なぜ、君は投票すらできないのか…投票行動は政治と距離を置く有力な方法【追悼安倍晋三】
参議院選挙で投票しない人は何事もうまくいかない
現代社会をうまく生きていくためには、ものごとの本質を理解する必要がある。
「政治」の核心はどこにあるかということもその一つ。話題を呼んだ映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の監督、大島新さんと先日お話しした時に耳にした言葉がずっと心に残っていて、忘れられない。私を含む現代人の政治に対する距離感のようなものの原因が、深いところでわかったような気がしたのである。
その話には少し後で戻るとして、そもそも、政治とは何だろう? 選挙は、何のためにやっているのだろう?
この原稿を書いている今、参議院選挙が真っ盛り。東京の街を歩いていても、しばしば、熱風の中、候補者たちが精一杯の訴えをしているところに出会う。
私は今回の選挙については全く中立的で、どんな結果になってもそのまま受け止める。ただ、投票率は上がればいいなと思っている。国政選挙の投票に向かう人が少ないと、あまり良いことにならない。国として好ましくないだけでなく、一人ひとりにとってもそうではないかと思う。
だから、私は必ず投票に行くと思う。ただ、どのように一票を投じるか、現時点では決めていない。
投票するかしないかは、選挙に対する態度だけでなく、その人の生活のさまざまなことに関係してくると思う。最近ネットでしばしば見かける表現を使えば、「そういうところだよ」ということになるかと思う。投票することが、他の多くの人生の側面の成功、好転につながっていくと考えるのである。
選挙に参加する人は成功をつかむ人、という関係性
認知科学、脳科学では、「相関」というものを見る。ある特定の状況下での行動の傾向と、人生のさまざまなことの間に、どのような関係性があるのかということを統計的に分析するのである。
例えば、子どもが大好物のマシュマロを食べるのを我慢できるかどうかという行動と、その子の人生における「成功」(学校の成績や社会での活躍など)との間に相関があるという報告がある。有名な「マシュマロ実験」である。
食べるのを一時的に我慢すると、後でさらに多くのマシュマロがもらえる。将来の利益のために、「今、ここ」の欲望を我慢できるかどうか。そのような前頭葉を中心とする脳の使い方が、未来の「成功」へとつながっていく。