人はいつから成長に捉われるようになったのか?いまなお私たちの内面に潜むダーウィニズム

いまを生きる人々や企業は、「成長しなければならない」という思いに捉われがちだ。ただし、人気ポッドキャスト番組「コテンラジオ」を手掛ける株式会社COTENにて歴史調査を担当する品川皓亮氏は、その“常識”が作られたのは近代になってからだと話す。「成長」に関する歴史を、品川氏が紐解く。全3回中の1回目。
※本書は品川皓亮著『資本主義と、生きていく。 歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体』(大和書房)から抜粋、再構成したものです。
第2回:そして人間は「測りすぎ」の病にかかった……あらゆる物事が数値化される社会で必要なこととは
第3回:お金に関する不安は「貯めるだけ」では解決しない……私たちは罪悪感や劣等感から逃れられない
目次
かつて「成長」は平和に向けたものだった
18世紀に入ると、科学革命の後を追うようにイギリスで産業革命が進行していきます。これにより、いよいよ本格的に科学技術が人間社会を驚くべきスピードで変革していきました。
この時代、「啓蒙思想」と呼ばれる知的ムーブメントがヨーロッパ全土を席巻しました。啓蒙とは「蒙きを啓く」、すなわち暗闇に光を当てるという意味をもっています。つまり、中世までの宗教や迷信という暗闇を、理性の光で照らし出そうという試みだったのです。
啓蒙思想家の代表格ともいえるドイツの哲学者イマニュエル・カント(1724年ー1804年)も、『啓蒙とは何か』(1784年)という論文の冒頭で「自分の理性を使う勇気をもつこと」の重要性を強調しています。
カントは、人類は理想的な社会に向かって着実に進んでおり、最終的には世界の「永遠平和」が実現するという壮大な構想をもっていました。現代では世界の「成長」といえば経済成長を真っ先に思い浮かべがちですが、250年前には、永遠の平和に向けて進んでいくというイメージが掲げられていたのです。
そして、啓蒙思想の影響を受けた世界史上の大きな出来事といえば、何といっても1789年のフランス革命です。「自由・平等・友愛」をスローガンとするこの革命は、「所有は不可侵で神聖な権利である」と謳うフランス人権宣言に結実しました。ここで明示された私的所有という発想は、資本主義の発展に欠かせない前提となります。
ベーコンが蒔き、科学革命が育てた「進歩の種」は、啓蒙思想という太陽を浴びて巨大な木へと成長したのです。もはや誰も、この歴史的な流れを止めることはできませんでした。
私たちを無意識に縛る「進歩史観」
この流れに呼応するように、社会や歴史の進展を一つの哲学体系にまとめ上げる人物が登場しました。ドイツの哲学者ヘーゲル(1770年ー1831年)です。隣国から飛び込んでくるフランス革命のニュースを固唾をのんで見守った彼は、歴史は偶然によってランダムに進むのではないと断言します。
彼によれば、歴史とは「自由」をめぐる世界の自己実現の過程だといいます。君主だけが自由だった専制君主制の時代。奴隷や女性を除く市民にも自由が広がった古代ギリシア・ローマの時代。
そして、近代においてすべての人に自由の原理が自覚される──そんな歴史のステップを彼はイメージしました。フランス革命は、まさにそのステップを歴史が大きく駆け上がった瞬間でした。
これは、現代のビジネス書コーナーに並ぶ自己啓発本の言い回しとどこか似ています。「あなたは必ず自己実現できる」「自由を手に入れるための3ステップ」。こうした本を手に取る人々は、混沌とした日常の中に、確かな道筋を求めています。ヘーゲルもまた、革命と戦乱が渦巻く時代に、「世界史の進展」という壮大なストーリーを提示したのです。
このような歴史観は、後に「人類の進歩」を強調する進歩史観の文脈で解釈されていきます。 キリスト教教義の確立により、時間は「循環するもの」から「直線的に進むもの」になりました。
しかし、啓蒙時代を経て近代に入ると、それはもはや単なる直線ではなく「右肩上がりに上昇していく」ことが運命づけられた直線になったのです。
