元自衛隊陸将「なぜ”軍隊的”チームではもう勝てないのか」体罰・先輩服従”絶対禁止”にした青学駅伝部の作戦術
自衛隊の元陸将・小川清史氏によると、現代の軍隊には「戦略」と「戦術」を結び付けるための「作戦術」が必須だという。軍事の世界のみならず、ビジネスやスポーツといったあらゆる場面で活用されるべき「作戦術」について、青山学院駅伝部の事例を挙げて解説する――。
※本稿は小川清史著、『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く「作戦術」思考』(ワニブックス)から抜粋・編集したものです。
「戦略」と「戦術」を橋渡しする「作戦術」
「軍事」や「軍隊」と聞くと、いついかなる時も上官の命令には〝滅私〟で〝絶対服従〟しなければならない「究極のトップダウン型組織」をイメージするかもしれませんが、実はそれはひと昔前の話です。
今でも国によってはそういう〝前近代的〟な軍隊もありますが、先進諸国をはじめとする欧米型の近代的軍隊では、前線の兵士たちが現場の状況に応じて自主積極的に動く「ミッションコマンド」が重視されています。その核となっている理論が「作戦術」です。
戦略とは、「未来をより良いものに変えるために、今後どうするか(戦略の機能についての筆者定義)」というビジョンとその実現のための方法・手段であり、時間と多くのアセットを使用してより良い未来を実現するための方策です。一方戦術は「いま起きていることにどう対応するか」に関する技術です。
作戦術は、その戦略と戦術の中間に位置し、両者の橋渡しをする役割を果たします。つまり、「今の個別最適(戦術)をどのようにコントロールすればより良い未来の全体最適(戦略目標)につなげられるか」を考えて実行するのが作戦術なのです。
その本質となる考え方は、チームビルディングの理論としてさまざまな分野に応用可能です。実際、大きな成果をあげている企業やスポーツチームは、作戦術の存在そのものを知らなくても、そこには作戦術の本質的な要素に基づく考え方、言うなれば「作戦術」思考が見いだせます。
必要なのは「がんばらない」こと
作戦術の話を人にした際によく聞かれるのが「どうすれば全体最適は達成できるのですか?」という質問です。
もっともな疑問だとは思いますが、残念ながら「全体最適のためにはこれをすればいい」という決まったマニュアルやフォーマットはありません。
ただし、「これをすればいい」はなくても「これはしないほうがいい」ならあります。なかでも特に日本の組織にあてはまるのが、「がんばってはいけない」と「気を利かせてはいけない」です。言葉の響きが誤解を生みそうですが、これは「サボってもいい」という意味ではありません。
「自分の能力の限界を超えるような仕事をしてはいけない。自分の役割以外の仕事(権限のない仕事)もしてはいけない。自分の能力と与えられた役割の範囲内でしっかりと仕事をしてくれ。その際には全体の方向性と自分の仕事とをマッチングさせよ」という意味合いです(そもそも頑張ろうとすると肩に力が入り力んでしまいパフォーマンスは低下します。リラックスこそがベストなパフォーマンスを生み出します)。
リーダーとして私がすべきことはチームの全体最適化であり、そのためにはフォロワーたちの能力と役割を十分に考慮しながら、戦略目標に到達するための戦力配分を考えなければなりません。
そうした戦力配分は微妙なバランスの上に成り立っていることが多く、がんばって能力以上の仕事をしようとして無理をしたり、気を利かせて他人がやるべき仕事にも手を出したりするフォロワーがひとりでも出てくると、全体最適が崩れてしまいかねないのです。
青山学院を常勝軍団に導いた「作戦術」
その取り組みや考え方に「作戦術」思考が見られる事例を紹介したいと思います。青山学院大学陸上競技部の原晋監督と言えば、かつては「弱小」と言われた同大学の駅伝チームを箱根駅伝の「常勝軍団」に育て上げた立役者として知られています。
過去のインタビューによると、原監督は2004年に監督に就任した時にまず「箱根駅伝を通じて社会に有益な人間をつくる」という理念を掲げました。
「人として成長させてあげられるかどうか。駅伝に勝った負けたということではなく、箱根駅伝というステージを利用しながら、部の取り組みを通じて様々なことを学ばせ、社会に役立つ立派な人間に育てるというものです」
これはまさしくビジョンであり、戦略目標です。駅伝などの競技では、一般的に「速く走れる選手」の育成に特化してマネージメントしがちですが、原監督は「陸上競技はあくまでも人間育成の手段である」と位置づけています。「作戦術」思考からみて、非常に明確で高いビジョン、戦略目標を設定されていると思います。
では、「陸上競技を通じた人間育成」という戦略目標(ビジョン)を達成するために、原監督は、どのような練習で選手を育ててきたのでしょうか?
