銘柄情報を漁りすぎると、あなたの選択が劣化するワケ…映画を倍速で観る人たちの心理(茂木健一郎)

茂木 健一郎
公開)

脳は「タイムマシン」過去にも未来にも行ける

 未来を予測することは、非常にむずかしい。昔の人が、「来年のことを言うと鬼が笑う」と言ったのは、全く正しい。

 しかし、一方で、これから世界がどうなるかを知ることはとても大切なことである。とりわけ、経済や政治の分野においては、未来をある程度見通さないと何の計画も立てられない。

 人間の脳は、未来を予想するために進化してきたと言ってもよい。未来がどうなるか、ある程度見通しを立てることで、よりよく生きることができる。生存競争に勝てる。

 未来を予測する回路は、記憶の回路の近くにあることがわかっている。人工知能と同様、たくさんのデータのアーカイブを解析して、これから起こることをシミュレーションするのである。脳は一つの「タイムマシン」で、過去にも未来にも行ける。そして、未来への旅行は、過去の経験に基づいて外挿される。だからこそ、「温故知新」と言う言葉があるのだ。

 未来を予想することは、「選択」のために必要である。多くの可能性の中から、何を選ぶか。そのことによって自分の未来は変わっていく。良質な選択をするためには、良質な未来予測をしなければならない。

 お昼に何を食べるかということから、パートナー選び、さらには株式投資まで。私たちが何かを選ぶときには、必ずそこに「きっとこうなる」という未来予測が入ってくる。

分が自由に選べると実感している日本人は少ない

 一人ひとりが自由に選択できるということが市場の大前提であり、その自由が失われるといろいろと行き詰まっていく。ノーベル経済学賞受賞のミルトン・フリードマンの名著『選択の自由』は、市場経済に生きる私たちが繰り返し立ち返るべき大切なメッセージを含んでいる。

 君の未来くらい、君が自由に選びたまえ!

 ひょっとしたら、日本の経済や社会がここまで停滞しているのは、私たち一人ひとりが「選択の自由」を行使していないからかもしれない。実際、学校選びから職業選択まで、自分が自由に選べると実感している日本人は少ないのではないか。

 何よりも大切な、選択の自由。一方で、現代社会において選択がますます難しくなっていることも事実である。むしろ、「選択の困難」が私たちの生活を蝕んでいるように思われる。

 選択の困難の第一の理由は、「複雑系」である。現代社会はさまざまなパラメータに基づいて形成されており、「ブラジルの熱帯雨林で蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が発生する」(バタフライ効果)と言われるような複雑系特有の予測不可能性(カオス)がある。

 たとえば、ロシアとウクライナがこのような状況になっていると、1年前にどれくらいの人が予想できただろうか? あるいは、ラグビーワールドカップの訪日客で賑わっている日本を見たときに、その後の新型コロナウィルスのパンデミックを予想できた人はどれくらいいるだろう?

 経済や人の動きがグローバル化するに従って、予測不可能性も増していく。「友だちの友だちの友だちの友だちの友だちの友だち」(6次の隔たり)で世界の誰にでも、それこそドナルド・トランプでもウラジーミル・プーチンでも習近平でも到達できるという「スモールワールド・ネットワーク」性は、逆に言えば、ローカルの出来事でさえ、ローカルな変数を見ていただけでは予測できないということを意味する。

情報過多人々の選択劣化させ

 未来が予想しにくい中で、私たちはどうやって「選択の困難」を「選択の自由」に変えていくことができるのか。この連載の一つの大きなテーマになるだろう。

 現代における「選択の困難」のもう一つの原因は、アルビン・トフラーがその著書で書いていたことに関係する。

 アメリアの作家であり未来学者であったトフラー(1928年ー2016年)は、『未来の衝撃』や『第三の波』など、数多くの世界的なベストセラーを出し、注目された。現代で言えば、イスラエルの未来学者、ユヴァル・ノア・ハラリと立ち位置が似ているかもしれない。

