竹中平蔵「中国との経済安保、規制厳しくしてはいけない」…「もう終わり」と言われ続ける中国が今も成長をしている理由(特集:丸わかり中国経済 第1回)

 いよいよ1カ月後に迫った5年に1度の共産党大会。3期目続投確実と言われる習近平政権だが、この10年間、中国はどのような変化をしたのか。みんかぶプレミアム特集「丸わかり中国経済」(全10回)の第1回は、前・胡錦濤政権から中国の動きを観察してきた竹中平蔵さんが、アメリカと並ぶ大国へと躍り出ようとする中国の近年の動向と、今後の付き合い方を説く。

目次

バランスシートが痛んでいる中国がなぜ経済成長を続けることができるのか

 10月16日から開催される第20回中国共産党大会を前に、日本でも中国という国に対する関心が改めて高まっています。ご存じの通り、習近平がこれまでの党の慣例を破って、3期目続投をすることが確実視されています。では、私たちはこの国に対して、どのように向き合っていくべきでしょうか。

 近年の中国の状況を見てみると、経済は猛烈な勢いで成長している一方で、バランスシートが痛んでいるのではないかという問題が度々指摘されています。私は、小泉内閣の大臣を退任してからすぐに中国に呼ばれて講演をしたのですが、そのときのテーマが「不良債権をいかに処理したか」でした。その頃からすでに、中国はバランスシートの問題に直面していたのです。一方で、それでも経済成長を続けているのはなぜなのか。そこがいまの中国を見る上で重要な視点になるのです。

 このカラクリを説くのは、一言でいうと「ビッグデータ」です。というのも、2007年にiPhoneが発売されました。当時はみな、画期的な携帯電話ができたぐらいの感覚でいたと思うのですが、実はここが大きなターニングポイントになったのです。スマートフォンはいわば小さなパソコンですから、通話をするだけではなく、そこにビッグデータが蓄積されます。ビッグデータが集まれば、人工知能を介して新しいサービスを生み出すことができます。

 東大の松尾豊さんによると、iPhone発売から5年後の2012年に、人工知能の画期的な技術進歩があったそうです。いわゆるディープラーニングですが、14億人の国民を擁し、データプライバシーをさほど気にしなくていい中国にとって、ビッグチャンスの時代がやって来た。これが、バランスシートの問題を覆い隠すほど、中国の成長へのポテンシャルを高めたわけです。

習近平就任で突然強気になった、中国政府の外交スタンス

 もう一つ、中国を大きく変えた出来事が習近平の登場です。私は習近平政権が誕生する前のダボス会議で、当時の胡錦濤政権で首相を務めた温家宝に、「中国はどういう国を目指すのですか」と質問したことがあります。それに対し、温家宝は「中国は絶対に覇権国にはならない。まだまだ1人当たりのGDPは低い」と答えていました。

 ところが、2012年に習近平が国家主席に選出されてから、そのスタンスがガラリと変わったのです。「米中二大大国」という言葉をよく耳にするようになり、2049年の建国100周年を目指して次々と新しい施策が打ち出されるようになりました。その背景にはやはり、第4次産業革命でビッグデータとAIが出てきたことがあります。それまで「まだまだ発展途上だから」と謙遜していた中国が、14億人のビッグデータを手に入れたことが分かった途端、世界に対して強気になりだしたのです。

 当時、アメリカや日本の専門家の間では、「中国は確かに伸びているが、自由のない国にイノベーションが起こるはずがない」という見方が一般的でした。しかし、ビッグデータが覇権を握る時代では、従来の法則が当てはまらないということが証明されつつあります。さらに、アメリカのトランプ大統領が登場し、副大統領のマイク・ペンスが、それまでは「取り込む対象」でしかなかった中国を、「敵対する存在」として再定義したことで、世界における中国の地位は決定的になりました。

いまは歴史的な大体制移行期…世界はアメリカ・中国の2極体制へ

 近年、「経済安全保障」という概念が取り沙汰されるようになっています。今や中国は、日本のみならず世界中の国々にとって重要なマーケットになっています。ただし、ここに来て明らかになってきたことは、世界における中国の存在感が増していることは確かだが、残念ながら、今までのように無条件なグローバリゼーションの時代ではなくなりつつある、ということです。私は、これは非常に大きな体制移行、歴史的なトランジションだと思っています。

