三木谷浩史「社内公用英語化…こんなことで会社を辞める人間はこれからの時代、戦力にはなりません」
創業からこれまで、「無謀」ともささやかれながら多くの領域で果敢な挑戦に取り組み続けてきた楽天。挑戦の結果、ショッピングモールに銀行、証券会社、そしてモバイルと、一つの経済圏をつくり上げることに成功した。そんな楽天の創業者であり代表取締役社長兼会長の三木谷浩史氏は、いま何を見据えているのか。この25年を振り返りつつ、その思いを語った――。(みんかぶプレミアム特集「楽天」第7回)
※本稿は三木谷浩史監修、上坂徹著『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)から抜粋・編集したものです。
目次
目標は“利益1兆円”
――1997年に創業した楽天は、2022年に25周年を迎えました。いまをどうお考えですか?
まだまだ山は登り切っていないですね。とりあえずの定量的な目標と定性的な目標を持ってきましたので。定量的な目標は単純で、利益を1兆円出すこと。そうすれば、存在感がまた変わるでしょう。
定性的な目標は、楽天がアマゾンなりグーグルなりアップルなりに並ぶような世界的な会社に成長することです。そうすれば、日本という国にも、楽天の競合にも、楽天を卒業した起業家たちにも刺激を与えられますよね。そんなふうに日本の産業界をリードするロールモデルになっていければ、と思っています
――楽天市場をはじめとする国内eコマースの流通総額も、25年で5兆円を超える規模になりました。
最初の月は32万円ですからね。しかも18万円は自分で買っていた。それが年間1兆円になり、5兆円になった。まずは10兆円まで持っていきます。
やっぱり水は低いほうに流れるんですよ。だって、インターネットショッピングは便利なんですから。創業する前は、インターネットでモノは売れない、と断言していた人もいました。習慣を変えられない、とも言われましたけど、25年でこうなった。
これは携帯電話もそうだと思っているんです。結局、速くて安くてちゃんとつながればいいんですよ。もちろん、実現するためには必要なことがある。それを達成するまでの財務体力と技術力と実行力があるか、です。となると、最後は根性かな(笑)。
でも、「これができたらすごいよね」という求心力があれば、びっくりすることが起こるんです。社員も、そんなエキサイティングな環境を楽しんでくれている。楽天も大きくなったから官僚的なところがゼロかといえば、そんなこともないんですけど、できるだけそういうものを突破していきたい。
毎週、朝会をやり、毎朝、新人たちと『成功の法則』を読む会もやっていますけど、そういう活動が全体的なエネルギーを生んでいるのかもしれませんね。
100年後の社会を想像できるか
――どうしてビジネスチャンスが三木谷さんには見えるんでしょう?
すべてが見えているわけではありません。ただ、すごく遠くの未来から現代を見ている、というのはありますね。じゃあ、みなさん2100年に物理的な通貨を持っているでしょうか。たぶん持っていないと思うんですよ。2100年にみんな車を運転しているか。してないでしょうね。
すごく遠くを今から見てみることです。そして、未来にタイムワープした状態で現代を見て、戦略を作る。もちろんリスクはありますから、だったらどういうステップでいくのかを考える。
それこそ、2100年に日本の円は本当にあるでしょうか。環境はどうなっているか。そして僕のいつもの仮説は、みんなが思っているよりも3倍速く時間が進む、ということです。実は30年後に起こりそうなことは、10年後に起こる。
10年なんて、すぐですよ。実際、技術力はどんどん高まるわけです。25年前から、チップの性能は6倍になった。一台8億円だったサーバーの処理能力は、今のiPhoneと変わらない。
だから、今がどうか、ではなくて、将来を見た上でどうするか、を考える必要があるんです。それができるかどうか。リスクを取って、突き抜けたチャレンジができるか。まぁでも、もともと起業家ってネジが2、3個ぶっとんでるようなところはありますね(笑)。でも、イーロン・マスクも、マーク・ザッカーバーグも、ジェフ・ベゾスもみんなそうなんじゃないですか。
――振り返ってみて、最大のターニングポイントは何だったとお考えですか?
