金持ちのくせに何言っているの…無実のジャニタレも社会的制裁を求めた新浪剛史氏「無罪だから辞めたくない」は通じるのか

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 サントリーホールディングスの新浪剛史会長が辞任に追い込まれた。サプリメントの購入をめぐる警察の捜査をきっかけとしたもので、新浪氏自身は身の潔白を主張している。新浪氏はそのサプリを海外で買ったことについて「大変高いものであり、日本よりも米国のほうが安いからという経済的な意味合い」と説明したが、それに対してネットからは「金持ちのくせに何言ってんの」「言い訳が苦しすぎる」といった批判んもあった。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏はこの問題について「経済界のリーダーたちが語る『コンプライアンス』や『社会的責任』といった言葉が、どれほど空虚なものであるかを浮き彫りにした」と語る。小倉氏が詳しく解説していくーー。

目次

自ら作り上げた虚像とダブルスタンダード

 日本経済を代表する経営者、新浪剛史氏がサントリーホールディングス(HD)会長の職を追われた。大麻由来の違法成分を含むとされるサプリメントの輸入疑惑が引き金となった辞任劇は、経済界に大きな衝撃を与えた。

 新浪氏は一貫して潔白を主張している。家宅捜索で違法薬物は発見されず、尿検査も陰性であった。一人の傑出したビジネスリーダーが、疑惑の段階でキャリアの頂点から引きずり下ろされた。この事実は、同情を誘う側面を持つかもしれない。新浪氏が築き上げてきた功績は計り知れない。三菱商事からローソンの社長に転じ、コンビニエンスストア業界に革命をもたらした手腕は伝説的である。2014年には創業家以外から初めてサントリーHDの社長に就任し、海外企業の大型買収を成功させ、同社を世界的な飲料・食品メーカーへと押し上げた。売上高を2倍、営業利益を2.5倍に引き上げた経営手腕は、誰もが認めるところである。

 卓越したビジョンと実行力を持つ経営者として、新浪氏は日本経済の牽引役の一人であった。人間には功績と過ちが共存する。どちらか一方の側面だけで人物を評価することはできない。新浪氏の輝かしい実績が、今回の疑惑によって消え去るわけではない。同時に、卓越した経営手腕が、公人として問われるべき倫理的な欠陥を覆い隠す免罪符になることも決してない。良い功績は良い功績として正当に評価し、犯した過ちや露呈した矛盾は悪いものとして厳しく指摘し続ける必要がある。

 今回の辞任劇は、単なる薬物疑惑事件ではない。新浪剛史という人物が自ら作り上げた虚像と、その下に隠されたダブルスタンダードを白日の下に晒した、日本のリーダーシップのあり方を問う重大な事案である。

 辞任に至る経緯は、新浪氏にとって不運な偶然が重なったようにも見える。発端は8月22日、福岡県警が麻薬取締法違反の疑いで新浪氏の自宅を家宅捜索したことに始まる。

「適法な商品と認識し、米国で購入した」と主張

 捜査は、7月にTHC含有製品の密輸で逮捕された福岡県在住の男の供述に基づくものだった。新浪氏の説明によれば、問題のサプリメントは、頻繁な海外出張による時差ぼけに悩む新浪氏が、米国の知人女性から勧められたCBD製品であったという。新浪氏は違法性の認識を完全に否定し、「適法な商品と認識し、米国で購入した」と主張する。

 購入した製品は、経由地の法規制を考慮し、知人女性が日本に持ち込み郵送する手筈だった。新浪氏の手元には届いていないとみられる。捜査対象となったのは、この知人女性が福岡の弟を介して新浪氏宛に送ろうとした別の荷物であった。新浪氏は、この郵送について自身の関与を強く否定した。サントリーHDの対応は迅速かつ厳格だった。家宅捜索の報告を受けた同社は、新浪氏を除く全取締役・監査役の全員一致で辞任を求める決議を下した。9月1日、米国から帰国した新浪氏は事実上の解任勧告を受け入れ、辞任届を提出した。翌日の記者会見で、サントリーHDの鳥井信宏社長は「サプリメントに関する認識を欠いた行為は会長の要職に堪えない」と、捜査結果を待たずに決断した理由を説明した。

ジャニーズ問題で最も厳しい態度をとったサントリー

 一方、新浪氏は9月3日の経済同友会代表幹事としての会見で、「私は法を犯しておらず、潔白であると思っている」と反論した。サントリーHDの会長職辞任については「大好きなサントリーに迷惑をかけてはいけない」と述べた。会見では「警察から事情聴取などされた会長、社長はみんな辞めなきゃいけないんでしょうか。そういう前例をつくってはいけない」と語気を強め、自身の正当性を訴えた。

