削減のニュースが続いていますが、AI分野への投資を加速させるために、重点分野のシフト、そして、生成AIで代替可能なレベルの業務を行ってきたエンジニアの解雇などが続いているのです。
僕はかねてより、「リスキリングはプログラミングができるようになることではない」と言い続けてきましたが、いよいよ生成AIがプログラミングを代替し始めている現在、どの分野のリスキリングを行うのか、の選択が極めて重要になってきています。
今までは人間にしかできないと思われていたような業務が次々とAIによって担当できる兆しが出ていきています。例えば、株式会社Adobakaでは、AIキャピタリスト「ANOくん」がデビューし、2週間で50件の投資面談を行ったというニュースなども出てきています。新たな価値を生み出すためのリスキリングができないと、同じ分野での職の維持は難しくなっていきます。
AIの進化による技術的失業が止められない1つの理由に、生産性向上を是とする論理があります。AIを開発し、サービスを提供する側の論理は、「生産性の向上」をどれだけ実現できるか、また不確実な人的関与を減らせるか、という考え方に基づいている部分があります。
そのため、必然的に、人間の関与する業務を減らしていく方向性に働くのです。労働集約型の業務も、知識集約型の業務も、同様に自動化の方向性に向かうベクトルに抗えない性質があるのです。そして、技術的失業にも、いくつかのパターンがあるのではないかと推察しています。
アナログもデジタルも、失業が起こる
①アナログ失業
デジタル化の導入が進まず、人間の雇用による高コスト体質のままの企業経営を続け、結果的にデジタル化を極限まで進めて低コストでサービス提供する企業に勝てず、企業が倒産し、労働者が失業する「アナログ型失業」が今後出てくるのではないかと考えています。
私はリスキリング支援のため、地方出張に頻繁に訪れる機会がありますが、日本においては、デジタル化に取り組まないアナログ企業でも、「仕事をしているフリ」労働者が生存し続けることがしばらくの間はできるかもしれません。しかし、ここ数年で人間の給与をベースとした高コストの事業モデルを維持できず倒産していくのではないかと憂慮しています。
結果的に、大量の雇用保険給付に頼る利用者、生活保護受給者が生まれる可能性もありますが、「雇用維持を目的とした」雇用、すなわち、本来であれば不要なはずの労働に従事するための雇用創出でつなぎ止めるといった対策も出てくるのではないでしょうか。特に公共分野でこうした暫定的雇用が出てくると、財源を圧迫し、いずれは維持不能になっていきます。
②デジタル失業
急速なAIの進化により、本来であれば成長分野で雇用の受け皿であったはずのデジタル分野でも、高度な自動化が進み、雇用削減の憂き目にあう労働者が出てきています。リスキリングに真剣に取り組み、一部の優秀な人は高度なデジタル分野の開発業務等に従事することで生存可能かもしれませんが、このスピードでのAIやロボットの進化が続くと、経営者のリソースシフトの意思決定の影響で、レイオフが進んでいきます。
多くのデジタル分野に携わる方々が、モニタリングやエラーが起きた際の保守メンテナンスを行う現場監督業的な業務にシフトしていく場合、従来の業務とのギャップからやる気の欠如などの問題も出てくるのでは、と考えています。
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