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「働かないおじさん」に迫るリストラの脅威…「明日は我が身」な30代予備軍の実態

溝上憲文
公開)

急増する働かないおじさんにキレる若手たち

会社の「働かないおじさん」問題がメディアを中心に騒がれている。おじさんの中には“おばさん”も含意されていると思うが、要するに若手社員から見た40代半ばから50代の中高年社員のことだ。

また「働かない」とは、まったく働かないということではなく、仕事をサボっている人のことだろう。具体的にどういう人たちなのか。株式会社識学が20~39歳の男女の社員から見た「“働かないおじさん”に関する調査」(2022年5月27日公表)を実施している。

それによると自社に「働かないおじさん」がいると回答した社員は49.2%と半数に上る。そして働かないおじさんが仕事中にしていることで多かったのは「休憩が多い(タバコを吸っている・お菓子を食べているなど)」(49.7%)、「ボーッとしている」(47.7%)、「無駄話をしている」(47.3%)がトップ3。続いて「ネットサーフィンをしている」(35.3%)、「プライベート・趣味について調べている」(28.7%)と続く。

実はこうした人は昔はたくさんいた。与えられた仕事をこなしているのであれば、タバコを吸いに行ったり、お菓子を食べてもいいし、無駄話が仕事の潤滑油になることもある。そこまで目くじらを立てる必要もないと思うが、若手社員が怒りを覚える原因の一つは「社内に悪影響があるか」という質問の回答だろう。最も多かったのは「周りの社員の士気が下がる」(59.7%)、続いて「働かない人の分の業務が回ってくる」(49.0%)だった。

快く思わない理由はそれだけではない。おじさんが「仕事をしなくなってしまった理由」の回答で最も多かったのは「仕事への意欲がないから」(45.0%)、次いで「年功序列制度で成果を出さなくても給与が上がるから」(41.0%)だった。要約すると、働かないおじさんとは、仕事への意欲がなく、たいした仕事もしていないのにパフォーマンスを上回る給料をもらっている人のことであり、それが若手社員の反感を買っているのだろう。

ところが、今のおじさんも損をしている側だった

ただし、こうした若手の認識と実態は少し異なる。今の中高年世代は昔に比べて厳しい環境に置かれているのも事実だ。大手企業の40~50代社員の研修を長年行っているFeelWorks代表の前川孝雄氏が「今の40~50代は企業の成長が伸び悩む中で、期待していた管理職のポジションや給与を得られなくなっている。彼らが20~30代の頃の課長・部長は机に座っているだけでほとんど仕事をしないで、夕方から接待に出かけるという感じだったのに、今では幻想に過ぎず、失望も味わっている。課長になっても会社から部下の指導や生産性を求められるなどプレッシャーや焦燥感を感じている人が多い」と語ってくれたことがある。

昔に比べて仕事中に新聞を広げて読んでいる余裕もなくなっているのは確かだろう。

また、前出の調査では「年功序列制度で成果を出さなくても給与が上がる」という声も多かったが、確かに30~34歳の年間賃金は約478万円、50~54歳は約803万円と開きがある(厚生労働省「2021年賃金構造基本統計調査」大学卒男性)。しかし時系列で見ると減少傾向にある。

年齢階級別の賃金カーブは、20~24歳の所定内賃金を100としたときの50~54歳の賃金は1995年の194.4(男性223.9)をピークに下がり続け、2020年は173.6(男性197.9)にまで落ち込んでいる。つまり、中高年の賃金が高いといっても年々下がっているのだ。

年功賃金には経済学見地で見ると合理性がある

それでもパフォーマンス以上の給料をもらっていると批判する人もいるかもしれない。しかしこれは本人が悪いわけではない。日本特有の年功序列賃金の構造を知らないからである。

実は年功賃金制度によって中高年の賃金は実際の生産性よりも高く設定されている。高度成長期に確立された年功賃金とは、入社から定年退職までの生産性の総計と給与支払い分の総計が一致することを前提に、年齢・勤続年数に応じて給与が上昇する賃金カーブが描かれる。つまり、若年層には生産性を下回る低い給与を支払い、40代以降は生産性よりも多めに給与が支払われ、定年まで勤めることで生産性に見合う給与の合計が精算されるというのが年功賃金の経済学的説明だ。

いわば若いときに会社に貯金し、年を取ってから後払いで受け取る積み立て年金方式と同じであり、経済学者はこれを会社が無理矢理貯金させる「強制貯蓄」と呼んでいる。したがって途中で会社を辞めると不利になるため、会社にとっては離職防止による囲い込みのメリットだけではなく、解雇されないように仕事もがんばるというメリットを享受できる。

つまり年功賃金という構造上、今のパフォーマンスに見合う以上の給料を会社は支払わなくてはならないという理屈になる。一橋大学の神林龍教授(労働経済学)は「50代社員の賃金と仕事(役割)のミスマッチが起きていると言われるが、それは強制貯蓄分があることを考えていないからだ。本来なら、個々の労働者に返すべき強制貯蓄分を返済した上で初めてミスマッチの議論が成立する」と語る。ではどのくらい多めに払っているのか。神林教授は「50代になれば本人の年間の生産性や貢献度にプラスして300万円を支払わないといけないというのが本来の年功賃金の仕組み」と語る。ということは前述の50~54歳の約800万円から後払い分の300万円を差し引くと500万円になる。働かないおじさんの年収としては妥当な金額にも思える。

しかし実際は働かないおじさん以外に“一生懸命に働くおじさん”もいる。そのおじさんたちにとっては自分の貢献度が500万円と言われたら怒る人も出るだろう。そうでなくても前述したように中高年の賃金カーブは緩やかになり、給与は年々下がり続けている。神林教授はその一つの理由として、退職年齢が従来の定年の60歳から再雇用などで65歳に延長されたことで賃金カーブの傾きが緩やかになったことを挙げる。

これからおじさんになる30代に迫る脅威

そしてもう1つの理由が“会社の使い込み”だ。

「自転車操業による債務不履行が招いた結果という説明がある。会社は若手を大量に採用したことで発生した潤沢な貯金を流用してしまうこともあり得る。その結果、返すお金がない、となると、積み立て方式の場合はデフォルト、債務不履行状態になる。50代にしてみれば『ふざけるな』という話になる。それを回避するために若手を大量に採用し、その分の貯金を50代に回すという自転車操業に似た状態を繰り返すが、若手の数が少なくなると流用できるお金がなくなる。本来であれば債務不履行ですが、債務を帳消しにするためにいろいろな理屈をつけて50代の賃金を下げたことも考えられる」(神林教授)

おじさんたちは20代、30代のときに実際の給与以上のパフォーマンスを上げ、会社に後で払うからと「強制貯蓄」させられてきた。しかし貯蓄分の返済が難しいので、2000年以降、「成果主義」の名前で賃金制度などを変えることによって、何とかごまかしながらやってきた。その結果、中高年の賃金は相対的に下がってしまったということだ。今の「ジョブ型賃金」もそうかもしれない。そうでなくても給与が高い中高年のおじさんたちは「早期退職者募集」という名のリストラで会社から放出されている現状もある。

では今後50代の賃金はどうなっていくのか。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト。1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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