「トヨタは耐え、マツダは沈む」トランプ関税、米コンサル会社の分析に衝撃…経済誌元編集長「城下町広島経済壊滅の恐れ」

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 自由貿易を前提に築かれてきた自動車産業の国際的なサプライチェーンが、今、政治によって断ち切られようとしている。2025年4月、トランプ政権が打ち出した“関税爆弾”によって、日本の自動車メーカーは大きな岐路に立たされることとなった。企業戦略の巧拙、サプライチェーンの設計、そして政策環境への適応力――これらが、単なる競争優位ではなく「生き残り」を左右する時代が、唐突に訪れたのである。プレジデント元編集長で作家の小倉健一氏が、詳しく解説する——。

目次

日本車に24%の「相互関税」各メーカーに影響

 2025年4月3日、アメリカのトランプ大統領が導入を宣言していた輸入自動車に対する25%の追加関税が、ついに発効した。この措置は、長年にわたり国境を越えた複雑なサプライチェーンを築き上げてきた世界の自動車産業に激震を与えている。

 アメリカのコンサルティング会社「S&P Global Mobility」の分析によれば、2024年に米国内で販売された約1603万台の車両のうち、「46%」が輸入されており、これらがトランプ関税によって直接、影響を受けることになる。

 完成車だけでなく、エンジンやトランスミッションといった主要部品にも5月3日までに同様の関税が課される予定であり、影響の全容はいまだ見通せない。さらに、日本を含む特定の国々には、4月9日から「相互関税」として24%(日本)という別枠の関税も迫っている。保護主義的な色彩を強める米国の動きは、日本の自動車メーカー各社にも大きな影響を及ぼす。その度合いは企業によって大きく異なりそうであり、その際、企業のこれまでの戦略や事業構造の違いが、関税という巨大な壁の前で明暗を分ける。

 世界最大の自動車メーカー、トヨタ自動車は比較的影響を抑えられ、かつ他社と比べると競争優位のポジションを確立できそうだ。一方で、マツダは極めて厳しい状況に直面する可能性が高い。関税発動の報を受け、アメリカ株式市場ではGMやフォードといった米国メーカーの株価さえも急落し、市場全体がこの政策の負の影響を織り込み始めている。S&P Global Mobilityは、この状況を「北米および世界の自動車バリューチェーンをリセットする」ものだと評価する。

関税ショックで市場混乱──トヨタは優位、マツダは苦境か

 トヨタ自動車が今回の関税ショックに対して「問題ない」と評価される背景には、数十年にわたるグローバル戦略、特に北米市場における徹底した現地化がある。トヨタは貿易摩擦のリスクを常に経営の重要課題と捉え、アメリカ、カナダ、メキシコに大規模な生産拠点を構築してきた。トヨタ自動車の発表資料や報道によれば、2023年の北米地域での生産台数は約190万台に達している。S&P Global Mobilityのデータでも、2024年の米国でのライトビークル生産において、フォード、GM、ホンダ、ステランティスと共に「トヨタは最も多くの車両を生産した」5社のうちの1社であり、これら5社で「米国生産の67%を占めた」とされている。この高い現地生産比率は、日本から完成車を輸入する際に課される25%の自動車関税の影響を、企業全体として見た場合に大きく軽減する効果を持つ。

 ただし、トヨタも全ての車両を現地生産しているわけではない。高級ブランドであるレクサスの多くのモデルや、一部の日本生産SUVなどは、依然として日本からの輸出に頼っている。影響が軽微であっても、コスト増は避けられない。

「当面値上げせず」トヨタ、25%関税にも耐える構え

 トヨタの強靭さは、完成車の現地生産体制に加え、部品調達網の現地化と、それを支える圧倒的な企業体力にある。部品供給網は自動車生産の生命線であり、トヨタは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の厳しい原産地規則にも対応すべく、サプライヤーと共に域内調達比率の向上などに取り組んできた。

 S&P Global Mobilityは、USMCA準拠の複雑さを指摘しつつも、カナダ・メキシコ生産において「GM、ステランティス、そしてトヨタはエンジンとトランスミッションの生産を現地化している」ため、準拠の可能性が高いとしている。CNBCの報道(2025年4月3日)が指摘するように、今後発動される部品関税の影響は甚大だが、トヨタのこれまでの努力はリスクを軽減する方向に働くだろう。

 そして何より、トヨタには関税によるコスト増を吸収する体力がある。東京新聞(2025年3月31日、共同通信配信)によると、トヨタは関税発動後も「当面値上げしない」方針を固めた。

