コンビニ大手、今期中に雑誌棚の完全撤廃検討…週刊誌1000円時代へ突入「文庫は1600円、新書は1200円」いったい誰が買うのか

出版社が苦境に立たされている。元経済誌プレジデント編集長で『週刊誌がなくなる日』の著者である小倉健一氏が、各社の内情を語る――。
「出版流通は、もはや既存構造では事業が成立しない」
「出版流通はもはや既存構造では事業が成立しない。市場の縮小に、トラック運転手の労働時間規制を強化する『2024年問題』が重なり、本を運ぶ費用を賄えない」(日経新聞5月24日)――こう話すのは、出版取次大手トーハンの近藤敏貴社長だ。トーハンは、2023年3月期の出版流通事業が4期連続で経常赤字になることが見込まれていて、出版各社に書籍や雑誌の運搬費の値上げを相談するという。
物流業界で、今、大きな問題となっているのが「2024年問題」だ。ブラック化しているトラックドライバーの労働環境の改善のため、来年(2024年)4月から、時間外労働の上限が年間960時間に規制され、月60時間以上の残業をした場合、割増賃金率がアップすることになる。
国土交通省「トラック運送業の現状等について」によれば、トラックドライバーは、全職業平均と比較して、労働時間が約1〜2割長く、年間賃金は1〜3割低い状況にある。
物流の労働環境改善が何をもたらすかといえば、運べる荷物の減少と、運賃の高騰にほかならない。書籍の運搬費用は、これまで「聖域」とされ、出版取次が割安価格で提供していた。それが可能だった理由は、流通量で圧倒する雑誌の運搬が収益の柱になっていて、雑誌が発売されていない日などで、空いているスペースで書籍を運んでいたためだ。しかしトラック業務の効率化の過程で、書籍の運搬費用は「聖域」ではなくなりつつある。
紙代は、恐ろしい勢いで上昇した
まさしくドミノ倒しのような現象だろう。紙代が上がり、運搬費用が上がり、価格に転嫁され、紙の雑誌や書籍はますます売れなくなる。
ロシアによるウクライナ侵略戦争によってエネルギー価格や紙代が高騰。昨年(2022年)の出版業界は、紙の雑誌や本の売り上げが下がる中で、急激な値上げを迫られた。その後、ガソリン価格は少しずつ落ち着いた動きを見せるようになり、出版関係者はホッと一息、安心をしていた矢先のダメ押しだ。中堅出版社の紙の調達担当者は、ため息をもらす。
「これまで大手出版社は、紙不足で出版が危ぶまれた時期があったことなどから、紙の調達に関して、安定供給を優先し、価格にはあまり関心を示してこなかった。過去、とある大手出版社と共同事業をしたときに、私たちが紙の調達や印刷を担うことになったが、納品時に相当稼がせてもらったことがある。しかし、それはもう過去の話になった。今では積極的に安い紙がないかを探している。紙代は恐ろしい勢いで上がったが、このさき下がることはないだろう。さらに運搬費用も上がるとなれば、出版社としては、雑誌や書籍のページを減らすか、安い紙を使う、定価を上げるのいずれかを選ぶことになる」
1000円台の新書が増えている
月刊文藝春秋の定価は、2023年に入って1300円(2023年2月10日号)になった。2019年に880円(2019年1月10日号)だったことを考えれば1.3倍、恐ろしいスピードでの値上がりだ。
「文庫の価格は平均で800円を突破した。『原子・原子核・原子力――わたしが講義で伝えたかったこと』(岩波現代文庫)は1628円など、1000円台後半の文庫も珍しくなくなった。『1000円を超すと売れなくなる』という常識があった新書も、同様に1000円台の価格設定が増えている。週刊誌も、できる限り発行部数を抑えつつ、特に経済週刊誌などの価格は1000円時代に突入していくだろう。雑誌単体で黒字という媒体をほとんど聞いたことがないが、アイドル連載を写真集にしたりしてトータルで考えると、なんとか黒字になっているものもある。一般週刊誌の定価は現在500円前後だが、年内に700〜800円程度、将来的には1000円前後まで上げざるを得ないのではないか」(大手出版社社員)
相次ぐ雑誌の休刊…社員が半年に1度ぐらいのペースでやめる
雑誌の廃刊や人件費の削減に動く出版社も多い。今年に入って、週刊朝日、週刊ザテレビジョン、イブニング、WEB+DB PRESS、週刊碁が休刊することになった。昨年は、電撃G’s magazine、まんがライフ、近代柔道、ボクシング・マガジン、GiGS、演劇界、まんが4コマパレット、Seventeen(月刊発行を終了)、おかずのクッキングなどが休刊になった。
