年間300社の経営陣と面会した投資家が見つけた「成長余力のある企業」の探し方

日米両市場の投資家として40年活動してきた米国在住のワイズマン廣田綾子氏は、「世界中の投資家を引き付ける優良企業には、必ず行っていることがある」と話す。優良企業の探し方や実際の企業事例について、同氏が語った。
※本稿はワイズマン廣田綾子著「海外投資家はなぜ、日本に投資するのか」(日経プレミアシリーズ)から抜粋、再構成したものです。
第1回:投資キャリア40年・米国在住投資家「日本はいま、世界のバリュー投資家から注目されている」バリュー投資の三つの型
第3回:“米ドル一強”崩壊の足音が聞こえる……「金融の核兵器」を発射した米国、対抗するロシア
目次
埋もれた優良企業を探すのは難しくない
私はバリュー投資を専門としている日本出身の海外投資家という立場で、年間300社の日本企業の経営陣と面会してきました。一口に経営者といってもその能力や経歴、キャラクターは千差万別です。が、彼ら、彼女らと繰り返し膝詰めで意見を交わすうち、成長が期待できる企業の経営者に共通する特徴が分かり、その見極めがだんだんにできるようになってきました。
いざというタイミングを逸することなく経営者が迅速に判断を下し、市場から受ける期待を現実の成長力へと転換していける企業かどうかを見定めるためにはどうしたらよいのか―最終的な投資判断はご自身で行っていただくことを前提として、私が数十年の経験の中で練ってきた分析法の一端を紹介します。
世界中の投資家を引き付ける優良企業が必ず行っていることがあります。それは、「選択と集中」です。
部門で日本勢の影が薄らいでいく一方で、お家芸だったはずの白物家電さえ、低コストが強みの韓国企業、中国企業にみるみるシェアを奪われ、最終的には彼らに事業を売却するというパターンが相次いだのです。
この話には、二つの側面があります。企業として競争力を最大化する経営方針という観点で言えば、たしかにコングロマリット形態は望ましいとは言えません。が、中長期的に収益拡大を狙う投資家の立場からすれば、現在多角経営の罠に陥っている企業は逆説的に、大きな変化の可能性があるということでもあるのです。投資先企業の経営陣が事業の選択と集中を断行して脱コングロマリットを実現できるのであれば、それは本業の稼ぐ力を高め、企業価値を向上させる巨大な余地が残っていることを意味しているからです。
こうした点を押さえておけば、日本の市場で成長余力のある企業を探し出すことはそれほど難しくありません。他の事業部門の中に埋もれてはいても世界的にもシェアが高く、利益率も会社平均より頭一つ抜けている「宝物」の部門を抱えている企業を見つけ出せばよいのです。
“お宝”企業事例①:日立製作所
日立製作所は、経営難をきっかけとして事業構成を見直し、結果として倒産の危機から立て直しに成功した典型例です。外圧によって追い込まれたのではなく、経営層が主体的な判断によって路線変更を決断し、スピーディに実行することができたところも注目に値します。
日立は長年にわたり、ある部門が赤字を出しても他の部門で補うことで全体の利益水準をかろうじて維持する、リスク分散的なコングロマリット経営を続けてきました。変革のきっかけとなったのは、2008年に起こったリーマンショックです。
09年3月期にはバブル崩壊時を上回る7800億円超の赤字を計上。子会社だった日立マクセルの会長・川村隆氏がこの年に日立の会長兼社長に就任し、彼のリーダーシップの下で全社的な改革がスタートしました。
コングロマリットからの脱却は、簡単なことではありません。多角経営から路線転換しようとすると、社内外の多方面から反発が生じるものです。そこでグループ全体としての改革を迅速化するため、川村氏は意思決定者を自分自身と5人の副社長の計6人に限定。同年夏には上場子会社5社を完全子会社化して本体に収益を集中させた上で、赤字事業から躊躇なく撤退する方針を鮮明化させます。その後、社内を事業別に七つのカンパニーに分け、合計数十の事業体で業績管理を行う「カンパニー制」を導入。各事業体ごとのトップに決定権を委ねつつ、本体は統率役に徹するという効率重視の体制が整えられました。
