安倍の命日に”安倍派大復活”へ…萩生田・世耕の「共同代表計画」岸田下ろしが本格化する
安倍派の意向に反し増税をゴリ押しする岸田首相
岸田文雄首相の支持率が低空飛行を続ける中、自民党最大派閥が不気味な静寂に包まれている。昨年夏に安倍晋三元首相というリーダーを失い、会長不在が続く「清和政策研究会」(安倍派)は昨年末の防衛費大幅増に伴う財源論で「見せ場」が生じたものの、迫力不足を露呈する悲しい師走を迎えた。政界において「数は力」となるはずだが、羅針盤を喪失した最大派閥はいまだ存在感を発揮できないままだ。命日までには新しいトップを選ぶべきとの声もある中、政権のパワーバランスを変化させ得る巨大派閥はいつ、どこで動き出すのか。
昨年12月に決定された防衛費大幅増をめぐる安倍派の動向は、自民党内に意外なショックを与えた。その理由は、安倍氏亡き最大派閥の意向が岸田首相によって容易に覆されることが証明されたからだ。時系列で追うと分かりやすいが、まず安倍氏はNATO(北大西洋条約機構)の加盟国がGDP(国内総生産)の2%以上を目標にしていることを念頭に、日本の防衛費を2%に増額するよう主張していた。この点においては岸田政権が「実現」したと見ることができる。
問題は「財源」だ。安倍氏は昨年4 月の安倍派会合で「防衛予算は消耗費といわれているが、それは間違いだ。次の世代に祖国を残す予算である」と述べ、国債発行によって財源をまかなうことが選択肢と唱えている。これに対して、岸田首相は年末に「国債で、というのは未来の世代に対する責任としてとりえない」と拒否した。だが、安倍氏が権勢を振るっていた時には国債論に否定も肯定もしない姿勢を貫いている。つまり、圧倒的な存在感を自民党内で見せていた安倍氏が不在の今、最大派閥は「ゴリ押しできる相手」と映ったのだ。
岸田首相は最大派閥・安倍派の「力」を読み切っている?
安倍派は岸田政権ナンバー2の松野博一官房長官、党の政策を決める萩生田光一政調会長らを輩出している。ただ、政府内の調整は財務省・経済産業省で進み、自民党内は首相の信頼が厚い麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長を中心とする枠組みで重要事項が決定されることが多い。安倍元首相の最側近だった萩生田政調会長は「国債の選択肢も排除しない」と増税論を牽制し、安倍派の西村康稔経済産業相も企業の賃上げムードに水を差しかねないと慎重な姿勢を見せたものの、師走の短期間で岸田首相は法人税、所得税、たばこ税の3税を増税する決定を強行した。
一時は安倍派会長への昇格が取り沙汰された塩谷立会長代理は12月1日の派閥会合で「安定財源が年内に決着できるかというのは本当に難しい」と語っていたが、その“読み”も外れる始末だった。一連の流れを見れば、岸田首相が最大派閥の「力」を読み切っていることがわかるだろう。
昨年9月の党総裁選で安倍氏の全面支援を受けた高市早苗経済安保相(無派閥)も12月10日、自らのツイッターで「首相の真意が理解出来ません」などと増税方針に異を唱えていた。だが、これを「考えは閣内でも共有されている」と一蹴したのは松野官房長官である。安倍氏が存命ならば派閥や側近議員らは一枚岩となり、いずれも起きなかった摩擦といえる 。
「増税には国民の信を問わなければならない」…揺さぶりをかける萩生田政調会長
では、このまま最大派閥の力は失われ続けるのか。“復権”できるか否かのポイントは二つある。一つ目は再び防衛費の財源問題だ。政府・与党は法人税などの増税で4分の1の財源を賄う一方、4分の3は歳出改革などで確保する方針を示している。増税以外の財源確保策を検討するため、1月19日にキックオフした自民党の特命委員会(委員長・萩生田政調会長)を足場に増税反対論を巻き起こし、首相に修正を迫ることに成功すれば存在感を誇示できる。
