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「マスク氏の報酬、納得できない」約920億円のテスラ株をすべて売却、利益を手放した欧州最大の年金基金のゆくえ

(c) AdobeStock

 欧州最大の年金基金がテスラ株式を全て売却するという決断を下した。その背景には、イーロン・マスク氏の報酬パッケージへの異議、そしてESG投資の理念がある。しかし、この決定がもたらしたのは経済的損失という現実と、投資家としての責任を巡る新たな論争であった。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏がこのニュースについてくわしく解説するーー。

目次

ABPがテスラ社の株式をすべて売却

 まずは次の記事を読んでほしい。米ブルームバーグが2025年1月14日に配信したものだ。

 欧州最大の年金基金が、5億7100万ユーロ(約920億円)相当に上っていた米テスラの保有株式を昨年7-9月(第3四半期)に全て売却していた。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の報酬パッケージに賛成できなかったことなどが理由だという。

 オランダの公務員韻年金ABPの広報担当者は12日、マスク氏の報酬パッケージに「問題があった」と回答。保有株売却の決定にあたり、費用やリターン、責任ある投資の要件も考慮したと説明した。

 ABPのテスラ株売却は、オランダ紙フィナンシエーレ・ダフブラットが先んじて報じた。同氏によれば、テスラの労働条件の悪さなども売却の判断につながった。

 マスク氏の報酬パッケージを巡っては、株主が支持したにもかかわらず、米デラウェア州の衡平法裁判所は昨年12月に再び無効との判断を下した。このパッケージはストックオプションなどから成り、当初は26億ドル(約4100億円相当)だったが、衡平法裁判所が無効の判断を下した時点では560億ドル相当にまで膨らんだ。

 ABPといえば日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も先進国のインフラで共同投資プラグラムを始めるなど、日本でもなじみのある存在。教育、政府、建設などの職域年金の資産運用などを手がけており、加入者は480万人。資産管理額は5320億ユーロ。オランダのほか、ベルギーや米国、中国などに拠点を持つ、欧州を代表する国際年金投資家だ。

約460億円の利益を損なう結果に

 米国のカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)とならび、何かと投資行動が話題になる。それだけでもテスラ株売却は十分に話題性を持っていたが、このニュースの重みは「売却後」にある。

 テスラ株は2024年末に403ドル。ABPが売却したとされる昨年第3四半期末の261ドルから、1.5倍も値上がりしている。売却時の残高が邦貨加算で約920億だったというから、保有していればテスラ株の価値は1380億円になっていた計算。別の見方をすれば、ABPは差し引き460億円の利益を上げ損なったことにもなる。

 これをどう考えるべきか。

 ABPは欧州におけるESG(環境・社会・企業統治)投資のリーダー的な位置づけであり、責任投資の分野で市場に強い影響力を持つ。マスク氏の高額報酬に同意できずにテスラ株を売却したのは、ESG投資家がときおり使う「ダイベストメント」(投資撤退)とうい手法とみることができそうだ。よく、欧州の年金が環境保護に不熱心な企業の株式を売却することで抗議の意思表示をすることがあるが、その報酬版だ。

株式を保有したまま、株主の立場から圧力をかけるべきだった

 ダイベストメントには異論も根強い。経営方針が意に沿わない企業の株式を投資家が売却したところで、別の投資家が株主になるだけなので、売られた経営者はあまり痛痒を感じない。むしろ株主として経営を批判し、考え方を変えさせようと努めるのが真に責任ある投資家の態度ではないか、という指摘がよく聞かれる。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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