リモートでもタバコ禁止!「健康経営」企業のやりすぎ健康強要の実態…社員の私生活介入、監獄人生のはじまり
個人の私生活を尊重しない行き過ぎた健康主義が企業で謳われていないだろうか。元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏が警鐘をならすーー。
行き過ぎた健康主義「リモートワーク中の自宅での喫煙を禁止」
コロナ禍の笑い話としか思えなかったが、禁煙を推進する会社がリモートワーク中の自宅での喫煙を禁止したというニュースが相次いで報じられていた。パソコンの画面の向こうでタバコを吸おうと誰の迷惑になるというのだろう。禁止すべきは、実態や生産性を考えても「お酒」のほうなのだが、とにかく禁煙なのだという。
そんなおかしなことをやるのは、どんな企業なのかと当該ニュースを覗いてみると日本を代表するような名だたる企業が名を連ねている。大企業がこの状況である。それに倣う中小企業もでてくるだろう。日本社会全体が、いよいよ個人の生活にまで手を突っ込んできたということなのだろう。ひと言でいえば「大きなお世話」だ。このひと言で議論は十分なのであるが、こうした企業の取り組みの背景には、経産省が強引に推し進める「国策」がある。
その名も「健康経営」(健康経営優良法人認定制度)という。経産省のホームページによれば<健康経営に取り組む優良な法人を「見える化」することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人」として社会的に評価を受けることができる環境を整備することを目標としています>ということらしい。仕組みは、会社における『人事評価』のような項目が全部で24あり、その項目で高い評価を受けると、「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」「健康経営ホワイト500」などとして表彰される。
従業員の私生活を尊重することなどはどうでもいい
現在、この「健康経営」を実践している企業に就職を希望する学生が増え、人手不足に悩む企業が慌ててこの項目を達成しようと躍起になっている。躍起になっていると書いたが、「躍起になることが可能な」企業というのも実は限られている。経営のリソースの少ない中小企業は困っているところだろう。経産省ヘルスケア産業課が昨年6月につくった「健康経営の推進について」という資料には、<健康経営銘柄2021に選定された企業の平均株価とTOPIXの推移を、2011年9月~2021年9月の10年間で比較。銘柄に選定された企業の株価はTOPIXを上回る形で推移している>などと誇らしげに書いてあるが、これらは単純に「健康経営」が進んでいるから株価が好調なのではなく、経営資源に余裕がある企業しか「健康経営」に取り組めないというだけだろう。これをもって、健康経営が、本当に従業員の健康にプラスになっているのか、本当に経営にプラスになっているのかは大きな疑問が残る。現状では、従業員の私生活にまで踏み込んで健康度を測定し、監視し、促進するために、多くの経営資源が必要であり、具体的には中間管理職の仕事を増やしている。そのコストは利益を上回るのだろうか。
項目をみていこう。会社が職場環境を良くするためにやることは大歓迎であるが、従業員の私生活にまで踏み込むような項目がある。具体的には「食生活の改善に向けた取り組み」「運動機会の増進に向けた取り組み」「従業員の健康診断の実施(受診率100%)」「女性の健康保持・増進に向けた取り組み」「喫煙率低下に向けた取り組み」「受動喫煙対策に関する取り組み」だ。タバコについてはわざわざ2項目設けてあり、他の項目はいずれかを選択して達成すれば良いのに対し、受動喫煙対策は必須項目となっている。冒頭にとりあげたニュースにでてくる企業などは「健康経営」取得に必死になっていて、従業員の私生活を尊重することなどはどうでもよくなっているのだろう。
私自身の経験をお伝えしたい。私は奇病にかかった
最後から2番目の項目には「健康経営の実施についての効果検証」が会社に必須となっていることから、この「健康経営」取得を目指せば、従業員の健康や私生活への調査・管理・命令(禁止を含む)が実行に移されることになる。ここで、私たちが自分たちの私生活を他人に把握されるとどうなるのか考えてみてほしい。「やましいことがないならオープンにしてもいいではないか」などと考えるとすれば、相当、健康に自信がある人だろう。
私自身の経験をお伝えしたい。私は、経済誌編集部で働く前に、国会議員の秘書をしていた。そして、原因不明の奇病にかかり、一年半の休職・闘病を余儀なくされた。奇病が奇跡の完治をしたことは長くなるので別の機会にと思うが、いずれにしろ長いおやすみが明けて、政治家になる気もさらさらなくなっていた私は、出版社へ転職しようとした。
もちろん、就職活動中は、病気で長期間生死の境をさまよっていたことは、完全に伏せた。もし、正直に、実は半年前までずっと入院していたことなど話したら、就職にプラスにならないという判断だ。見事、就職に成功したが、その後5年間はずっとそのことを黙っていた。入社して総務から「昨年の給与があまりに低いのはなぜか」と疑問を投げかけられてドキッとしたが、「いやあ、議員に安い給料でこきつかわれてましたー」などと誤魔化した。入ってしまえばこっちのもんだとは考えたが、内心、ゾッと冷や汗がでていた。昨年の年収に応じて税金が課せられていることを知らなかったのである。
ジャンクフード食べるな、酒飲むな…禁欲がストレスでしかない
今、43歳になった。忙しすぎる雑誌編集部から独立したせいで心身ともに私は健康になったが、加齢による衰えも感じているところであり、今後の自分の健康がどうなっていくかは強い関心事項だ。また、私でなくても、週刊誌・月刊誌編集部の友人たちはメンタルをやられ、暴飲暴食の限りを尽くして健康診断の結果に怯えている毎日だ。
しかし、ギリギリのところでダイエットをしたり、ゴルフをはじめたりと自分でなんとか健康を保とうとしている。もし、これらの健康情報が会社や国に知られることになったら、将来にわたって自己実現の障害となろう。会社人生をずっと健康でいられるならいいが、持病をもちながら皆働いているのである。だから、やはり会社が個人のプライバシーに踏み込んでくることに私は不安を覚えるのである。
ましてや自宅でお酒を飲む、焼肉を食べる、スナック菓子を食べる、タバコを吸うことなど、完全に自分の人生の問題である。人に迷惑をかけることは改めなければならないが、そうでなければ、経産省や会社に命令を受ける立場にはない。申し訳ないが、ジャンクフードを食べるな、酒を飲むな、タバコを吸うなと言われても、私にとってはその禁欲がストレスでしかない。
悪いことをしていないのに監獄にいるかのような人生
とはいえ、「健康経営」における従業員を健康にするという理念には賛同できるかもしれない。まずは、現在の「健康経営」から、従業員サイドが取り組まなければならないこと、会社側が従業員の私生活・プライバシーに関することまで調査・把握・管理・命令(禁止を含む)することを項目から削除すべきだろう。