反対派が多い安倍派には、国債の一部を借り換えながら60年間かけて返済を目指す「60年償還ルール」を見直すことで財源を確保すべきとの声があがる。1月10日、見直し論に言及した自民党の世耕弘成参院幹事長は安倍派の次期会長候補の1人だ。もう1人の有力候補である萩生田政調会長も、昨年12月のフジテレビ番組で「もし増税を決めるのであれば、過去の政権がいずれもそうだったように国民の信を問わなければならない」と首相サイドに揺さぶりをかける。増税の開始時期などが最終決定される今年12月までが「見せ場」で、首相の増税プランを少しでも翻意させられるかが勝負と言える。
もう一つのポイントは、安倍氏の命日をにらみ最大派閥が一枚岩となれるか否かだ。これは新しい会長に誰が座るのかを意味する。昨秋には塩谷会長代理の昇格案が浮上したものの、参院側や若手・中堅議員の慎重論で取り消しになった。最大派閥の長ともなれば総理・総裁を目指す人物が適任であるためで、後継としては「将来の宰相」候補でもある萩生田氏、世耕氏らの名があがる。
「萩生田・世耕」の共同代表案も浮上…安倍後継者選びは衆院選の時期に左右
萩生田政調会長は、かつて清和政策研究会を率いて今も隠然たる力を見せる森喜朗元首相が溺愛してきた人物だ。森氏は党政調会長を務めた後、党幹事長に就いて力を蓄えトップに上り詰めている。文部科学相や経産相を歴任し、党三役を経験した萩生田氏も幹事長に就くことができれば、衆目が一致する最大派閥会長・首相候補になるだろう。
だが、岸田首相の下で幹事長に任命される可能性は必ずしも高くはない。その理由は現在の茂木幹事長が不動ともいえる存在だからだ。自民党第4勢力の岸田派を率いる首相は第2派閥の茂木派と麻生派に支えられて政権運営している。ここで茂木氏をポストから外せば不安定化し、「岸田おろし」の風が吹き荒れる可能性は捨てきれない。安定重視型の岸田首相がリスクをとることは考えにくく、萩生田氏が幹事長ポストを経ずに成り上がることも容易ではない。
そこで浮上しているのは、ひとまず「萩生田・世耕」の共同代表制とするプランだ。清和政策研究会は町村信孝会長が福田康夫政権で官房長官に就いた際、中川秀直元幹事長や谷川秀善元参院幹事長との3氏による代表世話人体制に移行した例がある。安倍氏の命日を機にとりあえずは共同代表制とし、「次」に備えるべきだとの声があがる。
カギとなるのは、次期衆院選の時期だ。岸田首相は早期の解散総選挙に慎重な姿勢を見せるが、萩生田氏が要求したように増税時期などが正式決定された時には国民の審判を仰ぐ必要性に迫られる。今年末に決まれば、年末・年始で信を問う可能性が高まるだろう。その時に参院実力者の世耕氏がかねて意欲を示してきた衆院議員への鞍替えを果たせば、参院安倍派(清風会)の40人に加えて衆院側にも「世耕待望論」が生じるのは想像に難くない。
解散総選挙が早まれば世耕氏の発言力は増し、遅くなれば萩生田氏がどこかの時点で幹事長に就く可能性も出てくる。ひとまずは集団指導体制に移行するにしても、両氏がどのように歩調を合わせるのかで最大派閥の「力」は大きく左右されることになるだろう。
清和政策研究会の歴史は、福田赳夫元首相の「福田系」と安倍晋太郎元外相の「安倍系」が混在し、時にいがみ合う場面も見られてきた。権力の頂点が間近に見えた時、安倍氏のレガシーを背負う萩生田、世耕の両氏はいかに振る舞っていくのか。その言動から岸田首相が目を離せないのは間違いない。