「スタートアップ全滅するかも…」1枚の0点プレスリリースが招いた集団ヒステリー!シリコンバレー銀行の破綻狂騒曲

小倉健一
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 先週末、日本中がWBCに沸く中、アメリカから「ギクッ」とさせるようなニュースが入ってきた。近年の米経済急成長を担い、多くのスタートアップ企業の資金を受け入れていたシリコンバレー銀行の破綻劇だ。背景に何があったのか。ジャーナリスト・小倉健一氏が現地報道をもとに解説する。

FRB「シリコンバレー銀行預金者全額保護」の発表に市場はひとまず安堵

 この3年、テクノロジー系新興企業への資金流入が、過剰になっていたのではないかという市場への警告が続いている。まるで、2000年に起きたITバブル崩壊のようなものだと指摘する識者も相次いでいる。シリコンバレー銀行(SVB)の破綻は2008年の金融危機以来、最大規模のものだ。

 シリコンバレーでは、破綻の余波は広範囲に及び、各社が財務上の意味を問う問題に直面している。

 キャピタル・エコノミクスの北米チーフエコノミスト、ポール・アッシュワースは、米国当局が「伝染病の発生を防ぐために積極的に行動した」と述べた。「合理的に考えれば、デジタル時代には、瞬く間に起こりうる伝染病が広がるが、より多くの銀行が倒れるのを阻止するのにも十分なはずです」(BBC・3月13日)と危機感を露わにしている。

 とはいえ、最悪の危機はいったん回避できたようだ。

 シリコンバレー銀行に、銀行口座を持つアメリカのスタートアップ企業は数千とあり「取引銀行はシリコンバレー銀行のみ」という企業も少なくない。これらベンチャー企業にとって、まず緊急の課題は「従業員への給料」であり、銀行破綻で預金の引き出しができなくなれば、大量解雇につながる。銀行が破綻した場合、米国では1人当たり原則25万ドル(約3400万円)までの預金が当局によって保護されるが、SVBの預金総額1754億ドル(約24兆円)のうち、約90%が保護対象外となる恐れがあるとみられていた。

 ヘッジファンドマネージャー、ビル・アックマン氏からは「政府の介入やSVBを買収する他の銀行の出現がなければ、月曜日(3月13日)に大手銀行を除くすべての銀行が破綻する」との警告も発せられていた。

 このままでは、スタートアップが全滅するかもしれない、そんな懸念がマーケット全体を覆っていたが、米連邦準備制度理事会(FRB)などは3月12日、シリコンバレー銀行のすべての預金者を保護すると発表した。市場には安堵の声が広がっている。

ハイテク投資の低迷に、手堅いはずの債券運用も裏目に

 それにしても、なぜ、シリコンバレー銀行は破綻したのだろうか。シリコンバレー銀行は、暗号コインへの危ない投資やリスクの極めて高いスタートアップ企業への融資をしていたわけではなく、銀行業とは無縁の素人が経営をしていたわけでもない。どちらかといえば、昔ながらの銀行業に近いスタイルで、ビジネスを営んでいた銀行だ。

 2年前の2021年、コロナ禍にあって、世界の株式市場は沸騰していた。金利はゼロ、もしくはゼロに近い水準であり、特に、将来性が高いとされていたハイテク産業に資金は流れ込んだ。数千ものベンチャー企業は、シリコンバレー銀行へとお金を預け、シリコンバレー銀行は集まった資金を、比較的安全だった長期債券に、慎重な投資をしたのだった。

 しかし2022年になって、株式市場、特に、ハイテク産業への投資が激減した。さらに、度重なる利上げの影響から、債券価格は下落した。株価が下落したことで、多くのベンチャー企業は、会社存続のため、シリコンバレー銀行に預けていたお金を引き出す必要があった。シリコンバレー銀行は、下落し赤字となってしまった債券を売却する必要に迫られたのである。

 通常、これらぐらいのことでは、何も問題が起きないことも多い。銀行が、流動性の問題に直面し、短期的に資産を売却して、資金を調達する。これぐらいのことやっても、特に問題とされないケースは多い。

 しかし、シリコンバレー銀行は破綻してしまった。

無味乾燥なSVBのプレスリリースが投資家の不安を煽った

 いくつか、破綻した理由が取り沙汰されているが、1つは「債券を売却して、お金を調達(増資)する」というシリコンバレー銀行の説明が、数字の羅列のみで、不信感を煽(あお)ったのではないかという指摘だ。

「SVBのプレスリリースには、今回の増資の理由やその背景、それ以外の事業の強さについての再確認は一切記載されていない。数字ばかりで物語がない」「SVBは今年最大の、最も複雑な、最も不安なニュースを発表した。それは彼らのコア顧客(特にアーリーステージのスタートアップ企業の創業者)や彼らが最も耳を傾けるべき人々(影響力のあるベンチャーキャピタル)に何の安心感も与えずに」(アクティビジョン・ブリザード社副社長コーポレートアフェアーズ兼CCO<チーフ・コミュニケーション・オフィサー>)であるLulu Cheng Meservey氏のTwitter・3月11日)

 「無味乾燥なプレスリリースが市場関係者に大きな不安を与えた結果、投資家たちは、投資先の新興企業に『さっさと、シリコンバレー銀行に預けてある資金を引き上げろ』と指示をした。たとえば、ピーター・ティール氏が共同設立したベンチャーキャピタルファンドであるファウンダーズ・ファンドは、シリコンバレー銀行の財務安定性に懸念があるため、企業に資金を引き上げるよう助言した」(3月10日・ブルームバーグ)

 シリコンバレー銀行は、米国16位とそれほど大きな銀行ではないが、ハイテク産業においては、特権的で、独占的な地位を占めていたことが知られている。強い専門性から、他の銀行が手を出せないようなスタートアップ企業に対してもリスクがとれる。

 恩恵を受けてきたベンチャー企業の創業者たちが、シリコンバレー銀行の存続を願う声明を出していることからも、その存在の大きさは確認できる。

デジタル時代のプロによる集団ヒステリーも破綻の一因か

 冒頭に引用した「デジタル時代には、瞬く間に起こりうる伝染病が広がるが、より多くの銀行が倒れるのを阻止するのにも十分なはずです」というコメントにもあるように、破綻のもう一つの理由は、情報の伝達速度があまりにも激しく進んでしまい、プレスリリースが物足りないという理由だけで、あっという間に資金が引き上げられてしまうという恐怖だろう。

 冒頭のコメントの後で、ポール・アッシュワース氏は「しかし、伝染病は常に非合理的な恐怖を伴うので、これがうまくいく保証はないことを強調したい」と付け加えているが、この先、同じようなパニックが訪れる危険がある。シリコンバレー銀行の顧客が、リスクやボラティリティに細心の注意を払う専門家集団で、一日中、チャットで情報交換をし続けるような人たちだったことも不幸を招いた。プロによる集団ヒステリーとも言えるだろう。

 いずれにしろ、今回の問題は、米国の銀行や金融業界の在り方というよりもベンチャーやスタートアップ業界に対して、深い影を落とすものとなろう。シリコンバレー銀行の破綻は、顧客であるスタートアップたちの手元資金不足に端を発している。CB Insightsが1月に発表したデータによると、米国におけるベンチャー企業の資金調達額は2022年に前年比で37%減少している。シリコンバレー銀行の破綻は、業界の資金難とより広い範囲の混乱に拍車をかける危険性がある。

小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact/

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