「五ノ井里奈さんのときは正義だった、でも次は?」街録ch三谷三四郎が背筋を凍らせたあの映画とは…「人を殺める加害者」に豹変する嘘の恐怖を突きつける作品
地上波からNetflix、さらにはAbema、U-NEXTまで――。コンテンツが乱立する今、人を真に熱狂させるのは「面白い」の先にある「ヤバい」番組だ。1000人以上の剥き出しの人生を記録し続けてきた『街録ch』ディレクター・三谷三四郎が、エッジの効いた一作を独自のバイアスで読み解く。
連載「今、ヤバい番組」第5回は、『街録ch』ディレクターとしてここ最近でもっとも背筋が凍った作品について。嘘の告発によって社会的に抹殺された教師の姿を描く本作は、メディアに携わる人間にとって、他人事ではない恐怖を突きつけてくる。
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嘘が暴かれても、まったく動じない母親の狂気
今回は、Netflixで独占配信されている映画『でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男~』について。
2003年に実際に起きた事件をベースにした作品だ。綾野剛演じる小学校教師が、ひとりの児童の母親(柴咲コウ)から「凄惨な体罰やいじめを行った史上最悪の殺人教師」として告発される。週刊誌の実名報道によって大炎上し、世間は一斉にこの教師を「絶対悪」として徹底的に叩き潰しにかかる。
日本中から凄まじいバッシングを浴び、550人もの大弁護団に包囲され、社会的抹殺を受ける教師。しかし恐ろしいことに、この凄惨な体罰やいじめは、母親の一方的な「でっちあげ」だったのだ。実話ベースでありながら、サスペンスやホラー以上に人間の狂気を感じさせる映画だ。
僕が本作を観てもっともゾクッとさせられたのは、法廷で「母親の供述が完全に嘘だった」と暴かれるシーンだ(嘘の具体的な内容はぜひ本編で確認してほしい)。嘘が発覚したにも関わらずまったく動揺せず、裁判官からの追及に「答えたくありません」と、表情を変えることなく冷徹に佇む母親の姿。この表情、このトーン、この狂気……自分が過去に取材した人の中にも、同じようなタイプが数名いたなと思い出さずにはいられなかった。
日々、『街録ch』で様々な人の人生をインタビューしていると、「取材してほしい」という応募の中には、告発を目的とした内容も少なくない。その筆頭が、自衛隊勤務中に受けた性暴力の隠蔽を訴えてくれた五ノ井里奈さんだ。彼女のインタビュー動画は公開後、瞬く間に拡散され、週刊誌やテレビへと波及した。

公開から3ヶ月後には防衛省が被害を事実認定し、同日に当時の吉田陸上幕僚長が公の場で謝罪するという怒涛の展開に。後に刑事裁判で加害者3人に有罪判決が下るなど、力を持たない個人の告発が巨大組織の隠蔽体質を公にし、社会を良い方向へ大きく動かした事例だ。
もし僕が”嘘の正義”に加担していたら
しかし、もしも今回の映画のように「嘘の告発」を取り上げてしまったとしたら……。嘘と気づかずにインタビュー映像をつくり、発信し、それがバズってしまえば、告発相手を無実の罪で社会的に抹殺してしまいかねない。 劇中の週刊誌記者は、「被害者に寄り添う」という正義を武器に教師へレッテルを貼り、センセーショナルな記事で社会を扇動する。
僕自身もこの記者のように、「正義」を理由につくった動画が反響を呼べば、さらに正義感を掻き立てられ、衝撃的な続編をつくって世間をさらに煽ってしまう危険性があると感じた。そして、もし途中で告発内容に違和感を覚えたとしても、それまでの反響の大きさから、その違和感から目を背けてしまうかもしれない。
『街録ch』は、メディアの中で何に一番近いかというと、週刊誌だと思っている。事件の被害者遺族をインタビューすることもあれば、芸能人や会社の社長、文化人、大学教授、インフルエンサーなどなど、世の中のありとあらゆるジャンルの人を雑多に扱っている。そこに高尚なジャーナリズムなどなく、ただただ興味を持った人物や事象を取り上げることでお金を生み出しているだけだ。週刊誌というのも、そもそもはそういうものではないかと思う。
ただその中で、弱者の声を掬い上げて社会を動かすという類のものを扱ったときに、「社会的意義」という魔法が記者の冷静さを低下させ、暴走させることがあるのだろう。SNSの登場で、昨今は「1億総週刊誌記者時代」と言っても過言ではないくらい、アマチュアの記者たちが好き勝手に過激なことを事実確認することなく発信している。