政府関係者「報道協定検討したが、オフレコ破り懸念」マスコミに秘密保持は可能か…WBCが吹っ飛ばした岸田ウクライナ訪問

 G7(先進7カ国)首脳で唯一、ウクライナを訪れていなかった岸田文雄首相が3月21日、首都キーウを電撃訪問した。初めて対面で会談したゼレンスキー大統領との記者会見では、ロシアによる侵略を改めて非難し、殺傷能力のない装備品支援を表明。G7議長国のリーダーとして存在感をアピールした形だ。ただ、ウクライナ入り前の事前報道で身の安全が脅かされた上、日本代表が14年ぶりに世界一を奪還したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)とタイミングが重なる “不運” にも遭っている。「外交のキシダ」は持っている男なのか、それとも――。

ようやく実現した「ギリギリ」の岸田首相ウクライナ訪問

 「予定通りにうまくいった。でも、反省点も多々ある訪問だった」。ゼレンスキー大統領から「フミオ」と呼ばれ、満足そうな岸田首相。共同記者会見では「ロシアによるウクライナ侵略は、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙」と強く非難し、ウクライナに3000万ドル相当の装備品を供与すると説明した。ゼレンスキー大統領は「G7の議長国、国連安全保障理事会の非常任理事国として日本が活動する中で実現したことを嬉しく思う」と日本による支援に謝意を繰り返した。

 かねて岸田首相は5月に地元・広島で開催するG7広島サミット前のウクライナ訪問に意欲を示してきた。ゼレンスキー大統領からの度重なる訪問要請を受けて、首相はタイミングを模索してきたが、1月には読売新聞が「電撃訪問」の可能性をスクープ。情報漏れに加え、戦況の変化や警備上の問題から少なくとも3回実現を見送っていた。

 なぜ、このタイミングに訪問したのか。結論を先に言えば「ほかの日程は考えられなかった」ということになるだろう。4月は、統一地方選挙や衆参5つの補欠選挙があり、5月19~21日のG7広島サミットまでに訪問するには、祝日と国会出席の必要がない日を組み合わせる必要があったからだ。

 加えて、中国の習近平国家主席が3月20日から3日間の日程でロシアを公式訪問し、プーチン大統領と首脳会談を行うことがわかっていた。中国は2月に独自の「仲裁案」を公表しており、それをプーチン大統領も評価する中で「習主席のロシア滞在中に日本の首相を攻撃する可能性は低い」(政府関係者)との計算も働いていたとされる。

 日本はウクライナを支援、中国はロシア寄りの仲裁と真逆の道を選んでいるとはいえ、仮にG7議長国のリーダーがウクライナで攻撃に遭えば仲裁どころの話ではなく、中国のメンツも丸潰れとなるからだ。まさに訪問のタイミングはギリギリだったということができる。

 また習主席はゼレンスキー大統領との会談に前向きとされ、仲裁案の公表後にゼレンスキー大統領は「私は習主席と会うつもりだ」と述べている。もし、中国が日本より先にゼレンスキー大統領と協議することになれば、国際社会における岸田首相の存在感は大きく失われていたことだろう。その意味でもウクライナ訪問のタイミングは「ギリギリ」だった。

G7議長国として電撃訪問はひとまず成功…政権内には安堵が広がる

 岸田首相はウクライナとの関係を「特別なグローバル・パートナーシップ」に格上げすることで合意したと明らかにし、松野博一官房長官は3月22日の記者会見で「G7議長国として対応を主導していく上でも非常に有意義だった」と説明している。首相による電撃訪問の成功に政府内には安堵感が広がっている。

 ただ、そのプロセスには問題点があったのは否めない。大きなものは「身の安全」だ。岸田首相は2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略後、「電撃訪問」を何度も模索してきた。昨年だけで少なくとも2回は計画している。だが、これまで実現を果たすことができなかったのは戦況の変化に加えて、政府内からの情報漏れがあったからだ。

 首相は今回、ウクライナでの記者会見で「なんとしてもG7広島サミットまでに直接、ゼレンスキー大統領とお会いして、揺るぎない連帯を伝えたかった」と述べている。インド訪問中に、政府専用機ではなくチャーター機を利用して極秘に出国し、ポーランドに空路入り。車でプシェミシルの駅に到着し、鉄道で10時間かけてキーウに行くというスケジュールを実現した。

 首相のインド外遊には大手メディアの記者団が同行していたが、当然ながら事前に伝えてはいなかった。保秘の必要があるからで、チャーター機を利用する政府関係者の人数も10人程度に絞り、何も知らない同行記者団はインドに置いていかれるという異例の形となった。