09年9月時点で日立の自己資本比率は10.9%まで低下していましたが、経営陣が世界中の投資家と接触して交渉し、最終的には3400億円超の資金調達を実現。財務体質の改善によって選択と集中の推進力を維持し、11年3月期には最終黒字に回復しました。
日立は、他の巨大企業が当然着手すべきでありながら実践できなかったことを、次々に実行に移していきました。将来的に自社の中核となる部門を明確化し、ノンコア認定を受けたそれ以外の部門を容赦なく切り離し、売却で得た資金はコア部門に投資したり、本業のウィークポイントを洗い出して他社から買収したりしてきました。
このカルチャーは現在の経営陣にも受け継がれ、グローバルな視野を持った競争力のある経営戦略に結び付いています。ディスプレイや金融といった分野の整理に続き、24年7月にはロングセラー「白くまくん」で知られる家庭用エアコン事業からの撤退を公表しました。リーマンショック後には一時300円を割っていた同社の株価は、24年後半に10倍近くに到達しており、しがらみにとらわれない改革姿勢に対する市場からの評価の高さが窺えます。
日立の現在の取締役会は、世界的な視野でアドバイスを提供する外国人の経営経験者を含む有能なメンバーがそろっています。彼らの下で推し進められた「選択と集中」の根底にある判断基準は、今後、同社にとって中核となるデジタルプラットフォームをサポートするのに必要か否かという点でした。この考え方の下で、日立化成を売却し、その資金によって、デジタルプラットフォームに不可欠なソフトウェア関連企業を買収したのです。あわせて担当役員を社長に抜擢し、戦略的に会社の将来を賭けたのです。
お宝”企業事例②:レゾナック・ホールディングス
レゾナック・ホールディングス(旧昭和電工)もまた、コングロマリットからの脱却によって市場から強い支持を集めることに成功した最たる例と言えます。現社長の髙橋秀仁氏はGEなどでの勤務経験を経て、15年に当時の昭和電工に転職し、22年にトップに抜擢された人物です。
髙橋氏の描く戦略は明確です。利益率が高く、潜在的成長性も大きい半導体材料で世界シェア約6割を押さえている強みを武器に、この分野に特化した専業企業として高い利益率を捻出し、売り上げを伸ばして企業価値を引き上げようというのです。この部門をさらに強化するために、日立化成を買収するという決断は、当時の日本の経営者たちの常識を打ち破る大胆さで目を引きました。
半導体にリソースを集中させるということは、それ以外の部門をサイズダウンしていくということでもあります。実際に髙橋氏は就任後、旧昭和電工時代には主力事業の位置づけだった石油化学分野のスピンオフ(切り出し)の実施を決定。制度改正で新設されたばかりのパーシャルスピンオフ税制を活用し、24年8月に石油化学部門を分社化。その後も髙橋氏のリーダーシップの下、同社は事業構成の見直しをスピーディに進めています。
24年9月には、再生医療事業からの撤退を発表。子会社であるミナリス・リジェネレーティブ・メディスンなどの株式をアメリカのファンドに売却。また、新たな本業として位置づけている半導体分野においても、その内側でポートフォリオの最適化を模索しています。同年11月には「業界が市場の成熟期にある」などといった理由から表面保護用フィルム事業を売却しています。
同社の株価は髙橋氏が就任した21年初頭には2500円前後でしたが、23年後半から上昇基調が顕著になり、24年12月にはコロナ禍前以来の4000円台をつけています。日本の横並び的な古い業界慣習を打ち破ろうとする、髙橋氏のような行動力のある経営者は、残念ながら国内ではまだ稀有な存在です。同業他社の人々から彼に対する批判的な評判を耳にするにつけても、日本的な「ぬるま湯」にどっぷり浸かっている経営者からの風当たりは、相当強いのではないかと思われます。彼に触発され、風当たりに強く、固い信念と戦略を守り続けることができる、骨のある経営者が増えていくことを期待したいところです。