社内公用語の英語化、というのは大きかったですね。言葉ってパソコンのOSのようなものじゃないですか。それを変えるわけですから大変でした。でも、実現したことによって、日本人だろうが、インド人だろうが、アメリカ人だろうが、中国人だろうが、まったく関係ないという日本で初めての会社になれた。10年計画でしたけどね。
今や、すべての会社はIT会社なんですよ。銀行にしろ、製薬会社にしろ、出版社にしろ。その意味においては、最も重要なアセットはサービスを実現するプログラムなんです。プログラムを作る人がいないと始まらないんです。
そのプログラムを誰に作ってもらうのかを考えたとき、ものすごく狭い日本のエンジニアのプールから選ぶのと、世界に数千万人といるエンジニアのプールから選ぶのと、どっちから選ぶんですか、ということなんです。
それは、世界中のサッカー選手の世界選抜対日本選抜という話なんです。だから、僕は世界選抜を作るんだと考え方を変えた。日本語でやっていると世界選抜はできないからです。これでは絶対に勝てないでしょう。
もちろんリスクはあった。英語化で社員の大半は辞めるとメディアには叩かれました。でも、ほとんど辞めなかった。逆にいえば、こんなことで辞める人間は、これからの時代、戦力にはなりません。
一方で、ポジティブなサプライズもありました。役員や役職者など、中高年たちが頑張ったことです。若い者には負けない、と早朝からやってきて英語を勉強していた。今や流暢な英語をしゃべっていますからね。
社内公用語英語化がなければ、今の楽天グループには間違いなくなっていません。でも、残念ながら後に続く日本の会社はなかった。これには「あれ?」と思うしかありません。みんな、ついてくるんじゃないかと思いましたからね。
楽天は「現代の亀山社中」恐れず世界を良くしていく
――それにしても、わずか25年でどうしてここまで楽天は大きくなれたのでしょうか?
大きくなったらいいというものではないと思いますが、やっぱり夢とビジョンがあるからだと思います。それにみんながついてきてくれた。
楽天のブランドコンセプトに、「大義名分」「品性高潔」「用意周到」「信念不抜」「一致団結」の5つを掲げていますが、やっぱりこれなんだと思っています。実際、この通りにやってきたし、世の中にとって正しいと信じていることは誰に対してでも僕は言ってきましたしね。
声を上げないといけないときには、医薬品のネット販売だって、送料無料ラインの共通化だって、思い切り声を上げてきた。それは、そっちのほうが、最終的にはみんなにとってプラスだと思ったからです。本質論で突き進むことは、とても大事なことです。
学生時代、テニス部のキャプテンになって、新入生の球拾いを廃止したことがありましたが、それと同じです。球拾いやって、うまくなりますか、テニスが。ちゃんと本質的に考えないままで進むと、こういうことが当たり前になっていくんです。誰も考えない先に待っているのは、やっぱり停滞だと思うんですよ。
大事なことは、何のためなのか、ということです。原点に立ち戻る。実は大学を卒業して5月になって、僕はいわゆる五月病になったことがあったんです。学生時代、とにかくアグレッシブに熱く生きてきたのに、いきなり暗くやる気もなくしてしまった。
理由ははっきりしていました。何のために働くのか、わからなくなってしまったからです。日本を元気にしよう、日本の金融をリードして日本を作っていこうと思って興銀に入った。でも、自分の仕事がどこにつながっているのかが、見えなくなってしまった。
ようやくモチベーションを上げられたのは、留学をして世界をリードするビジネスパーソンになるんだ、という目標が見つかってからでした。
イノベーションは、人々の生活を豊かにし、国を富ませてくれます。でも、何のためのイノベーションなのかを間違えたら大変なことになる。やっぱり、いかに世の中を良くするか、世の中を元気にするか、ということだと思うわけです。それをビジネスを通して、僕はやっていきたいんです。やっぱり本質論であり、夢とビジョンなんですよ。聖域を作らず、旗を立てて、ときには地べたを這いつくばりながら、世界を良くしていく。それが楽天というプロジェクトです。
今はインターネットがある。インターネットを通じて、真の意味での経済民主主義を実現するというビジョンは実現できると僕は思っていますし、それにみんなが賛同し参画してくれると嬉しいと思っています。
坂本龍馬は亀山社中を作りましたが、その現代版が楽天だと僕は考えています。まだまだ、これからですよ。
(聞き手:上坂徹)