なぜ早稲田も東北大も推薦入試の割合を高めていくのか…中途採用市場の転職支援従事者「言われたことをやるだけなら、正直AIでいい」企業の人材要件が急変している
大学入試の世界に大きな変化が訪れている。かつては、「大学入試」=「過酷なペーパーテスト」のイメージが強く、実態として推薦入試の割合は低かった。しかし最近、総合型選抜に代表されるいわゆる「推薦入試型」の入試の比重が高まってきている。なぜなのか。学歴活動家のじゅそうけん氏が解説するーー。
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目次
早稲田も東北大も総合型選抜の割合を高めていく意向
近年、大学入試制度の構造が大きく変容しつつある中で、早稲田大学と東北大学は総合型選抜(旧AO入試)の合格者枠を増やす方針を具体的に打ち出して話題を呼んでいる。
早稲田大学は2025年11月に「2026年度までに入学定員の6割を推薦・総合型選抜に割り当てる」と表明し、東北大学も2023年に「将来的に入学者の多くを総合型選抜に移行する意向」を公にした。
これらは単なる制度拡充ではなく、「学力偏重」から「総合力重視」へと舵を切った象徴的な動きだと捉えるべきだろう。
大学の文系学部はもはや「一方的に知識を与える場」だけでなく、「社会で機能する人材を育てる場」へと役割を変えつつある。その中で、従来の一般選抜だけでは測りきれない能力をどう見抜くかという課題に対し、総合型選抜は一つの合理的な解となっている。
背景にある「合格=ゴール」の受験生
私自身は一般選抜で早稲田に入学した人間だ。
大学入試に向けて机に齧りつき、日本史の用語集のマニアックな用語を隅々まで暗記した。こうした「点数」「偏差値」といった明確な指標に向けて努力を積み上げるゲームは単純で、ある意味で健全でもあった。
しかしその一方で、入学後に多くの同級生が「燃え尽き症候群」に陥る姿を目の当たりにしてきた。努力の大半が“試験突破”という一点に集中していた結果、大学生活が始まるや否や目標を失ってしまう学生は少なくなかった。講義に身が入らず、サークルにも深く関われず、就職活動が始まって初めて「何者でもない自分」に直面する。自暴自棄になって高田馬場ロータリーで酒を飲み、そのまま“屍”のようになっていった知り合いも少なくない。
今振り返ると、その光景は、大学よりも先の社会に出たあとで「学力以外の基盤」が問われる場面で苦労する前兆だったのかもしれない。
もちろん、全ての一般選抜出身者がそうだと言うつもりはない。私自身の周囲にいた社会に馴染めない人たち特有の「同じ穴の狢」の傾向に過ぎない可能性もある。 しかし、同時期に在学していた別の友人に話を聞いても、似たような印象を持っている人が多いのもまた事実だ。
一方で、総合型選抜で入学した学生は、入学当初から主体性を発揮するケースが目立っていた。
長期インターンに参加したり、学内外のセミナーに顔を出したり、国際交流や起業に志を向けたりと、その方向性は多様だが、共通していたのは「自分は何を学び、何者になりたいのか」を明確に言語化できている点だった。
向いている方向性は何であっても構わない。
しかし「なりたい姿」を問われ、それをアウトプットすることが必要な総合型選抜を経て入学した学生は、そこに向かうための動きが明確だ。
そして、その動きが結果として、大学生活そのものをキャリア形成の土台に変えているのも間違いない。
総合型選抜は、「主体性を発揮できる学生」を結果的に生み出す仕組みだと言えるだろう。