 『未来の衝撃』の中でトフラーが特に強調したのが、「情報オーバーロード」、情報過多の問題である。トフラーは、人類社会の未来においては、情報過多の状況が生じ、結果として人々の選択が劣化するだろうと予想していた。実際、私たちは今や情報オーバーロードの状況の中を生きていると言って良いだろう。

 かつては、各家庭で「チャンネル争い」というものがあった。動画を見ると言えばテレビくらいで、そのテレビのどのチャンネルを見るかをめぐって、家族の中で意見が対立することがあったのである。そして、その限られた情報から、人々は世界を学んでいった。

 時代が流れて、今や情報過多である。ユーチューブだけをとっても、人間の限られた生活時間から見れば実質無限の動画がある。それ以外にもTikTokやtwitch、数々の動画配信サイトがある。無数の選択肢が、人々の可処分時間を奪い合う結果になっている。

なぜ映画を早送りで観たくなるのか

 だからこそ、稲田豊史さんの『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)で記述されたような事象が生じ、本もベストセラーになる。

 認知科学では、「選択オーバーロード」と呼ばれる現象が研究されている。たとえば、スーパーマーケットなどで、ある商品の種類が増えると、ある程度の選択肢の数までは人々の買い物のよろこびも増し、実際の購買行動も増える。その一方で、ある限度を超えて選択肢が増えると、人々の購買はむしろ減ることがあることが知られているのだ。

 「選択オーバーロード」の状態で、人間の脳は選ぶよろこびよりも、むしろ選ぶ苦痛を感じるようになってしまう。苦痛を与えるようなものからは、人々は離れる。あまりにも数が多いと、選ぶのが面倒になり、そのプロセスが楽しいものではなくなってしまうのである。

 「ネットフリックス」のような動画配信サイトで、時折、画面に現れない映画やドラマが実は隠れていて、それを表示させるコードがあるというようなことが話題になる。そのようなハックに興味を持つ人がいるのも理解できるが、逆に、一般視聴者としては、そんなに選択肢があり過ぎても困るというのが実感ではないだろうか。

 「選択オーバーロード」は、この「みんかぶ」のサイトも含めて、多くの情報や商品、サービスを提供する事業者にとっては共通の悩みではないだろうか。選択肢を増やすことは、市場の拡大や顧客満足度につながるはずである。しかし、一方で、増やしすぎるとトフラーの言っていた「情報オーバーロード」の状態になり、結果として「選択オーバーロード」になって、顧客満足度が低下し、購買行動も減る。

リコメンド機能はあなたの未来を縛る

 いかに、「選択の困難」を「選択の自由」へと変換するか。ここには、単なる経済原理だけではない、人間観や幸せ観が問われる大切な問題があると思う。

 一人ひとりの過去の閲覧履歴や購買行動を分析して、最適化された広告やリコメンドをするというアプローチはもちろん可能である。今すでに一般的にやられているし、今後ますます高度化していくだろう。

 しかし、その場合でも、自分の過去の選択によって未来の可能性が縛られてしまうという「選択のエコーチェンバー」とも言うべき事象が生じてしまう可能性がある。「エコーチェンバー」の弊害についてはすでにさまざまな分析、論評がなされているが、ここまでの議論の文脈で言えば、「選択の自由」が実現しないことが最大の問題だろう。

 市場経済は、一人ひとりの選択の自由があってこそ発展する。株式もそうで、一人ひとりが一部の情報に流されずに、自分らしい判断、選択をすることで、社会全体としての資源の最適配分が行われる。

 経済学者のジョン・メイナード・ケインズは人々を突き動かす衝動を「アニマルスピリット」と言った。じっとしているよりは何かをしようという生きものとしての本能は、経済が動き、社会が発展する上での大切な条件である。しかし、そこに選択の自由がなかったら、ぐるぐる回っているだけになりかねない。 

 情報オーバーロード、選択オーバーロードの現代において、私たちの「アニマルスピリット」は、いかに選択の自由を確保できるのか? そこには、人間のインテリジェンス(知性)にとっても最も大切な課題があると言ってよいだろう。

茂木 健一郎

1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。クオリア(感覚の持つ質感)を研究テーマとする。

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