鬼の岸田「不出馬表明」を仕掛けた麻生太郎vs菅義偉の最終決戦…え、誰なの?謎のゴリ押し”小林議員”の後ろにあのドンの影「若返りでもなんでもない」
9月12日に告示される自民党総裁選は、10人前後が立候補する大乱戦となりそうだ。勝敗を左右してきた派閥の力学が失われ、立候補予定者は“党内序列”に関係なく奔走している。立候補には推薦人20人を確保しなければならないハードルが存在するものの、思想信条や当選回数などが近い同志を集め、イチかバチかで権力の頂点を狙う。そんな中で小林鷹之前経済安全保障相が出馬表明をしたが、その知名度の低さに疑問を感じる国民も多いだろう。そもそも「コバホーク」などと自民党の一部がメディアと一緒になって愛称を定着させようと「ゴリ押し」していることに違和感を覚える人もいるはずだ。しかし、政界事情に通じる経済アナリストの佐藤健太氏は「今回は小林氏の出馬がポイントで、『代理戦争』にも注目したい」と見る。そのワケは―。
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「あちゃ~、こりゃ難しいな」
「あちゃ~、こりゃ難しいな」。自民党閣僚経験者の1人は8月19日、テレビ中継を見つめながら複雑な胸中を明かした。視線の先にあったのは、「ポスト岸田」候補として初めて正式な出馬表明を行った小林氏の記者会見だ。1人目の出馬会見ということでNHKが生中継で報じるなどメディアの注目が集まった。だが、小林氏の会見はそれ以上に重要な意味を持つと言える。
なぜ小林氏の立候補が衝撃を与えるのか。その1つ目のポイントは、記者会見場に並んだ国会議員たちの姿にある。司会の武部新衆院議員をはじめ山田賢司、大野敬太郎、熊田裕通、斎藤洋明、務台俊介、高木宏壽、吉田真次、松本尚、小森卓郎、和田義明、勝目康、細田健一、岩本剛人、宗清皇一、大塚拓、石井拓、中曽根康隆、岩田和親、森由起子、鈴木英敬、福田達夫、塩崎彰久、鬼木誠―の24議員が参加していたのだ。その表情は「もう党幹部やベテランの言うことは聞かないよ」とでも言うように、どこか吹っ切れたものを感じさせた。
「保守系が分裂してしまう。これは結果的に『高市潰し』だ」
こうした面々に先の閣僚経験者は驚きを隠せなかった。その理由は、この会見に参加した議員の中には、今回も総裁選への出馬を目指す高市早苗経済安保相の“同志”が複数人みられたからだ。安倍晋三元首相亡き今、自民党保守派の代表格とされる高市氏は「『日本のチカラ』研究会」という勉強会を重ねてきたのだが、そこには会見参加議員の鈴木氏や高木氏らも加わっていた。
立候補会見した小林氏にいたっては、3年前の前回総裁選で高市氏の推薦人に名を連ねており、別の閣僚経験者は「保守系が分裂してしまう。これは結果的に『高市潰し』だ」と不満を募らせる。もちろん、3年前に誰かを支持したからといって次の機会に立候補したり他候補を応援したりするのは自由だ。とはいえ、前回総裁選で議員票2位と予想外の善戦を見せ、「ポスト岸田」の最有力候補と目されてきた高市氏は支持層が被ったことで厳しい状況に追い込まれるのは事実だ。
小学校の卒業文集に「総理大臣になってアフリカの難民を救う」
小林氏の出馬が意味する2つ目のポイントは、次期総裁に最も近いとみられている小泉進次郎元環境相とも支持議員が重なる点にある。小泉氏は当選5回の43歳で、小林氏は当選4回の49歳。派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金問題で自民党が逆風を受ける中、「刷新感」を求める党内には「40代の首相」を望む声が根強い。その意味から2人は“適任”のはずだ。
ただ、小泉氏にとって痛いのは小林氏の会見に参加した24人の議員はいずれも当選1~5回の若手・中堅議員であることだ。政権奪還を果たした2012年の総選挙以降、自民党の中で若手・中堅議員は最大のボリュームゾーンになっており、小泉氏支持の議員は「ここが被ってしまうのは正直言って痛い」と漏らす。
では、いち早く出馬に名乗りを上げた小林氏は「保守系」「同世代」で重なる中、なぜ出馬に踏み切ったのか。もちろん、最大の理由は自らの「功名心」にあることは疑いようがない。小学校の卒業文集に「総理大臣になってアフリカの難民を救う」と書いたという小林氏は、開成中学・高校を経て東大法学部を卒業。旧大蔵省(財務省)に入省し、ハーバード大学修了という絵に描いたような超エリートだ。
野党だった自民党・谷垣総裁に手紙を送って政界入り
米ワシントンの日本大使館に赴任していた2009年、我が国の国際社会における存在感の低下を危惧し、当時は野党だった自民党の谷垣禎一総裁に思いの丈をつづった手紙を送って政界入りを決断したという。
