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「クールジャパンは致命的な失敗を犯した」世界的イスラーム法学の権威・中田考「高市政権はトランプ政権のアメリカか、国際社会からの信用のどちらを取るのか問われている」

(c) AdobeStock

 東アジアの国際情勢が緊迫している中、「国際秩序が不可逆的に変化してしまい、中東からも見放されてしまっている」と指摘するのは、世界的なイスラーム法学の権威、中田考氏だ。「高市政権は、トランプ政権のアメリカか、国際社会の信頼のどちらを取るのか問われている」という。一体、どういうことなのか。

 みんかぶプレミアム特集「2026年大予測」第3回。

目次

サウジアラビアでも日本のアニメは若年層向けコンテンツとして最も即効性と波及力を持つ分野として期待されている

 サウジアラビアは国家戦略「Vision 2030」のもと石油依存からの脱却を掲げ文化・エンターテインメント産業を新たな成長エンジンとして位置付けているが、日本のアニメは若年層向けコンテンツとして最も即効性と波及力を持つ分野の一つと認識されている。

 サウジの公的投資基金 PIF(Public Investment Fund)傘下の Qiddiya Investment Company が開発を進めるエンターテインメント都市「Qiddiya」では、世界初とされる 『ドラゴンボール』大型テーマパークの建設計画が公表された。サウジ政府にとってこれは、観光誘致、国内消費の拡大、雇用創出、さらには自国の若年層に向けた「成功した物語モデル」の提示という複合的な政策ツールである。

 PIFはエネルギーやインフラ投資だけでなく、映画、ゲーム、アニメ、スポーツといったコンテンツ分野にも積極的に資金を投じており、東京で開催された FII Priority Asia Summitにおいても、サウジ側は日本企業に対し日本アニメが長年にわたりコンテンツ、IP(知的財産)力を蓄積してきた分野での対日投資と協業を強く呼びかけた。

サウジ側は日本アニメを「輸入消費」だけで終わらせようとしていない

 サウジ国内でアニメ産業育成を担う中核企業が、Manga Productions である。同社はムハンマド・ビン・サルマン皇太子が関与するMiSK財団の傘下にあり、日本の制作会社と連携しながら、これまでに『キャプテン翼』のアラビア語圏向け展開、『グレンダイザー』のリバイバル的評価、『名探偵コナン』『ワンピース』『ナルト』といった定番作品のイベント展開などアニメ・ゲーム・マンガの制作、配給、人材育成を行ってきた。

 サウジは人口の過半数が30歳未満で、スマートフォン普及率、SNS利用率が極めて高い。NetflixやCrunchyrollを通じて 『進撃の巨人』、『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』、『SPY×FAMILY』といった比較的新しい作品も広く視聴され、アニメイベントではコスプレ文化も定着しつつある。これらは日本国内では「成熟市場」に見える作品群だが、サウジではいまなお「拡張可能なIP」として扱われている。

 重要なのは、サウジ側が日本アニメを「輸入消費」だけで終わらせようとしていない点である。Vision 2030の文脈では、将来的に自国発のアニメ・ゲームIPを育成し、アラビア語圏、さらにはグローバル市場へ展開する構想が明確に存在する。『ドラゴンボール』などは完成された商品であると同時に「産業の教科書」でもあり、協業パートナーとして日本のアニメ産業が参照モデルとして位置付けられているのである。

クールジャパンの失敗の象徴としての中東

 日本政府は2013年に日本の文化コンテンツを海外展開するための官民ファンドとしてクール・ジャパン機構を設立した。しかし設計思想に投資判断に文化戦略・外交戦略の視点が存在せず、成果指標が「国家的影響力」ではなく単年度の会計帳簿であり、失敗しても誰も政治的責任を負わない致命的欠陥があったため、現地では「日本アニメは好きだが、日本語や日本文化への制度的接点が乏しい」と批判され、「作品は売れたが、日本は残らない」という大失敗に終った[1]

 中東に限らず日本のプレゼンスの凋落は加速化している。日本の世界経済に対する存在感を示す最も代表的な指標の一つが世界GDPに占めるシェアである。戦後・高度成長から1990年代にかけての日本は、世界第2位の経済大国として存在感が顕著だった。1994年時点で約18%であった日本の世界GDPシェアは1990年代以降一貫して低下し、2023年には約4%、4分の1以下にまで低下している。

