処理水問題”中国がこうなることはわかっていた”対応策ゼロの岸田外交「日本に罰を与える鬼の政権」習近平に土下座外交の情けなさ

元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏は「東京電力福島原発の処理水について中国がいちゃもんをつけてきた問題の発端は、早くから手を打たなかった岸田外交にある」と一喝するーー。
原発処理水をめぐって、中国との情報戦が始まった
東京電力福島原発の処理水を巡って、問題は中国との情報戦の様相を見せ始めている。外務省資料から、これまでの経緯をまとめると以下のようになる。
8月24日、海洋放出が開始されると、中国外交部は、日本の海洋放出開始に対して「断固たる反対と強烈な非難を表明し、誤った行為の中止」を求める報道官談話を発出した。
同日、呉江浩(ご・こうこう)駐日中国大使から日本の岡野正敬外務事務次官にも同様の申し入れがあった。同日、中国海関総署(税関)は、日本からの水産物輸入の全面的な停止を発表した。その後、中国からの嫌がらせの電話が日本中の飲食店や役所に寄せられた。
放出するトリチウムの量だけを見れば、より危ないのはむしろ中国の原発の方だ
改めて言うまでもないが、日本が海洋に放出した処理水は、汚染水をALPS処理し、さらに海水で100倍以上に希釈したものだ。規制基準(6万ベクレル/L以下)を満たし、WHOの飲料水基準(1万ベクレル/L)を満たす、1500ベクレル/未満にまで濃度が下がったものである。規制基準の1/40、飲料水基準の1/7ということになる。
他方、中国の原発では、1年間に液体で、紅沿河原発は87兆ベクレル、寧徳原発は98兆ベクレル、陽江原発は107兆ベクレル、泰山第三原発は124兆ベクレルのトリチウムをそれぞれ海洋や河川等に放出している(出典:『(参考)世界の主要な原発におけるトリチウムの年間処分量』)
日本の福島では、「ALPS処理水」を海洋放出するにあたり、放出するトリチウムの年間の総量は、事故前の福島第一原発の放出管理値(年間22兆Bq)を下回るように設定されている。数字だけ見れば、むしろ危ないのは中国である。
トリチウムは、人体にも数十ベクレル、降り注ぐ雨にも220兆ベクレル/年、水道水にも1ベクレル/L含まれているものだ。ごく弱い放射線だが、体内に入っても蓄積されず、水と一緒に排出される。これらの点は、国際原子力機関(IAEA)の包括報告書でも、「人及び環境に対し、無視できるほどの放射線影響となる」と結論づけられている。
中国国民の9割が処理水放出を危険と感じていたが、岸田首相は不安払拭のための外交努力をしてこなかった
無視できるほど無害な処理水に対して、ヒステリックな反応をしている中国だが、これには伏線があった。まず、去年(2022年)3月に、東京大学の関谷直也准教授(災害情報論)が行った調査があり、この結果が読売新聞(2023年2月14日)に掲載されている。日本、韓国、中国、台湾、シンガポール、ロシア、ドイツ、フランス、英国、米国の計10か国・地域の大都市でインターネット利用者計3000人(20~60歳代)を対象にしている。「その結果、『海洋放出が行われた場合、福島県産食品の安全性をどう思うか』との質問に対し、『とても危険だ』と『やや危険だ』との回答の合計が日本は36%だった。一方、残る9か国・地域はいずれも6割を超え、高い順から韓国93%、中国87%、ドイツ82%、フランス77%、台湾76%、米国74%と続いた」という結果が出たという。
つまり、中国では、9割に近い人たちが処理水放出後の福島県産品について危険だと感じていたのだ。そもそも、2021年4月13日には、関係閣僚会議で「処理水の処分は、福島第一原発の廃炉を進めるにあたって、避けては通れない課題だ。基準をはるかに上回る安全性を確保し、政府をあげて風評対策の徹底をすることを前提に、海洋放出が現実的と判断した」と述べ、海洋放出を決定しているのである。
