あえて上場しない選択…顧客第一を貫き成長を続けた大田区の弁当「玉子屋」生き残りの決断
1日7万食の弁当を販売し、コロナ前には年商90億円まで上り詰めた玉子屋。上場への誘いも舞い込む中、あえて”中小企業のままでいる”選択肢を選んでいるという。「中小企業の理想の形の一つはイタリアにある」と話す同社社長の菅原勇一郎氏が語る、玉子屋の戦略とコロナ禍で見えた課題とはーー。全4回中の4回目。
※本稿は、菅原勇一郎著『東京大田区・弁当屋のすごい経営』(扶桑社新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
イタリアを見習い、「地域限定」の特色を活かせ
玉子屋のチェーン化や上場話もよく持ち込まれます。チェーン化によって全国展開して、玉子屋の弁当を日本中の皆さんに食べていただく。それはそれで一つの理想なのかもしれません。
しかし、玉子屋のビジネスモデルでこれ以上食数を大きく伸ばすのは難しい。販売エリアを広げるとなると、配達システムも根本的につくり替えなければならない。
チェーン化しても「最高の弁当を最高の配達サービスでお届けする」という玉子屋のスタイルが守れなければ本末転倒です。
私は中小企業の一つの理想はイタリアにあると思っています。イタリアは国家財政が破綻状況にあるのに、地方都市や地場の中小企業は栄えている不思議な国です。イタリアでは社員が15人を超えると税金が高くなるので、従業員が15人に満たない中小企業が圧倒的に多い。そうした中小企業が都市ごとに集まって、水平分業しながら特色ある製品を生み出し、世界に発信しています。
繊維、皮革、家具などの伝統的な製品から、ワインやチーズ、ハムなどの食品、機械や電子などのハイテク製品まで、高いデザイン性とメイドインイタリーのブランド力が強み。それぞれの中小企業は規模を追い求めてむやみに世界化するのではなく、「イタリアのここでしかつくっていない」というオンリーワンの付加価値を磨くことで高い収益性を実現している。
日本の中小企業がイタリアに学ぶことは多いように思います。玉子屋も東京の片隅にこだわって、地域性を生かしながら、弁当を広めていく。どこでも食べられる味ではなくて、お客様に「玉子屋の弁当が食べたい」と思っていただける。そこが大事なのではないか。
玉子屋の弁当は玉子屋の配達ルート近辺にあるオフィスでお仕事をされていなければ食べられません。しかも1日10食以上でなければ基本的には注文をお受けしない。だから、「玉子屋の弁当が食べられなくて悔しい」という声をよくいただきます。
「ウチの会社は玉子屋さんのルートに乗っているんだけど、3年前は従業員が20人ほどしかいなくて1日10食以上の注文を出せなかった。悔しくてね。いずれ玉子屋の弁当を食べられる会社にしたいって思っていたんです。ようやく念願が叶った」
このように言ってくださるお客様もいる。本当に嬉しいことです。生意気だと言われるかもしれませんが、「玉子屋の弁当を食べられて幸せ」とお客様に思っていただけるのが一番の理想だと思います。
「いまは」上場しないという選択
株式上場については、これまでは「しない」と言い続けてきました。なぜ上場しないのかと言えば、そのほうがお客様を大切にできて、従業員にも給料を多く払えて、健全経営できたからです。
もし上場することでお客様によりよいサービスを提供できるなら、従業員にもっと報いてあげられるのなら、上場します。しかし本当にそれができるかどうかは疑問です。
なぜなら株式を公開すれば、株主を最優先しなければならないから。現状は経営者=株主で、株主の私が「顧客第一主義」を大事にしているから成り立っているのです。
「玉子屋さんには上場して欲しくない。玉子屋さんは玉子屋さんのまま、何とも言えない面白い中小企業のままでいて欲しい」
玉子屋に取材に来てくれたメディアの、皆さんがそう言ってくれますが、これから先はわからない。経営の自由が多少制限されても、お客様や従業員のメリットのほうが大きいと判断した場合には、上場を目指そうということになるかもしれない。