 この一連の言動の中にこそ、新浪氏が抱える深刻な問題点が凝縮されている。新浪氏の態度は、明らかな矛盾と自己中心的な二重基準に満ちている。

 それは何か。

 経済同友会代表幹事として、ジャニー喜多川性加害問題に言及した際の姿勢を思い起こす必要があるということだ。当時、新浪氏はジャニーズ事務所のガバナンスの不備を舌鋒鋭く糾弾した。被害者救済が不十分であれば「2〜3カ月以内に所属タレントが出演するテレビ番組のスポンサー降板も選択肢としてあり得る」と明言し、取引停止という最も厳しい経済的制裁をちらつかせた。

自身の疑惑に直面した今、新浪氏の態度は180度異なる

 これは、疑惑や組織の不備が明らかになっただけで、即座に無実のジャニーズ事務所所属タレントにも制裁を加えろ、ビジネス関係を断絶すべきだという極めて強硬な姿勢だった。事務所や、直接加害に関与していない所属タレントたちの生活を根底から揺るがすような発言を繰り返した。欧米基準の「人権重視」を錦の御旗に掲げ、日本企業全体をリードするオピニオンリーダーとしての立場を鮮明にした。疑惑がある組織との関係を継続することは、企業の社会的責任に反するという論理であった。

 自身の疑惑に直面した今、新浪氏の態度は180度異なる。週刊文春電子版の取材に対して「罪のない事案に巻き込まれた」と述べ、自身を被害者であるかのように語った。サントリーHDの迅速な対応を「もっと慎重な判断が欲しかった」「企業としてのガバナンスやサポートが不足していた」と批判した。

 この態度は、驚くべきダブルスタンダードである。他者、すなわちジャニーズ事務所の疑惑に対しては、即断即決で経済的制裁を下すべきだと主張した。自分自身の疑惑に対しては「潔白だ」「調査が不十分だ」と訴え、時間をかけた慎重な判断を求める。ジャニーズ問題では、経営陣が性加害を知っていた可能性だけで「経営継続は非常に厳しい」と断じた。自分の問題では「法を犯していない」と繰り返し、会長職からの退任を不本意なものとして受け止めている。

社会からの同情を求めているように見える

 この矛盾は、単なる自己保身という言葉では片付けられない。公の場で「ガバナンス」や「人権」を厳格に説いてきた人物が、いざ自分の身に火の粉が降りかかると、それらの言葉を棚に上げ、自己の都合の良い論理を展開する。ジャニーズ事務所の所属タレントたちが直面したであろう理不尽さや経済的な不安に対して、新浪氏がどれほどの想像力を働かせたというのか。

 新浪氏の過去の発言は、被害者の救済を第一に掲げつつも、結果として多くの人々の生活を脅かす冷徹さを伴っていた。今の新浪氏は、自分自身に対して社会からの同情を求めているように見える。これは偽善であり、財界のリーダーとして社会に範を示すべき人物の態度として、断じて許されるものではない。もし新浪氏が本当に潔白であり、自らの信条に忠実であるならば、ジャニーズ問題で他者に求めたように、疑惑が浮上した段階で潔くすべての公職を辞し、捜査の進展を見守るべきだったのではないか。

言動に潜む欺瞞性は徹底的に批判されなければならない

 サントリーHD会長職は追われたが、経済同友会代表幹事の職には留まろうとする姿勢も、この矛盾を象徴している。サントリーという一企業のトップとしての資質は欠くと判断された人物が、なぜ日本経済全体を代表する団体のトップには留まる資格があると考えるのか。ここにも、自分にだけ通用する特別な論理が存在する。

 新浪剛史という経営者が、類稀な才覚の持ち主であることは間違いない。その功績は歴史に刻まれるだろう。人間は誰しもが矛盾を抱える不完全な存在である。しかし、社会的な影響力の大きい公人には、より高度な倫理観と、自らの言葉に対する重い責任が求められる。新浪氏が露呈したのは、その責任感の決定的な欠如であった。今回の辞任劇は、新浪氏個人の問題に留まらない。経済界のリーダーたちが語る「コンプライアンス」や「社会的責任」といった言葉が、どれほど空虚なものであるかを浮き彫りにした。新浪氏が無罪であるから社会的制裁を受ける必要がないというのであれば、旧ジャニーズ事務所の所属タレントも無罪であるから社会的制裁を受ける必要はなかったのである。これまで新浪氏が主張していることが事実なら、新浪氏には大きな同情を寄せたいが、であるなら過去の責任ある立場からの無責任な発言については深く反省すべきだろう。

 人間社会は複雑であり、単純な善悪二元論で割り切れるものではない。新浪氏の功績を認めつつも、その言動に潜む欺瞞性は徹底的に批判されなければならない。良い行いは賞賛し、悪い行いは断罪する。その健全な批判精神こそが、社会を腐敗から守る唯一の道である。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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