レアアースに590億円投資!トランプ政権で米国政府が「アクティビスト」に変貌…国家が企業経営に介入する是非

株主は市場の参加者に限られる──かつての資本主義はそうした前提に立っていた。政府はあくまで「規制者」であり、株主として経営に影響を及ぼすことはタブーとされてきたのである。だが、経済安全保障や技術覇権をめぐる競争が激化するなかで、その境界は次第に揺らぎつつある。国家が自ら資本を投じ、市場に介入する構図が現実味を帯びているのだ。市場原理と公共目的、投資リターンと政策目標。そのせめぎ合いが資本主義を変質させようとしている。この動きを、日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が分析したーー。
目次
米国政府が“株主”として企業経営に介入
米国のトランプ大統領が企業への資本関与を強めようとしている。複数の報道によれば、政権はロッキード・マーチンやボーイングといった防衛大手への出資を検討しているという。安全保障や雇用政策に加え、対中経済戦略の一環として国家が企業経営に深く関与する姿勢を打ち出そうというわけだ。
企業に口を出すだけでなく、株主として経営の根幹への影響力を強める。国家というアクターが市場の外側から内側へと足を踏み入れようとする構図が濃厚だ。国家は単なる規制者ではなく、一種のアクティビスト(物言う株主)になるのか。そんな未来も現実味を帯びつつある。
「外国に売るな」と叫んだバイデンとトランプ
きっかけの一つは、日本製鉄によるU.S.スチールの買収だった。
日本製鉄は2023年12月、米鉄鋼大手U.S.スチールを約150億ドル(約2兆2000億円)で買収すると発表した。だがこの案件に対し、当時のバイデン政権だけでなく、トランプ氏も真っ向から反対した。両名とも「アメリカの象徴的企業を外国に売るな」と語気を強めた。
注目すべきは、その後の展開である。政権関係者や保守系議員の間から、「米政府がゴールデンシェア(特別株)を持ち、最終決定権を残すべきだ」という声が上がり、実際、ほぼその通りになった。
かねてトランプ氏は積極的な株式市場への介入を示唆し、そのツールとしてのソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)に注目してきた。2024年の演説では「なぜ中国やノルウェーに国家ファンドがあって、米国にはないのか。我々もゲームに参加すべきだ」と語った。
レアアースから半導体、防衛まで…資本と補助金で経営戦略に介入
半導体、レアアース、AI、防衛──国家安全保障と経済戦略が直結する分野で、政府自らが株主として企業に影響力を持とうというわけだ。
たとえば、レアアース大手のMPマテリアルズには、米国防総省が約4億ドル(約590億円)を投じて15%の株式を取得し、最大株主となった。加えて、新設される磁石製造施設への融資、10年間の価格保証契約、生産物の優先購入契約など、政府は同社の供給能力に“深く入り込む”かたちで関与している。
インテルに対しては巨額の補助金が提供され、国内での半導体製造を条件とする支援が進む。ただし、こちらは株式出資ではなく、あくまで補助金のかたちだ。とはいえ、その財政的影響力は、実質的に経営戦略に介入する手段となっている。
防衛大手ロッキード・マーチンやボーイングについては、商務長官が政府出資の可能性に言及した。現時点では具体的な出資は確認されていないが、政権の「検討中」との発言は市場に明確なシグナルを与えた。もはや国家が株式市場に“参加者”として登場する時代が来ているのかもしれない。
国家ファンドは世界の常識 ノルウェー・中国・シンガポールに続く米国
政府の企業への積極的な口出しは、1970~80年代の日本にも一脈通じる。通産省(当時)は、外貨割当や業界再編指導を通じて企業に影響力を行使したが、直接株を持つことはなかった。企業は行政の声を忖度しながら、自律と依存の間で舵を取った。通産省の産業政策への大きな影響力は海外の競争国の大きな脅威となり、「ノトリアスMITI(悪名高い通産省)」とも批判された。
往年の通産省はあくまで許認可や行政指導に比重を置いていた。トランプ流は所有と支配の融合である。選択的に出資し、政策目標を実現する。経済安全保障を名目に、企業経営に“主権の影”が入り込む。
ノルウェーの政府年金基金は、世界最大の国家ファンドとして知られる。ESG方針に基づき、長期・分散投資を行い、気候変動や企業統治に関する議決権も行使する。一方、中国のCICやシンガポールのテマセクは、政府が戦略産業にリスクマネーを供給する「影の株主」として機能している。
米国には従来、こうした明示的なSWFは存在しなかった。むしろ、連邦政府による直接出資は市場介入として忌避されてきた。しかし近年、その前提は崩れている。安全保障、技術覇権、エネルギー供給、雇用維持──市場がカバーしきれない公共目的に対して、国家が資本で応じようとする流れがある。
説明責任なき国家株主 企業に突きつけられる「株主リスク」
「出資するから口も出す」。かつての市場主義のタブーが、次第に溶け始めている。SWFという“制度化された介入装置”が、トランプ政権下でいびつなかたちで現実になりつつあるのかもしれない。
国家は「良き株主」たり得るのか。
民間の機関投資家には、開示義務、運用規律、説明責任、スチュワードシップ・コードが課されている。では、国家には何が課されるのか。出資の判断根拠、退出戦略、議決行使の指針、損失時の責任は不透明なままだ。
政策目的と投資目的が混在するリスクもある。政権の意向によって出資先が選ばれ、リターンではなく政治的意義が優先されるなら、それは株主としての中立性を欠く。さらに、政権交代によって“物言い”の中身が変わるなら、企業にとっては「株主リスク」そのものになる。
IRの相手は投資家から国家へ
国家が株主になるなら、市場参加者の一員としてのルールを自らに課す覚悟が必要だ。
日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、その点で一定のモデルを示す。政治から距離を置き、インデックス運用をベースに、ESG原則とスチュワードシップの理念を組み合わせている。国家の資金を動かすとはどういうことか、民主主義の成熟度が問われるテーマでもある。
企業にとっても、国家という株主の出現は新たな風景だ。
従来、企業は資本市場に向けてIRを行い、ESG対応を進め、年金基金や投資家との対話を重ねてきた。だが今後は、「国家からの対話要請」にも応じる必要が生まれる。それが補助金というかたちであれ、出資というかたちであれ、経営の“もう一人の大株主”として国家が登場する。
経営者にとっては、財務省、商務省、国防総省といった“政府株主”との関係構築がIR活動の一部になる。議決権の行使だけでなく、技術移転や雇用政策、環境規制への対応まで、広範なエンゲージメントが求められる時代に入ったのではないか。
U.S.スチールやボーイングの事例は、単なる例外ではないかもしれない。国家の“声”が市場を動かし、経営の意思決定にも影響を及ぼす時代が始まっている。国家が資本を通じて市場に関与する構図──それは、21世紀型資本主義の再定義にほかならない。
国家は“良き株主”たり得るのか 市場参加者としての覚悟が問われている
国家が株主としての横顔を強めるのであれば、それにふさわしい行動規範も必要になる。政策実現だけでなく、長期的な企業価値の向上という視点を持てるかどうかが試されている。
投資の世界にはインベストメントチェーンという考え方がある。「アセットオーナー→アセットマネジャー→企業」という投資の流れだ。国という株主はあくまでアセットマネジャーであり、オーナーは納税者である国民だ。そうならば、トランプ大統領という株主も国民に受託者責任(スチュワードシップ)を負う。政府版スチュワードシップ・コードが必要だ。