メリルからキャピタルへ‥「驚異の資産運用会社」が挑む日本のマネーカルチャー

世界最大のアクティブ資産運用会社が日本に本格進出

 金融記者稼業が長くなると、強い既視感を抱く光景に時々、出くわす。最近の例を挙げるなら、11月10日、東京会館(東京・千代田)。この日の午後、米大手資産運用会社キャピタル・グループが、約150人の金融アドバイザーを集め「助言セミナー」を開いていた。主眼は特定の商品の販売促進ではなく「顧客の資産形成をいかに効果的に助言するか」に関する、キャピタルの考え方の説明だった。

 「求められているものは顧客へのコミットメント」「人生設計に関する包括的なサービスが重要」――。アドバイザー指導の責任者、クリス・ガイス氏は分かりやすい英語で、丁寧に語りかけた。

 日本経済新聞の報道によれば、80人程度の日本の人員も今後5~10年で100人超に増やすという。手堅い社風で知られるキャピタルが攻勢に出るのは「一人ひとりの日本人が、資産運用と真剣に向き合わなければならない時代になった」(同社パートナーのマイク・ギトリン氏)と見ているからだ。

 一般的な知名度という点で、キャピタルの存在感は日本ではさほど高くない。しかし、米国ではアクティブ運用に特化した最大手の資産運用会社として知られる。米国の大恐慌期、1931年に創業し、現在は全世界で400人の運用プロフェッショナルと、300兆円余の運用資産を抱える。

 「キャピタル 驚異の資産運用会社」(チャールズ・エリス著、鹿毛雄二訳、日経ビジネス人文庫)から、同社の傑出ぶりを示す部分を引用する。

「過去50年の業界の実績を見ても、その成績を10年ずつに分けて見ると、最初の10年のトップグループの半分は次の10年後には脱落してしまう。30年間もトップグループに居続ける運用会社など見当たらない。キャピタルはその例外中の例外である」

 成長の原動力は「キャピタル・システム」と呼ばれる独特の複数担当者による運用と、長期の視点で企業を見きわめる調査力。そして、質の高いアドバイザー指導だ。11月のイベントは、主に米国で続けてきた指導活動を日本でも始めるためのキックオフでもあった。

「既視感」の正体は…金融ビッグバンで日本進出したメリルリンチと重なる光景

 冒頭で「既視感」と述べたのは、1998年4月に米大手証券メリルリンチが開いたイベントと重なる部分を感じたからだ。ところは東京会館からほど近い、東京・丸の内の東京国際フォーラム。集められたのは、97年11月に破綻した山一証券の元社員、約2000人だった。

 メリルは山一の店舗と人員を引き継ぎ、日本での個人向け営業に本格的に参入する計画を表明していた。国際フォーラムのイベントは、リテールの新会社「メリルリンチ日本証券」の入社式のようなものだった。「新会社の全社員と初のミーティングを開くことができ、大変うれしく思う」。デービッド・コマンスキー最高経営責任者(CEO)がビデオで寄せたスピーチに元山一社員が熱心に聞き入る様子は、「何かが新しく始まる」という予感を強く感じさせた。

 時あたかも、改正外為法が施行されたばかり。日本の金融を活性化する「日本版ビッグバン」をマクロ面からテコ入れするのが改正外為法だったとすれば、メリル日本の設立はそれを象徴するミクロの先例だった。

 「長期の視点で顧客の資産形成を助ける」(メリルリンチ日本証券のロナルド・ストラウス社長、当時)との意気込みも、先述したキャピタル首脳の言葉に重なる。個別銘柄の売り買いの推奨ではなく、長期の視点で顧客の資産形成に資する助言を全面に出す点でも、キャピタルの戦略に似ていた。

 残念ながら、メリルの試みは数年で頓挫してしまう。「メリルリンチ日本証券1200人削減、個人部門の7割、20店舗を閉鎖~赤字、経営を圧迫」。2002年1月の日経新聞夕刊が報じたように、同社のリテール部門は大リストラに踏み切った。

 果たして、キャピタルの日本戦略は、20年前のメリルのような残念な結末になるのかどうか。あるいは、キャピタルはメリルと異なる道を歩むのか。筆者は期待も込めて、後者だとみている。

攻撃的な「セルサイド」のメリルと保守的な「バイサイド」のキャピタル

 メリルとキャピタル。ともに米国の有力金融業だが、大きな違いがいくつかある。

 メリルとキャピタルの最大の違いは、前者が上場企業、後者は非上場という点だ。この違いは大きい。上場企業であれば経営者がどんな長期ビジョンを語っても、四半期ごとの1株利益の増減が株価に影響する。これにより経営者の報酬も決まるので、不採算部門のリストラも早まる。非上場のキャピタル経営陣は、自社の株価に一喜一憂するということはなく、日本戦略も腰を据えて臨める。