電撃訪問、与野党は事後報告で了承も、情報管理には課題が

 問題は、日本テレビとNHKがポーランド到着後の岸田首相の姿を報じたことにある。他のメディアは一部報道によって岸田氏がインドを出国したことを知り、大慌てとなった。日本テレビとNHKはインドに同行した記者がポーランドでも取材にあたったわけではないが、首相がウクライナに入国して身の安全を確保する前に情報が漏れ、しかも報道されてしまったわけだ。その後は「オープンリーチ(麻雀用語。リーチ時に手牌を公開すること)」状態となり、首相の動向がたびたび報じられることになった。

 首相の「電撃訪問」情報が漏れた理由は定かではないが、何者かが漏らさなければ日本メディアがポーランドでカメラを構えていることにはならない。首相のインド訪問が3月19日から22日までと長い点に疑問を持ったメディアが警戒していたのは間違いないが、これまでも懸念されてきた情報漏洩がウクライナ訪問時にも起きてしまったと言える。

 今回の情報漏れが深刻なのは、岸田首相の身の安全のみならず、それがゼレンスキー大統領らウクライナ政府要人の危険にも直結することにある。首相の動向が把握されれば、位置情報から同国の要人が攻撃されていた可能性もあるのだ。先に習主席の訪ロ時は安全との見方が政府内にあったと記したが、それは確実なものとは言えないだろう。

 ある政府関係者は「事前に報道しないことを条件にメディアへ伝える “協定” を結ぶことも検討したが、今は誰もがソーシャルメディアで情報を発信できる時代。秘密保持はそう簡単なことではない」と漏らす。背景には、首相秘書官によるオフレコでの差別的な発言を報じられるなど、メディアとの信頼関係を構築するまでに至らなかったこともあるようだ。

 首相の海外出張は国会への事前報告が慣例だったが、今回は「ウクライナに行くのであれば帰ってきた時にしっかり報告してもらえればよい」(立憲民主党の安住淳国会対策委員長)などと容認する声が広がり、首相帰国後に衆参で国会報告することで与野党は合意した。ただ、一部メディアへの情報漏れは単に情報保全の観点からだけでなく、トップリーダーの生命にもかかわる深刻な問題だ。「次」を見据えて、報道機関も含めた秘密保持と報道のあり方を検討する必要があるだろう。

歓喜のWBCと丸かぶりの不運も…「外交のキシダ」は国民に印象付けられたのか

 G7首脳によるウクライナ訪問は、2022年4月の英国のジョンソン首相(当時)が最初。同年5月にはカナダのトルドー首相、6月にはフランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相、イタリアのドラギ首相(当時)と3カ国首脳が同時にキーウを訪問した。そして、今年2月20日には米国のバイデン大統領が大統領専用機でポーランドに入り、岸田首相と同じプシェミシルの駅から列車でキーウ中心部に到着している。

 ただ、浜田靖一防衛相は3月22日の記者会見で、首相の電撃訪問に自衛隊は関与していないと説明した。米軍によるサポートやNATO(北大西洋条約機構)加盟国としての支援がない日本のリーダーの立場は、他の首脳とは異なる。

 他国には携帯電話などを預かり、生中継・生配信を制限して少人数の記者の同行を許可するケースのほか、「これから訪問します」とあえて事前報道を容認し、ロシア側に攻撃しないよう伝えることもある。日本政府はロシア側へ事前通告していたと明らかにしているが、事前報道は容認していなかった。安全面から経由地などの情報漏れは大きな問題だと言えるだろう。

 情報漏れという後味の悪さは残るものの、岸田首相やゼレンスキー大統領らの安全は保たれ「外交のキシダ」は印象づけられた。ただ、WBCで不調だった「村神様」こと村上宗隆選手が3月21日(日本時間)の準決勝で逆転サヨナラタイムリーを放ち、22日(同)の決勝戦では同点ホームランから3年ぶり3回目の優勝に導いた日程と重なったのは、ある意味で不運かもしれない。

 内閣支持率が低空飛行を続けてきた岸田首相は、このまま復調していくのか。「いよいよ反転攻勢だ。首相は『もっている男』だ。この政権は長く続くよ」。長期政権を視野に入れる政権幹部は、電撃訪問の成功に自信を強めている。

この記事の著者
佐藤健太

ライフプランのFP相談サービス『マネーセージ』(https://moneysage.jp)執行役員(CMO)。心理カウンセラー・デジタル×教育アナリスト。社会問題から政治・経済まで幅広いテーマでソーシャルリスニングも用いた分析を行い、各種コンサルティングも担う。様々なメディアでコラムニストとしても活躍している

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