私たちが生きる資本主義社会は、この進歩史観的な価値観を土台として成り立っています。私たち自身も、多かれ少なかれ無意識的に進歩史観を前提として物事を見ているといってよいでしょう。
歪められた「ダーウィンの進化論」
科学の発展と進歩史観の確立で、人間の進歩への期待と自信は頂点に達したかと思われました。しかしこの後、この思想は思いもよらぬ主義主張と合流し、さらに衝撃的な展開を迎えます。そのきっかけとなったのが、いわゆる「進化論」で有名なチャールズ・ダーウィン(1809年ー1882年)です。
ダーウィンは主著『種の起源』(1859年)の中で、生物は世代を重ねる中で少しずつ変化しそれが子孫に遺伝するとともに、環境に有利な性質をもつ個体が生き残るとしました。また、そうでない個体は淘汰されるという「自然淘汰」「適者生存」の理論を提示しました。
注意が必要なのは、ダーウィンが論じた「進化」は、いわゆる進歩や発展ではないということです。彼にとって、どのような変異が生じるかはランダムであり、どのような性質が有利かは環境によって変わるためです。つまり、進化は条件次第でどのような方向にも進みうるものでした。
ところが、ダーウィンの主張はこの後、人間の進歩への期待と自信で溢れた当時の時代の空気とあいまって、大きく歪められていきます。これが、「社会ダーウィニズム(社会進化論)」と呼ばれる思想の潮流です。
ダーウィンの思想は、進歩の理論に都合よく読み替えられました。進歩が宇宙から地球、生命に至るまで、あらゆる現象に適用される普遍的な法則だと考えられるようになっていったのです。さらにこの発想は「適者生存」が人間社会にもあてはまると考え、「強いものだけが生き残る」という弱肉強食を正当化する方向へと拡張されていきます。
人間の集団や階層、国家間の関係にも同じ原理が働くとみなされ、歴史的には、優生思想、人種差別、植民地主義の根拠付けにまで結びついたことが指摘されています。
優生思想や植民地主義といった歴史的反省も踏まえ、今日では、社会ダーウィニズムは科学的・倫理的に誤った見解であったとして明確に否定されています。
「常識」が作られたのはたった200年前
しかしここで、皆さんに考えてほしいことがあります。それは、「いま説明してきた社会ダーウィニズムのような発想は、私たちの意識に深く刻み込まれていないか?」ということです。
資本主義において、社会とは競争です。強いものだけが生き残る。変化に適応できなければ死ぬ。だから常に成長せよ──現代でも、このような言説が声高に叫ばれます。
しかしこの言説は、ダーウィンの思想を歪曲してきた人々がいっていたことと、本質的には同じではないでしょうか?適者生存を説く社会ダーウィニズムは、「強くなければ生き残れない」という弱肉強食の理論に結びつく可能性を常にはらんでいます。
そのため、私たちが休日もゆっくりと心を休めることができないという「成長の呪い」は、深いところでこの思想と響き合うところがあるのです。もっと遡れば、近代以降に普及した進歩史観の延長線上にあるともいえるでしょう。
このように考えると、私たちを休みの日まで追いかける成長という追手の正体が見えてきます。それは、「生き残るために進歩せよ」という社会的な圧力と、「ありのままの自分の生をまっとうしたい」という本能的欲求との間で引き裂かれた、私たちの心の叫びなのではないでしょうか。
資本主義社会においては、時間は単調に経過するのではなく、私たちは成長を義務付けられ、それによって競争から逃れられない運命にあります。しかし、遡ってみるとこのような「常識」が作られたのは、たった200年ほど前の話なのです。その頃まで人類は、成長や競争に囚われてはいませんでした。
また、ダーウィンは決して「一つの個体は生まれてから死ぬまで、進化し続けよ」なんてことはいっていません。
成長の呪いは深く私たちの心に内面化してしまっていますが、それを相対化して眺めることで、その「囚われ」から脱するヒントになるかもしれません。
-709x1024.jpg)