投資キャリア40年・米国在住投資家「日本はいま、世界のバリュー投資家から注目されている」バリュー投資の三つの型

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 日米両市場の投資家として40年活動してきた、米国在住のワイズマン廣田綾子氏。二つの国の株式市場の変遷を見てきた同氏だからこそわかる「海外から見た日本市場」を語るとともに、日本株を買う海外の投資家が実践するバリュー投資について解説する。

※本稿はワイズマン廣田綾子著「海外投資家はなぜ、日本に投資するのか」(日経プレミアシリーズ)から抜粋、再構成したものです。

第2回:年間300社の経営陣と面会した投資家が見つけた「成長余力のある企業」の探し方

第3回:“米ドル一強”崩壊の足音が聞こえる……「金融の核兵器」を発射した米国、対抗するロシア

目次

日本にはお宝が眠っている

 実際のところ、海外投資家は日本国内の企業をどのように見ているのでしょうか。海外勢から見て将来的な価値向上が期待でき、資金支援に踏み出したくなるのはどんな会社であり、反対に投資を躊躇するのはどのような会社なのでしょうか。

 株式投資の戦略には現在、大きく分けて「グロース投資」と「バリュー投資」という二つの種類があります。

 これから投資の世界に足を踏み入れる方々にとっては馴染みのない言葉かもしれないので、少し説明しておくと、グロース投資とは、今の株価が割安か割高かにかかわらず、投資先の企業が将来的に成長すると見込んで株式を購入する戦略のことです。投資先が収益力を拡大して株価を上昇させれば、株主に恩恵がもたらされることになります。

 残念ながら今の日本には、アメリカのマグニフィセント7のように高成長と高い利益率で圧倒する企業群が存在せず、世界のグロース投資家にとって注目度が高いマーケット環境にはなっていません。

 これに対し、バリュー投資は、実際の企業の価値に比べて市場の評価が低すぎる、つまり株価が「割安」だと考えられる企業を探し出し、株式を購入する戦略です。日本に注目している海外の投資家の多くは基本的にバリュー投資家です。なぜなら、アメリカの企業は株価がすでに軒並み上昇してしまい、ヨーロッパでは、1990年代にコングロマリット企業の改革が進み、割安な会社は見つけられず、世界のバリュー投資家にとって、日本株式市場とは埋もれた宝のような銘柄がまだまだ多く眠っている沃野のような場所だからです。

 しかも、日本の株式市場は、資本主義国家としてしっかり法律が整備されている上、マーケットに流動性があり、多くの業種の企業がそろっていて、一部の外国為替及び外国貿易法(外為法)で規制される業種を除けば外資規制もないなど多くの魅力があります。あとは、そこに埋もれている宝を磨いてくれる、優秀な経営者が現れるかが最も重要なポイントとなります。

①業績を気にしない「ディープ・バリュー型」投資

 一言でバリュー投資と言っても、実際にはさまざまなアプローチがあります。

 まず、典型的なバリュー投資の戦略として、会社の解散価値に比べて株価が極端に割安のまま市場に放置されている企業を見つけ出して投資する、ディープ・バリュー型の投資スタイルが挙げられます。

 ディープ・バリュー型の投資戦略の特徴は、「投資先の将来的な業績の行方をあまり気にしない」ということです。もちろん極端な赤字になる可能性についてはリスク分析の観点から検証することもありますが、たいてい、最終的な投資選択にはほとんど影響しません。

 この投資スタイルが世界中に広がったきっかけとなったのが、1929年の株価大暴落でした。「株を買うときはどれだけ下値リスクから投資資金を守るかが大切であり、万が一の危機的状況が訪れた場合、会社を整理したときに株主が得られる金額よりも低い金額で株式を買ったら損は出ない」という大恐慌の教訓が、投資資金を守ることを目指すこの投資哲学に結実したのです。

 34年に出版された『Security Analysis (証券分析)』という、この投資スタイルのバイブルとなった本があります。コロンビア大学の教授であったベンジャミン・グレアム氏とデビッド・ドッド氏が手掛けた本書は、現在も数々の経営大学院の投資の授業で、必読書籍リストに含まれています。