「部数が落ちているのを目の当たりにして、将来を不安に思った正社員が半年に1度ぐらいのペースでやめていきますが、そこで正社員を採用するのではなく、業務委託として外部編集者で補充しています。いつ経営者から規模縮小を言われても対応できるように、ということです。既婚者の恋愛事情やセックス特集などがメインテーマだと広告もまともに入らず、支払いも悪いとなると、マネジメントが本当にしんどいことになっています。それでも現場には、ポジティブな気持ちで誌面をつくってほしい。作っている側が面白がらないと、雑誌はつまらなくなってしまう」(中堅週刊誌編集長)
週刊誌の「量と質」の低下に嘆き
週刊文春の編集長は、週刊朝日の休刊について、週刊文春電子版「編集コラム」(2023年1月28日)で、週刊誌の「量と質」の低下を嘆いている。
「残念ながら、紙の週刊誌マーケットが縮小していくことは避けられません」
「他の雑誌の連載を読んでいると『あ、これは筆者の原稿を右から左にそのまま掲載しているな』と気付くページがあります」
「厳しい時代だからこそ、質を下げてはいけない。売上が落ちてくれば、記者のリストラ、報酬カット、取材経費の削減という声が出てきます。経費を抑えるためには、時間もカネもかかって、訴訟リスクのあるスクープは止めて、企画モノでページを作る。あるいは、合併号を増やして、定価を上げて、刊行冊数を減らす。いっときの経済合理性を考えれば、正しい判断でしょう。今、ほとんどの週刊誌がこの道を選んでいます。合併号は以前からの年3回のみで毎週刊行している週刊誌は、小誌と『週刊新潮』ぐらいではないでしょうか」
これから、紙の出版物、特に雑誌に追い討ちをかけそうなのが、インバウンド(訪日観光客)の回復である。コンビニの売り上げの中で、雑誌コーナーが占める割合は、1%程度しかない。それでもこの数年、売り場面積を保ち続けてきたのは、インバウンドがコロナでほぼなくなってしまったためだ。コンビニ各社、各店主の間で、雑誌棚の撤廃論者は年々増えている。とあるコンビニ大手は、都心部店舗の雑誌棚を今期中に完全撤廃する検討に入った。
無料メディアも勢い失う「PV広告単価、昨年の半分に」
日本における紙の出版物は、当然ながら、ほとんどが日本語で書かれており、主な読者は日本人である。これから、特に都市部でインバウンドの需要を取り込みたいコンビニにとって、日本人(年齢は高め)しか利用しない雑誌コーナーは、常に「売り場刷新」の対象になってしまう。書店立地も同じで、一等地にあるのにインバウンド需要を取り込めない大型書店も、どこまで踏ん張れることができるのか、不安視する声があがっている。
このように、紙の雑誌の情勢が厳しくなっていく中で、各メディアが一縷(いちる)の望みをつなぐのが、オンラインである。エネルギー価格高騰の対策費として真っ先に削られた企業の広告費は、下げ止まりの様相を呈していて、完全無料のオンラインニュースサイトは勢いを失いつつある。とある芸能情報サイトは、1PVあたりの広告単価が、昨年の半分以下まで落ちた。
各メディアは、有料デジタルへと必死で進もうとしている。成功例は、ダイヤモンドオンライン、みんかぶマガジンなど、ごく少数だ。文春もジワジワと有料会員が増えてきてはいるものの、まだ収益の柱となるまでには至っていない。東洋経済、プレジデントが、このままのペースで有料デジタル単体で黒字化するのに、20年はかかるだろう。内容はしっかりしているが集客ができていない。
なぜ有料メディア化に失敗するのか
一般に、有料デジタルが失敗するパターンは2つだ。
1つめは、サイトの有料化を仕掛けることによって、サイトのPVが激減してしまうことだ。これまで無料のニュースを広告収入で運営してきたメディアにとっては、一定期間収入が激減してしまうのは耐えられない。
2つめは、有料デジタルの購買者と、紙の読者では、まったく質が違うということがわかってないということだ。特に「雑誌」「週刊誌」は、書店やコンビニで人目につく最高の立地に商品を置かせてもらえているが、デジタルではそうはいかない。紙と同じ発想で安易なコンテンツをつくっても、埋没してしまうのだ。デジタルでお金を払ってもらえる記事とは何かを、紙の編集部はまったくわかっていないように見える。
この2つを乗り越えるには、編集部にかなりの技量が求められるだろう。紙代、運搬費の高騰に加えて、広告費激減、少子高齢化に襲われる一方で、インバウンド需要は取り込めない。日本の過疎地域と同じような問題を抱える紙の出版業界は、このまま死んでしまうのだろうか。私のような雑誌好きには悪夢でしかない。各編集部の奮起に期待したところだ。