 さらにメリルは「セルサイド」、キャピタルは「バイサイド」という違いもある。セルサイドとは顧客に様々な投資商品を販売する総合金融機関のことで、「バイサイド」とは実際に投資信託などを運用する市場プレーヤーだ。セルサイドは多様な業務を手がけるため、過大なリスクを抱え込みやすい。

 メリル日本が大リストラに踏み切った2000年代初めは、米国でインターネットバブルが崩壊し、ウォール街の投資銀行は経営体力をすり減らした。これにより「開業から3~4年は赤字を覚悟する」というメリル日本のもくろみも大きく狂った。もちろん市場が大混乱すればバイサイドも影響を免れないが、キャピタルのような長期保有の投資家は持ちこたえることが可能だ。

 企業文化も異なる。ニューヨークのウォール街に本社を構えていたメリルに対し、キャピタルはカリフォルニア州ロサンゼルスを本拠地としている。ホームグランドの違いは社風にも影響する。チャールズ・エリス氏の「キャピタル 驚異の資産運用会社」はこう記す。

「(キャピタル創業者の)ラブラスは『中西部』の価値観を持った企業に力を貸すのが好きだった。深みのあるビジネスと保守的な財務戦略を大事にしていたからだ。対照的に、ニューヨークの投資銀行のような攻撃的な行動をひどく嫌っていた」

 非上場で保守的なバイサイドのキャピタルは、上場している攻撃的なセルサイドのメリルよりも日本市場に適しているというのが、筆者の仮説である。

 むしろ、キャピタルに立ちはだかるものがあるとすれば、日本の金融商品販売の慣行ではないか。すなわち、日本では本当に独立した仲介業者がまだごく少数だ。助言の結果積み上げた顧客資産の残高ではなく、金融商品の販売実績に基づいて収入を得る「アドバイザー」が圧倒的に多いのだ。

キャピタルは、日本金融界の商慣行と根強い「預貯金神話」を崩すことができるか

 銀行や証券会社に所属しない独立系アドバイザーは ①お金や老後の人生設計の相談にのるファイナンシャルプランナー(FP)②株式や投資信託の販売を仲介するインディペンデント・ファイナンシャル・アドバイザー(IFA)③具体的な商品販売には関わらない独立助言業者――の3つに分けられる。

①は保険募集人などを兼ねる場合が多く、相談客に販売手数料の多い複雑な保険商品を勧める実態が指摘されている。③は登録のために供託金を積んだり法令順守体制を整えたりする必要があり、個人が自力で登録するのはハードルが高い。

②は「インディペンデント」と冠してはいるものの、証券会社や銀行と契約し、販売手数料や信託報酬の一部を分け合う場合が多い。実態としては特定の金融機関の販売別動隊であり、手数料の厚い商品を売るインセンティブが働きやすい。「IFA(独立金融アドバイザー)」などと表記されることも多いが、法律上は金融商品仲介業者であり、独立性にも疑問符がつく。このため金融庁は公式には「独立系金融アドバイザー」という通称は使わないことにしている。注意が必要だ。

 顧客に商品を売らないことを宣言しているIFAも登場しているが、大きなうねりにはなっていない。IFAが運用会社から手数料を得ることを禁止し、顧客からの助言料だけを収入源とする英国のような改革にも慎重な意見が強い。

 まだまだ日本は顧客の資産形成への対価ではなく、個別商品の販売に関して料金を要求する文化が強い。キャピタルのような長期の人生設計をベースとする投信ビジネスが支持を広げられるかどうかは、未知数の部分が多く残っている。

 根強い「預貯金神話」も立ちはだかるだろう。調査会社インテージ(東京・千代田)が今年8月に公表した調査によると、「人生を豊かにする資産」として「現金・預金」を挙げた日本人は71.5%にのぼった。米国(54.0%)だけでなく、欧州のスウェーデン(56.4%)やアジアのインド(51.3%)やインドネシア(52.9%)よりもはるかに多い。日本並みに現金・預金志向が強いのはタイ(80.7%)くらいだ。

「貯蓄から投資へ」の掛け声とは裏腹に、現金・預金を好む日本人の考え方は変わってこなかった。山一証券が破綻する直前、1997年11月4日付け日経産業新聞にゴールドマン・サックス証券会長(当時)の石原秀夫氏がこんなコメントを寄せている。「日本市場は、貯蓄はできるが投資ができない。1200兆円の個人金融資産のうち郵便貯金を含む預金が61.3%にも達する。米では預金の割合が16%しかなく、投信、信託、債券と運用が多様化している」。

 四半世紀を経て、1200兆円を2000兆円に変えてもまったく同じ指摘が成り立つことに、慄然とする。「驚異の資産運用会社」キャピタルが挑むのは、こうした日本のマネーカルチャーにほかならない。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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