その後、菅前首相は退陣し、岸田文雄首相へとバトンタッチした。2年近い在任中に、処理水放出に危険を感じる隣国の中国や韓国に対して、きちんと説明をする外交努力をしていたとは到底思えない。
習近平は処理水を「放射能汚染水」と表現してプロバガンダ
その象徴と思われるのが、2023年3月21日の、中国の習近平主席とロシアのプーチン大統領との首脳会談と共同声明だ。
当時は、ウクライナ問題に対する両国の立場の違いが浮き彫りになったが、この中で「日本に対しては、昨年発表した共同声明に続き福島第一原発の処理水問題を挙げ、海洋放出計画への深刻な懸念を表明。『日本は周辺国などの利害関係国や関係国際機関と十分な協議を行わなければならない』と強調した」(朝日新聞・3月22日)ことだ。声明では、処理水を「放射能汚染水」と表現している。
プーチン大統領が、これまでのところ福島の処理水について、大きな動きをしていないことを考えると、この声明を持ち出したのは、習近平主席本人ということになる。習近平主席が強い意志で、この日本への全面禁輸を仕掛けているのである。
岸田外交の失敗。中国包囲網を築きながら親中をアピールする滑稽さ
この動きにまったくの鈍感にしか動けなかったのは、岸田外交の圧倒的な失敗であろう。岸田首相は、この強いメッセージが理解できず、自分や外務大臣である林芳正氏が親中派であるという自負から、中国包囲網を続けていった。
サミットではヨーロッパ諸国が中国への配慮をにじませていることに歩調を合わせていたが、中国包囲網以外の何物でもないQUAD(日米印豪)を嬉々として開催し、その後、韓国大統領とアメリカを訪れ、日米韓の首脳会談を行ったのである。
中国やロシアは外交的メッセージを盲信することはない。実際に自分たちに対してどういう行動をとっているかで「冷たく判断」していくわけである。
ロシアが他の西側諸国と比較して日本に対して怒りを発していないのも、ウクライナに武器を送らず、期限切れしそうな自衛隊メシ、ヘルメット、必勝しゃもじ程度のものしか供与してない点だ。
逆に、中国が怒っているのは、いくら親中派の外務大臣がどうとりつくろうとしても、やっていることは中国を刺激することばかりだったということだ。
習近平が仕掛けてきた以上、処理水問題はしばらく長引く
もしも世界一狡猾で、賢かった安倍政権、安倍外交であれば、日米韓の会談のその足で、北京へ赴くことぐらいしたであろう。何もせず、習近平主席の怒りを察知することができなかったのだ。習近平主席は、これまで使えるものは何でも使ってきたし、表情には出さず静かに政敵を葬ってきた経歴がある。また中国の体制から考えて、習近平主席が自ら日本の処理水を問題視しているとなれば、周囲は完璧な忖度をし、その線に沿った情報しか習近平主席へあげなくなっている可能性がある。
今、岸田首相が、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議に出席のためインドネシアを訪問していて、9月6日午後、ASEANプラス3(日中韓)首脳会議の開催前に、中国の李強(リーチアン)首相と短時間、接触したが、何の改善ももたらさらないであろう。
習近平主席が言い出した問題である以上、解決まで時間が長引くことは覚悟しなくてはいけない。
やはり、安倍首相のもとで、外務大臣をちょっとやっていったからといって、「外交の岸田」などと自負をはじめるような人物の外交がうまくいくことなど、期待してはいけなかったのだ。国難に際して、中国へ土下座外交を開始し、漁師にカネをばらまくだけの惨状には目を覆いたくなる。
日本には、いくつか外交オプションがあった。例えば、中国の全面禁輸に対抗して、こちらも禁輸する。WTOに提訴する。これらは、禁輸については中国側のさらなる対抗処置を恐れて、WTOについては時間がかかることから見送られている模様だが、押せば引くと思われればさらに押してくるというのが外交である。どうせ解決には時間がかかるのだから、日本は国家としての矜持を見せなくてはならないときだ。