 要するに、東西冷戦が1990年に終わり、その後20年続いたアメリカ1強時代も崩れました。そしてこれからは、アメリカと中国という2極による新しい時代が始まる。まさにトランジションです。歴史を振り返ってみると、こうした大きなトランジションが完了するには長い時間がかかることが分かります。例えば、日本で言えば明治維新こそ大きなトランジションでしたが、武士の時代が本当に終わるのは、大政奉還から10年の時が必要だった。西南の役で初めて、武士の特権が剥奪(はくだつ)され、ようやく明治維新が完了したのです。

 習近平政権が誕生し、ロシアがクリミアやウクライナに侵攻している今、明らかに世界は体制移行の中にあります。とはいえ、まだまだ中国とアメリカでは基礎技術力で差があります。例えば今回のコロナ渦でも、中国単独ではワクチン開発ができなかった。そこで今、中国が力を入れているのは、先進諸国との「リテラシーギャップ」を埋めるための試みです。一例をあげるなら、ものすごい数の人員を導入して世界中の最先端の論文を読ませている。こうしたことは日本ではやりたくてもなかなかできない。

「台湾は中国の一部」を認めている日米の公式見解

 では今後、日本は中国とどのような関係を築いていけばよいか。故・安倍晋三元首相は、「中国は要注意の国であり、中国とロシアが近づかないようにくさびを打つ意味で、日本とロシアは友好的な関係を築かなければならない」と考えていました。しかし、私が夏に出席したダボス会議の理事会で欧米のスタンスを聞くと、「ロシアと中国を近づけてはいけない」という点では意見が一致するのですが、「だから中国と仲良くやっていこう」という発想がいまだに多かった。これまでの日本とは微妙にアプローチが異なるのです。こうした世界の動きとも、歩調を合わせてやっていかないといけないでしょう。

 台湾有事に関しては、専門家の見方は大きく分かれています。まず、そう簡単に中国が台湾に攻め込むことはないという意見です。ロシアによるウクライナ侵攻を見ても分かるように、戦争というのは地上戦で苦戦するものです。ある中国の専門家は、4万人しか海兵隊がいない中国が台湾に攻め込むことは、常識的にあり得ないと分析しています。太平洋戦争でアメリカが沖縄に攻め込んだときに、23万人もの兵士が送られていたことを考えると、島国を侵略するのはそう簡単ではないのです。

 さらに中国としては、台湾の経済力や技術力はどうしても取り込みたい。だから、ミサイルで攻撃して破壊するような選択はしないだろうと。これが一つ目の意見。一方、経済的利害関係はともかく、台湾は中国の一部で、統一は「国是」なのだから、3期目を迎えた習近平政権は、何としてでも台湾を、武力を使ってでも統一しようとするだろう、という意見もある。確かに台湾は中国の一部であるということは、日本もアメリカも認めているわけです。それは事実です。だから、懸念されているような中国による台湾への攻撃の可能性もなくはないと言えます。

条件付きで続けていくしかない今後の日中経済関係

 今後の中国との経済関係については、経済安全保障の法律に基づいて、どの程度規制を加えていくかで決まってくると思います。国内でも規制を強化すべしという意見もあるし、極力すべきではないという意見もあります。いずれにしても、ある程度は経済界などで、規制をすることによって生じる損害への保障を考えなければならないでしょう。ただし、規制を強化しすぎて保護主義的な方向へ行くと、日本の生産性を下げることになります。その辺りのせめぎ合いをどう調整するのか。これが最大の焦点です。私はあまり規制を厳しくしないほうがいいとは思いますが、アメリカと歩調を合わせるという意味では、ある程度の規制はやむを得ない状況と言えましょう。

 いよいよ1カ月後に共産党大会が開催されます。現時点で習近平の代わりとなりそうな人物がいない以上、現政権はあと5年続くでしょう。そんな中で日本としては、世界との関係や、国内産業とのバランスを取りながら、条件付きのグローバリゼーション下での経済関係を続けていく選択肢しかないと思います。

 最後に一つ、一部の中国の専門家の興味深い見方をご紹介します。習近平政権の核心的利益は、共産党一党独裁体制を守ることです。つまり、中国政府の最大の敵は、アメリカではなく中国国民だということです。実際に、中国は国防費を増やす以上に、国内の治安維持費に予算を割いているそうです。ですから、中国国内で、習近平政権に対する不満が高まれば、専制を強めているとはいっても、決して習近平の政権基盤は盤石ではないということです。

 私たち日本人は、経済関係は制約付きで今後も続ける一方、中国国内での今後の動きにも注視して、この隣の大国とうまく付き合っていくべきでしょう。

竹中 平蔵

経済学者、慶應義塾大学名誉教授。1951年、和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒。博士(経済学)。

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