[1] クールジャパンの失敗からも明らかなように戦略的ビジョンもなく失敗の責任も取らず中抜きと利権誘導にしか興味のない日本の政治家や官僚の干渉は有害無益でしかない。日本が中東において真に尊敬を勝ち得るIPを築くことができるとすれば、国粋主義的な「クールジャパン」言説や日本特殊論から距離を取り、マンガを東アジア文明に共有される倫理的・教育的メディアとして位置づける山本直輝(Dr.Qayyim Yamamoto Naoki)のような民間の活動が広まることによるしかない。たとえば英語インタビューにおいて山本は、マンガを近代日本固有の娯楽文化ではなく、漢字文化圏に共通する視覚的思考様式、師弟関係、修養と人格形成を重視する物語構造の現代的継承として捉えている(“The Bond Between Islamic Civilization and Japanese Civilization: Manga”, Traversing Tradition, 2021/11/22日)。そこでは儒教、仏教的な修養倫理や、失敗と再起を通じた徳の涵養が、少年マンガの長期的成長物語に明確に見いだされるとされる。またマンガには西洋近代の抽象的価値教育とは異なる行為と実践を通じた倫理形成の媒体である点が強調され、これはイスラームの修行概念(タルビヤ)とも構造的に親和的だと論じられる(“My Interview with a Japanese Muslim Professor: Manga, Kimono and Matcha Tea”, The Muslim Vibe、2020)。

経済外交にも見える、日本外交の無能・無策ぶり

 サウジアラビアやUAEの輸入相手国順位を見ると、2000年頃には日本は主要輸出国の一角であったが、2023年には中国、インド、EU諸国に押され上位から外れている。さらに日本の中東向け輸出は構造的に自動車へ偏重しており、2024年には中東向け輸出約4兆円のうち自動車が半分の約2兆円を占めた。サウジ向けでは約42億ドル、UAE向けでは約49億ドルが乗用車でありトヨタ車が例外的に高い競争力を維持しているが、自動車以外の機械、電機、消費財分野では中国製品が急速にシェアを拡大しており、日本の総合的プレゼンスは明確に後退している。

 就任後一か月あまりで台湾有事存立危機事態の失言で“死文化(obsolete)”していた“敵国条項”を賦活させた、敗戦後最悪の歴史修正主義・極右排外主義的な高市政権の登場によって、日本外交の無能・無策ぶりが「見える化」[2]した。しかしそれは今に始まったことではない。

 筆者は1986年から1994年にかけて、エジプトのカイロ大学でイスラーム政治哲学を専攻し博士号を取得し、在サウジアラビア日本国大使館で専門調査員として外交に関わり、アラブ諸国で暮らしていた。今から振り返ると当時は日本経済の絶頂期であり、アラブ・中東世界にも日本製品が溢れており、性能がよく何よりも故障が少ないことで信頼性が高く人気が高かった。しかし当時から「日本製品は目にしても日本人の顔は見えない」と言われていた。

[2] 拙稿、中田考「【高市早苗】新総理に待ち受ける冷徹な現実。「対中抑止の最前線に立つ地政学的緩衝国家」としての役割」2025年10月26日『ベストタイムズ』、中田考「【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?(前編)」2025年12月10日『ベストタイムズ』、中田考「【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?(後編)」2025年12月18日『ベストタイムズ』参照。

経済は一流、文化は二流、政治は三流

 当時の日本はバブルの余韻に酔いながらも、政治不信と文化的劣等感が同居しており、「経済は一流、文化は二流、政治は三流」と揶揄されることが多かった。しかしバブルに酔い痴れた日本の劣化は政治から経済、文化にも及び、坂道を転げ落ちるように凋落を続けており、今や日本に残された文化資本はサブカルからハイカルチャーに昇格したアニメ、マンガが残されるのみと言っても過言ではない。冒頭でサウジアラビアの日本のアニメへの熱い期待を紹介したのはそのためである。

 しかし残念なことに日本のアニメやマンガは、脚注[1]で詳述したように中抜きと利権誘導にしか興味がなく日本のソフトパワー(スマートパワー)に結びつける戦略がない日本の政治家と官僚によって食い物にされ、今やIPとしては後発の中国や韓国の後塵を拝するに至っている[3]。 