2012年末の政権奪還選挙で初当選し、2016年8月には防衛政務官に就任。岸田政権発足に伴い2021年10月からは初代経済安保相に就いた。科学技術・イノベーションや知的財産戦略などの分野に精通し、若手のホープとして「世界をリードする日本をつくる」と野望を隠さない。
もちろん、小林氏は本気で総裁選での勝利を目指しているだろう。派閥の影響力が失われ、混戦模様の今回は若手議員にとって最大の好機を迎えたのは事実だ。ただ、先に触れたように小林氏の立候補の裏には「異なる野望」が存在しているように映る。立候補する当事者の小林氏の思いとは別にして、それぞれを支援する“代理戦争”が透けて見えるのだ。
小林の後ろに経済産業分野の“ドン”
小林氏は二階俊博元幹事長が率いた「二階派」(志帥会)に所属してきた。だが、経済安保相に推してくれたのは麻生太郎副総裁が牽引する「麻生派」(志公会)の甘利明元幹事長だ。経済産業分野の“ドン”として次世代半導体の量産を目指す「ラピダス」への巨額支援など、「今や経済産業省は甘利氏の事前了承がなければ政策を動かせない」(経産省幹部)ともいわれる権力者である。
麻生派に所属する甘利氏は、本来ならば同派から出馬を目指す河野太郎デジタル相を全面支援するのが自然だ。だが、脱原発を掲げた河野氏に甘利氏は不信感を募らせるなど2人には深い溝がある。同じ神奈川県選出の自民党議員であるものの、菅義偉前首相に近い河野氏や小泉氏とは距離が生じている。
3年前の総裁選の際、甘利氏は「菅首相がダメだと叩かれた一番の原因が新型コロナウイルスワクチンの迷走と言われた。それで(河野)ワクチン担当相の評価が上がるって、どういう構図になっているのか分からない」と河野氏を批判。河野氏が出馬していたものの、対抗馬だった岸田氏の選対顧問に就いた。
派閥領袖の麻生副総裁は今回、河野氏の出馬に一定の理解を示している。だが、甘利氏が再び河野氏以外の候補者、すなわち小林氏の支援に回る可能性がささやかれている。自民党で唯一の派閥として存続する麻生派だが、同派重鎮の甘利氏が前回総裁選と同様に河野氏以外の支援に動けば河野氏が勝機を見いだしにくくなるのは自明だ。
最終戦争!麻生VS菅「自民党重鎮」大バトル
「今回の総裁選は当事者以上に背後にいる人々が熱くなっているよ」。ある自民党中堅議員は苦笑いを浮かべる。甘利氏としては若手のホープとして期待される「小林カード」を手にすることにより、小泉氏や背後にいる菅前首相に対抗する狙いもあるとみられる。それは派閥領袖の麻生氏も一定の理解をするところなのだろう。
麻生氏と菅前首相は「犬猿の仲」で知られる。安倍元首相という「バッファー」(緩衝材)が不在となった今、2人は岸田政権後のキングメーカーを競い合うライバルだ。唯一の派閥を存続させた麻生氏と「脱派閥」を訴え続けてきた菅前首相の進む道は全く異なる。
小泉元環境相、石破茂元幹事長、河野デジタル相という「小石河連合」を手中におさめる菅前首相に対抗するには、総裁選の決選投票で活路を見いださなければならない。10人前後が立候補する動きをみせる今回の総裁選は、1回目の投票で過半数を超える支持を集めるのは困難との見方が強い。
これはキングメーカーの闘いである
麻生派の河野デジタル相が1回目の投票で上位2人に入りこめば、決選投票では別の立候補者を支援していた国会議員の支持を集める必要がある。そこで甘利氏を通じて小林氏陣営からも票の上積みを図ることができれば望ましい展開になると考えているのではないか。逆に小林氏が上位2人に入っていた場合は麻生派として票を回すことが可能になると言える。
もちろん、菅前首相サイドも「小石河連合」の誰かが決選投票まで進むことができれば、同様に支持票を動かそうとするだろう。その時、河野氏陣営がどのように反応するのかは見物だ。今回の総裁選は立候補者の闘いが熾烈を極めるだろうが、その舞台裏でうごめくキングメーカーの動きも目が離せない。
気がつけば、「令和版所得倍増計画」や「新しい資本主義」「デジタル田園都市構想」といった数々のスローガンを打ち出した岸田政権の政策は、ほとんど何も進むことなく終わった。実質賃金は過去最長のマイナスを記録し、GDP(国内総生産)は4位に転落。増税プランや社会保険料アップという国民負担増のレールを着々と敷く一方で、2024年1月にスタートさせた新NISA(少額投資非課税制度)は「老後に不足するお金はリスクをとって自分たちで稼いでね」というものだ。
言うまでもなく、自民党総裁選は事実上の首相選びだ。魅力的なスローガンを打ち出し、理念を語るのも良いが、当選した人物はそれを実現していく責務がある。派閥がほとんど解消されたとはいえ、いつまでも永田町の論理で政策を決められていたのでは、たまったものではない。もはや単に「聞く力」ではなく、国民が共感できる「寄り添う力」を発揮できる総理・総裁を選んで欲しい。政権与党・自民党が負うべき責任は極めて重い。