「俳優としての年収は120万円、縦型ドラマの撮影エキストラのギャラは1日5000円」――埼玉の実家で「ルームシェア」しながら競馬で稼ぐ。厳しすぎる若手俳優のマネー事情
「華やかな芸能界の裏側で、表現者たちはどう生計を立て、何を糧に生きているのか」――。
さまざまな職種、経歴の方のリアルなお金事情をあらいざらい暴露していくみんかぶプレミアム連載「あなたの給与明細 見せてください」。
第1回は、俳優として活動する30歳の男性の実存を探る。俳優としての年収は120万円。アルバイトは一切せず、俳優業一本で生活しているという。
アニメの聖地巡礼から始まった意外なキャリアのきっかけから、サイゼリヤを「おふくろの味」と呼ぶ等身大の食生活、そして「人を助けることもあれば、傷つけることもある」という表現者としての覚悟まで。
夢と現実の狭間で揺れる、30歳俳優のリアルな告白をお届けする。短期連載全3回の第1回。
目次
「舞台1公演で1万円」俳優業だけで食っていくことの厳しさ
今の僕の年収は、だいたい120万円くらいです。これ、すべて俳優としての仕事だけで稼いでいる金額です。アルバイトはしていません。30歳という年齢を考えると、世間一般からは「それで生きていけるのか」と思われるかもしれませんが、これが今の僕のリアルな数字です。
内訳を具体的にお話しすると、舞台の場合は1公演につき1万円から1万5000円ほどをいただいています。1日2回公演があれば、その倍ですね。ただ、本番に向けた1ヶ月近い稽古期間は、基本的に無償です。
映像の仕事も、エキストラだと1日5000円から1万円程度。最近も縦型ドラマの撮影にエキストラとして参加しましたが、ギャラは5000円でした。役が付くと1万円から2万円ほどに上がりますが、拘束時間を考えると決して割がいいとは言えません。映画の地方ロケで1ヶ月拘束されるような場合でも、実際に自分が出演するシーンがない日の稼働費は支払われません。実質1ヶ月拘束されていても、手元に残る金額はそれほど多くないのが現状です。
埼玉県の実家で「ルームシェア」
生活の拠点にしているのは、埼玉県にある実家です。家賃や光熱費はかかりません。両親に甘えさせてもらっている状態です。
両親と同居していますが、家族仲は決して良好とは言えません。家の中にいながら、母親とはもう1年以上も顔を合わせていないんです。生活リズムが違うのもありますが、お互いにあえて避けているような、奇妙な「ルームシェア」に近い感覚ですね。
面白いのは、そんな母が、僕の出演する舞台をこっそり見に来てくれているらしいことです。友人から「お母さん、客席にいたよ」と又聞きで知る。家では一言も口をきかないのに、舞台の上での僕だけは見守ってくれている。もしかしたら、僕が一方的に壁を作っているだけなのかもしれません。
一方で、父親はさらに謎めいています。かつては会社でバリバリ働いていましたが、早期退職してからはずっと無職です。ただ、自室に6個もWi-Fiルーターを飛ばし、10台以上のスマホを並べて何かをやっている。何をしているのかと思えば「ツムツム」。不思議です。
父親の部屋のドアをノックするのは、今でも少し緊張します。幼少期、育児にはほとんど関わらず、学校の話も一度もしたことがないような父でした。でも、仕事帰りに僕の好きな仮面ライダーのガチャガチャを山ほど回してきてくれた記憶だけはある。不器用な愛し方しかできない人なんだろうな、と今なら理解できます。
不足する生活費は「競馬」で稼ぐ。1レースに10万円を投じる勝負師の顔
当然、年収120万円では東京近郊で自立して生活するのは不可能です。では、どうやって足りない分を補っているのか。……実は、競馬で補填しています。
こんなこと、公の場ではあまり大きな声では言えませんが、僕にとって競馬は重要な「収入源」の一つなんです。最近も、ファルコンステークスというレースで18万円ほど勝ちました。以前、友人の結婚式に出席していて馬券を買えなかったのですが、もし買えていたら200万円近い配当を手にしていた、なんてこともありました。
賭け方も遊びではありません。1レースに8万円から10万円ほど突っ込みます。俳優業で足りない生活費を、こうしてギャンブルの勝ち分で埋めていく。それが僕の「俳優一本」で生きていくための、生存戦略なんです。
「サイゼリヤ」が僕にとっての“おふくろの味”
食費は月に5〜6万円ほどで、その8割から9割が外食です。
今の僕にとっての「おふくろの味」は、実家の料理ではなく、サイゼリヤのメニューなんです。
いつも頼むのは、わかめのサラダかチキンのサラダ、ほうれん草のソテー、アロスティチーニ(ラムの串焼き)、そしてハンバーグ。最後は卵の乗ったミラノ風ドリアで締める。これが僕のルーティンであり、最も落ち着く食事です。蕨の街で、一人でサイゼリヤを囲んでいる時間が、僕にとっての数少ない安らぎなのかもしれません。