[3]中国、韓国がIPとしてのアニメの売り込みを外交、経済、安全保障と直結させ言語教育とセットで制度的に推進する国家戦略を有したのに対して、日本は日本語教育を善意の文化交流としか見做さなかった。その結果として中東で日本語を公教育に入れた国も大使館主導の日本語の常設教育拠点はほぼ皆無であり、学習者数も総計数千人に留まっていると推定されている。一方、中国、韓国は国家主導の文化外交インフラとして孔子学院(中国) と 世宗学堂(韓国) を有している。中東は、中国が「一帯一路」戦略と連動して重点投資してきた地域であり、UAEは中国語を公教育(小中高)に正式導入しており、サウジアラビアも2020年代に入り中国語を第二外国語として全国展開している。既に紹介したサウジの「2030ビジョン」でも、英語に次ぐ戦略言語として位置付けられているのは日本語ではなく英語である。また韓国はK-POP/K-ドラマ/eスポーツ/IT産業 を背景に中東を戦略的に重視しており、サウジアラビア、UAE、カタール、トルコ、エジプト、イランに世宗学堂があり、特に湾岸諸国では、若年層、女性、高学歴層を中心に 韓国語学習者が急増している。孔子学院、世宗学院が、サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、バハレーン、エジプト、ヨルダン、イラン、レバノンに存在するのに対し、日本語の常設拠点はエジプト、UAE、イランに小規模なものがあるだけで日本は完全敗北している。

 「日本アニメが世界で成功した」ことと「日本国家の文化戦略が成功した」ことは全く別だという点である。『ドラゴンボール』『ワンピース』『ナルト』『ガンダム』『進撃の巨人』は世界的IPになった。しかしその成功は1980〜2000年代に民間制作会社が市場原理で築いた遺産であり、クール・ジャパン政策(2010年代〜)は この成功を国家戦略として制度化できなかった。

 日本がアニメ・ゲームが中心で過去IP依存だったのに対して韓国は音楽、映像、俳優、言語教育、観光と一体化して売り出しており、中国は映像、SNS、ゲーム、教育、検閲を含む国家統合モデルの中に位置づけている。文化浸透の最重要指標である言語学習者数を比べると、世界の学習者数は日本語が約380万人でしかなく、韓国語は約1,700万人、中国語は1億人規模であり、アニメが世界で流通しているにもかかわらず日本語学習者はほぼ増えていない。これは文化戦略としては致命的失敗である。

 つまり韓国、中国はアニメの普及を国家の戦略兵器化していたのに対して、日本のクール・ジャパンは内閣府、経産省、外務省が分裂し司令塔もなく、投資失敗、赤字案件続出で国内向けの延命だけを目指しており、アニメ人気と日本語教育・人材育成・外交が完全に断絶しており、「作品は好きだが、日本はどうでもいい」層を量産するに至ったが、中東・グローバルサウスでの「敗北」は象徴的である。日本には文化拠点が皆無なのに対して、中国が各国の公教育に中国語を導入しており韓国が世宗学堂やイベントを常設している。その結果、日本は“コンテンツを提供しただけの下請け文化国家”に転落した。

 クール・ジャパンは「成功したフリをした失敗政策」だったが、その原因は文化を国家戦略にする覚悟の差にあり、それが日本と韓国、中国の決定的差であった。日本アニメは成功したが日本はそれを国家の言語普及、人材育成外交に変換できなかったのに対して韓国は変換に成功、中国は支配構造に組み込むことができた。その結果日本は文化的影響力、言語影響力、制度的存在感のすべてで後塵を拝することになったのである。

中東における日本の現在…グローバル・サウスと、欧米諸国(および日本)との対立構図が可視化されてきた

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この記事の著者
中田考

1960年生まれ。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。東京大学文学部宗教学宗教史学科(イスラーム学専攻)卒業。カイロ大学博士(哲学)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、同志社大学神学部教授などを歴任。著書に『みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論』(ベストセラーズ)、『宗教地政学から読み解くロシア原論』(イースト・プレス)、『13歳からの世界征服』『70歳からの世界征服』(共に百万年書房)などがある。

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