マツダは「完成車関税」で最も危うい自動車メーカーに

 同紙によると「原価低減などによって吸収する」というが、「25%になると原価低減の努力にも限界がある」との幹部コメントも伝えられる。さらに、AUTOMOBILES/Nikkei(2025年4月4日)は、トヨタの北米法人が現地の部品サプライヤーに対し、関税によるコスト増の一部を支援する計画を伝えたと報じた。

 対照的に、マツダの置かれた状況は極めて厳しい。トヨタほどの広範な北米生産ネットワークを持たないマツダは、米国市場での販売台数の多くを日本(主に広島)からの完成車輸出と、メキシコ工場からの輸出に依存している。S&P Global Mobilityのレポートでは、「ボルボ、マツダ、フォルクスワーゲン、そして現代自動車(ジェネシスと起亜ブランドを含む)は、それぞれの米国販売の少なくとも60%を2024年に輸入した」として、マツダを最もリスクが高い企業群の一つとして具体的に名指ししている。

 これは、日本からの完成車に対する25%関税や、日本全体への24%相互関税の打撃を直接的に受けることを意味する。加えて、重要な輸出拠点であるメキシコ工場からの輸出も、米墨間の関税リスクに晒されている。

S&P Global Mobilityが指摘するリスク

 S&P Global Mobilityは、メキシコ生産車について「マツダはトランスミッションを輸入しているにもかかわらず、準拠を期待している」としながらも、リスクを指摘している。さらに、5月3日までに発効が予定されている部品関税は、マツダのコスト構造をさらに悪化させる。

 CNBCの記事(2025年3月27日/4月3日更新)で複数のアナリストが指摘するように、部品関税は輸入部品だけでなく、それらを使って米国内で組み立てられる車両のコストをも押し上げる。Bank of Americaは車両価格が少なくとも4,500ドル、Goldman Sachsは輸入車で最大15,000ドル上昇する可能性があると試算している。マツダの場合、企業規模や利益率の面でトヨタほどの体力はなく、この大幅なコスト増を吸収するのは容易ではない。価格に転嫁すれば販売減を招き、吸収しようとすれば収益を直撃する。

“企業城下町”広島の危機 マツダ依存の構造が突きつけられる現実

 さらに価格転嫁については、トランプ大統領は釘を刺している。ウォール・ストリート・ジャーナル(2025年3月27日)は、大統領が今月上旬に大手自動車メーカーCEOとの電話協議で「関税を理由に自動車価格を引き上げるべきではない」と警告を発したとある。ホワイトハウスはそのような動きを好ましく思わないと伝え、一部の経営者は価格を上げれば何らかの罰を受けるのではないかと懸念した。

 マツダの本社は広島県安芸郡府中町にあり、宇品工場も広島市内に位置する。製造機能の中枢が集中し、広島は典型的な企業城下町である。マツダは広島県内において数万人規模の直接雇用を生み出しており、関連会社や取引先を含めた間接雇用も含めると、経済への影響は圧倒的である。製造業の出荷額では輸送用機械が常に上位を占め、その多くをマツダが担う。地域の金融機関も同社の業績に大きく依存している。

マツダ失速が招く悲劇…広島の雇用に影を落とすことは必至

 マツダには県内外に数百社の部品メーカーが連なり、その一部は「マツダ会」として緊密に結ばれている。車は約3万点の部品で構成され、完成車生産の縮小は部品メーカーの経営に直結する。特に中小企業は体力が脆弱で、減産やコスト圧縮が続けば破綻の連鎖を招く恐れがある。マツダの輸出依存度は高く、特に北米市場への出荷比率が大きい。生産拠点の多くが広島やメキシコにあるため、米国の対日・対メキシコ関税の影響を受けやすい構造である。自由貿易体制のもとでは安定的な供給と雇用が維持されるが、関税によってその仕組みは破壊される。一企業への依存度が高い経済構造は、保護主義的な貿易政策によって簡単に揺らぐ。マツダが打撃を受ければ、広島経済も深刻な影響を免れない。

 トランプ関税が突きつける現実は、企業戦略の違いが生死を分けるという冷酷な構図である。トヨタは分散生産と現地化で一定の耐性を持つが、マツダは高い輸出依存ゆえに直撃を受ける。関税は効率性を破壊し、企業努力すら踏みにじる。市場縮小、物価上昇、景気後退の連鎖が現実味を帯びる中、広島経済の屋台骨を担うマツダの失速は、地域社会全体に深刻な影響をもたらす恐れがある。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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