 ただ、このスタイルには弱点もあります。割安と考えられる企業銘柄に投資したあとも、結局その企業の経営陣が企業価値の向上を目指す行動を取ることがなく、割安の状態が長引いてしまう「割安さ(バリュー)の罠(Value Trap)」という問題です。ただ、東証による市場改革の取り組みや、アクティビストの存在感の高まりの中で、彼らから要求を突き付けられた経営陣が株価と企業価値のギャップを縮めるといった前向きな動きが、少しずつ広がってきているのです。

②「ほかよりは安い」相対的割安株投資

 相対的割安株投資のスタイルでは、まず、配当利回り、株価簿価比率(PBR)、株価収益率(PER)、 EV/EBITDA(買収金額をどのくらいの期間で本業利益から回収できるか)などの指標を使って投資先の絞り込みを進めていきます。指標は、単独でピックアップしたり、またはその複数を組み合わせて使うこともあります。その後、その企業の収益力などについて具体的に調査をかけ、なんらかのきっかけ(触媒=catalyst)で割安さが是正される可能性の高い株式を選定し、投資するのです。

「割安さが是正される」といった変化が起こるきっかけにはいくつかのパターンがあります。私が一番注目するのは経営陣の交代です。また、新製品の開発による売上・利益の成長の変化率の上昇、規制緩和や寡占化による業界の構造変化などが挙げられます。これらの変化が株の上昇につながるためには、業績回復や利益率改善などさまざまなファンダメンタルズ要素の改善が伴うことが鉄則です。

③バフェットが着目した「MOAT」

 コロンビア経営大学院から世に出た著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏は、駆け出しのころ、ディープバリュー投資家として活動していましたが、次第にこの手法の限界を感じ、彼特有のバリュー投資哲学を作り上げていきました。彼が注目したのが、競争優位性の強さやその耐久性を意味する「MOAT」という考え方です。

 たとえばバフェット氏がコカ・コーラ社株を1990年代に買い始めたとき、ディープ・バリュー投資の観点で言えば同社の株価は決して割安とは言えませんでした。が、市場における同社の競争優位性がその後も持続していたことを考えれば、「MOAT」の観点では十分に割安だったと評価できるのです。

 私自身はこの中でも、2番目に紹介した「相対的割安株投資」を軸に据えて活動してきました。アメリカ株式で成果を挙げることができたので、それを90年代に日本株に応用しようと思ったのですが、当時の日本は先ほど触れたバリューの罠のどん底にとらわれていて、バリュー投資の良さを生かすにはあまりにも時期尚早でした。株がどれだけ安く放置されていても、政策株主に守られている状態では買収の対象にならず、企業の経営陣たちも特段の対策を打つ必要がないと考えていたのです。

 それから20年以上が経ち、日本市場は今、世界のバリュー投資家から注目されています。他の先進国の市場に比べてまだまだディープ・バリューの株が多々存在する上、アクティビストが本格的に進出し、経営陣を守っていた政策株主が消えていき、こうした変化を背景として、バリューの罠から宝のような銘柄を引っ張り上げる動きが加速しているからです。

 オリンパス、DNPなどがその典型例として挙げられるでしょう。こうした時代の変化の中で私は、先ほど紹介した既存のバリュー投資哲学が日本株投資にも有効に働くようになると確信しています。

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この記事の著者
ワイズマン廣田綾子

東京都生まれ。国際基督教大学卒業。1983年、スイスの経営大学院IMDでMBAを取得。84年に渡米後、証券アナリストに。87年より米国株投資担当のファンドマネジャーとして年金基金や労働組合等の米機関投資家の資金運用に携わる。2000年よりヘッジファンドに移籍し、日本株のロングショート戦略で資金運用を担当。10年より現在在籍しているホライゾン・キネティックス社でアジア戦略担当のディレクターとして、日本を含むアジア市場での運用担当に。Nippon Active Value Fund の社外取締役。SBIホールディングス、東芝で社外取締役を歴任。CFA資格取得者。現在、米国ニューヨーク州在住。

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