原監督が監督就任後にまず選手たちに徹底させたのが「規則正しい生活」です。良い競技者というのは、そもそも普段の生活がきちんとしていて、自己コントロール力がある、と原監督は強調しています。
そして、基本的な方針として、体罰を禁止したほか、一般的な体育会系の部活でよくみられる「先輩が後輩を服従させる習慣」も禁止しました。一方、選手たちには、練習内容も含め、とにかく「自分で考える」ことを習慣化させたと言います。
これにより、先輩・後輩の垣根が低くなって話しやすい雰囲気が生まれ、自分で考えるようになった選手たちは「効果的な練習法」や「疲労を回復させる休息法」、「故障した時や身体に違和感がある時の対処法」などに関する情報交換を選手間で活発に行うようになりました。
チーム内のコミュニケーションがスムーズになった結果、各選手が「暗黙知」として蓄えてきたノウハウが「形式知」として情報交換されるようになり、チームの「組織知」になっていったのだと思われます。
勝てる組織の育成には時間がかかる
青学駅伝部は、箱根駅伝では2015年の初の総合優勝を皮切りに4連覇を達成し、それ以降も優勝や上位入賞など華々しい成績をおさめてきました。
メディアを通じてその成功が大々的に報じられてきたため、「原メソッド」がまるで魔法のように短期間で青学駅伝部を「常勝軍団」にしたかのように思われがちですが、決してそんなことはありません。
原監督が就任してから数年間は予選会突破も果たせない状況でした。そして、予選会を突破して本戦に出ても、シード権が取れない順位に甘んじざるを得ない状況がしばらく続きました。
原監督が青学駅伝部の監督に就任したのは2004年のことです。青学駅伝部が箱根駅伝で 初の総合優勝を果たしたのは2015年ですから、実に10年以上も「雌伏の時」を過ごしていたことになります。
意識改革と地道な努力を何年も続けた結果、ようやくシード権を取れるチームに成長しました。そして、さらにその努力を工夫しながら継続することで、初の優勝から4連覇を達成できるまでのチームになったのです。たまたま優秀な選手が在籍していた時期だけ強いチームになっていたわけではありません。個人個人のレベルがどれだけ高くても、それだけでは強いチームになるとは限らないのです。
組織というものは、組織に根付いた伝統文化をもとにして、個人が個の力を伸ばし、さらには個を足した以上の力を発揮するようになり、チーム力が向上していきます。この伝統文化の形成、つまりノウハウ、組織知(形式知)の蓄積にこそ、最も時間がかかるのです。
選手集めやチームの体制づくりなど、ハード面の整備は時間的には1年や2年という単位でできることが多いと思います。しかし、私の個人的な経験も踏まえた感覚で言わせてもらうと、あるレベルに到達するための組織知の蓄積には、10年はかかります。
実際、原監督のように、明確なビジョンと実行力を持っている有能なリーダーでも、箱根駅伝優勝という高いレベルに到達するまで、組織知の蓄積・熟成には10年以上かかっているのです。