もっと言えば、私の経営能力に限界が見えたらプロの経営者を雇い入れるかもしれないし、私よりもずっと優秀な人が経営してお客様と従業員がもっと幸せになれるならM&Aで事業譲渡する可能性だってゼロではない。
逆にほかの事業者を玉子屋が買収することもあり得ます。M&Aを想定した市場調査も実際に行っています。あらゆる選択肢を排除できない時代になっている、というのが私の認識です。
玉子屋という会社は今後も存在し続けるかもしれない。しかしそれが弁当の会社かどうかはわからない。弁当の会社ではなくなったとしても、お客様に喜ばれ、従業員を大切にして、健全経営が成り立つ会社であり続けたい。
そのためには大きい会社ではなくて、負けない会社、足腰の強い会社にしていくことが今の自分に与えられた使命だと思います。
コロナ禍で始めた無人販売所、学校宅配
玉子屋はコロナ禍で大きな打撃を受けました。2020年には約10億円の損失が発生し、2022年11月にようやく赤字が止まるところまで回復。10月は平均3万5000食まで戻りました。
先日、久しぶりに主力メンバーの社員と野外でバーベキューをしたとき、みんなから「本当につらかったです」「何度も辞めようと思いました」と言われました。実は、私を含めた4人の取締役はコロナ禍以降、給料6割カットでやっています。
社員の月給は変えないと誓い、それはずっと守ってきましたが、2020年は年2回のボーナスを出すことができませんでした。2021年も半分のボーナスを出すのがせいいっぱいで、それでも赤字の状態でした。
利益率が従来の水準に戻るまで、あともうひと息ですが、このひと息は簡単ではありません。2022年はコスト高もあり、定価を470円から500円に変更せざるを得ませんでした。
原価を下げることも検討しましたが、それをしたら、玉子屋が玉子屋でなくなります。苦渋の決断で値上げに踏み切りました。ほとんどのお客様から了承をいただくことができたのは、今、社会全体が値上げ傾向にあるためだと思います。
コロナ禍で新しく始めたこともあります。従来の配達先は主にオフィスで、これが今回、大きな打撃につながりました。そこで工場が多い地域の顧客を開拓し、現在、浦安から京浜工業地帯、さらにその先の磯子までのエリアでは、食数が増えています。
また、私立の中学や高校のランチタイムに配達することも始めました。公立学校は給食がありますが、私立は小学校からお母さんの手づくり弁当がほとんどです。でもお母さんも働いていますから、朝のお弁当づくりが大変ということもあります。そういうときに玉子屋があると便利ということで、ニーズは非常にありました。
そこでまず先生方に食べていただき、そこから生徒さんたちのランチに入れていただいて、少しずつ食数が増えています。現在は14校に届けています。学校は長期の休みがあるため稼働日は年間200日ありません。
それでも子どもたちが、成人して就職した先で、また玉子屋の弁当を食べていただけることを期待して、力を入れています。それ以外では、専門学校や大学の校内で、キッチンカーで弁当を販売することも始めたところです。
玉子屋、生き残りのための決断
またもう一つ、ミニストップと提携して、無人コンビニを始めました。現在、1カ所で展開、間もなくあと数ヶ所でもスタートする予定です。これはコンビニを入れるほどの規模ではないが、コンビニの機能はほしいという企業からの依頼で、オフィスビル内の小ペースを使い、玉子屋がオーナーとなって経営しています。
この無人販売スタイルは、新たな方向性だと思っています。高層マンションの管理会社と提携し、マンション1階のスペースを活用して、アプリを使った販売をすることを考えています。リモートワークが定着した企業も増えているので、ニーズは高いと思います。
また10個程度の弁当を入れられるボックスが開発されれば、小規模のマンションでも展開することができますし、100メートルおきに1つずつボックスを置かせてもらうことができれば、食数をより伸ばすことができるでしょう。
このようにいろいろな展開を考えていますが、いずれも根本の発想は変わりません。それは、いかに社会状況や雇用形態が変わろうと、昼の弁当のニーズがあり、人が集まる場所があるなら、そこに届けるという発想です。