「食料品消費税ゼロになると客、消える」悲鳴をあげる飲食店…税政コラムニスト「それよりももっと深刻な問題がある」一体何なのか

選挙戦が始まった。各党は「消費税減税政策」を打ち出しているが、飲食店関係者からは「お客さんが来なくなる」という不安が漏れる。しかしそれは本当なのか。税金政策に詳しいコラムニストの村上ゆかり氏は「海外の経験からは『食料品減税=外食離れ』という単純な因果関係は読み取れない」と指摘する。村上氏が解説する――。
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外食の利用理由は単に「安いから」ではない
今回の衆院選はほとんどの国政政党が何らかの消費減税政策を掲げており、消費減税を争点とした選挙ともいえる。与党である自民党と日本維新の会は「2年間に限り食料品の消費税ゼロ」、中道改革連合、社民党、日本保守党は「恒久的な食料品の消費税ゼロ」、国民民主党は「一時的に一律5%」、共産党は「一律5%、その後廃止」、参政党は「段階的に廃止」、れいわ新選組は「速やかに廃止」を掲げている。
「食料品の消費税0%」は、家計支援策として歓迎する声がある一方、飲食店に悪影響を及ぼすのではないかという指摘されている。新聞やテレビの解説でも「食料品だけ消費税が下がれば、外食との価格差が広がり、飲食店には逆風になる」といった趣旨の指摘が見られる。
この不安は直感的には分かりやすい。スーパーで買う弁当や食材は消費税0%になるが、飲食店で食べれば10%の消費税がかかってしまう。数字だけを見れば、確かに大きな差を感じる。しかし、因果関係を紐解くと決してそうとは言い切れない。
外食の利用理由は単に「安いから」ではない。調理の手間を省けること、時間を節約できること、家族や同僚と同じ場所で食べる体験、店でしか食べられない味といった要素が重なって選ばれている。OECDは付加価値税と消費行動に関する分析の中で、食料や外食は「価格弾力性が低い必需的消費と、体験価値を伴う選択的消費が混在する分野」であり、税率の小さな差だけで需要が急変するとは限らないと整理している。
食料品に低税率やゼロ税率を適用し、外食には標準税率を課している国は多い。例えば、英国では食料品はゼロ税率、外食は標準税率であるが、外食産業が税制を理由に縮小したという事実は確認されていない。フランスやドイツでも、食料品と外食で税率に差があるが、外食需要は景気や雇用の影響を強く受けながら推移している。これらの国の経験からは「食料品減税=外食離れ」という単純な因果関係は読み取れない。
結果的に外食需要の下支えになる側面も持つ
短期的に見れば、食料品0%導入直後には心理的な反応が出る可能性はある。特にワンコインランチや弁当と競合する低価格帯の飲食店では「今日は家で買って済ませよう」と考える人が一時的に増えるかもしれない。ただしこれは「客が消える」というより「選択が揺れる」程度の変化であり、外食需要全体が急減するほどの力は持たない可能性のほうが高い。
中長期的に見ると、飲食店の客足を左右する最大の要因は税率ではなく、実質賃金と雇用環境である。日本では物価上昇に賃金が追いつかず、実質賃金が低下している。この状況では、税率がどうであれ外食は控えられやすい。逆に家計の負担が軽くなり、少し余裕が生まれれば「たまには外で食べよう」という行動は戻りやすいと言えるだろう。
IMFは消費税と景気の関係を分析した報告で「家計の可処分所得を下支えする政策は、サービス消費を含む内需全体の底割れを防ぐ効果を持つ」と述べている。食料品0%は外食を直接支援する政策ではないが、家計の基礎的な支出を軽くすることで、結果的に外食需要の下支えになる側面も持つ。
「食料品の消費税0%」よりも重要なこと
賃金や景気のほうが「食料品の消費税0%」よりも中長期的にははるかに重要だ。景気が良いときほど、税率差の影響は吸収されやすく、景気が悪いときほど、税率差よりも「外食を控える」という判断が優先される。そのため、実質賃金が下がり景気が後退している状況で、食料品0%が導入されても、「外食がさらに急激に減る」というより、「すでに減っている外食需要を止められない」――つまり、食料品の消費税0%があってもなくても根本治療となる実質賃金の上昇や景気回復が生まれるかどうかのほうが重要だということになる。
一方で「食料品の消費税0%」は、制度面で深刻な影響がでる可能性はある。
インボイス制度を例にして考えてみよう。インボイス制度は複数税率により導入された制度であり、消費税が「8%」と「10%」という複数税率の下で仕入税額控除を正確に行う必要が生じた結果、導入された。現在、街の飲食店や小規模事業者からは「インボイスは廃止してほしい」「事務作業が増えすぎて本業に集中できない」という声が強く出ている。
事業者は仕入先がインボイス登録事業者かどうかを確認し、税率ごとに帳簿を分け、保存しなければならない。
税制を複雑にすることは、飲食店を含めた中小事業者に強い制度的負担
大手チェーンは会計システムや専門部署で対応できるが、個人経営の飲食店では、経営者自身が制度を理解し、判断し、責任を負わなければならない。結果として、税率そのものよりも、制度への対応力の差が経営を左右する。売上に直結しないが、見えにくい形で経営体力を削る。税制を複雑にすることは、飲食店を含めた中小事業者に強い制度的負担を集中させることになる。
「食料品の消費税0%」が導入されれば、税率に10%と0%という差が生まれる。当然だが、税率差が大きくなればなるほど、「適用税率の判定」と「仕入税額控除の正確性」が一層重要になる。つまり「食料品の消費税0%」は、このインボイス制度の必要性を強める側面を持つ。
今回の衆院選では、与党、野党を問わず、多くの政党が何らかの減税を公約に掲げている。これは政治が先に減税を思いついたというより、減税を言わなければ選挙で戦えないほど、国民の関心と期待が高まっていることを示している。物価高が続き、実質賃金が下がり、毎月の生活費が重くのしかかる中で、「税負担を軽くしてほしい」「社会保険料が高すぎる」「手取りを増やしてほしい」という声が自然に積み重なってきた結果であり、各党の減税政策は、まさに民意から押し上げられた政策であると言ってよい。
税が複雑になることはリスクだ
しかし、インボイス制度の廃止や見直しを求める声もまた民意である。日々レジに立ち、仕入れをし、帳簿をつけている、まさに現場からの民意だ。
中小飲食店や個人事業者は、経営者自身が判断し、間違えれば責任を負う。ミスを避けるために時間を取られ、帳簿や請求書の管理に追われる。人件費や家賃のように目に見えるコストではないが、確実に経営の余力を奪う。結果として、新しい挑戦を控え、疲弊したまま店を閉じる選択につながる――。こうした影響は「客足が減った」という数字には表れにくいが、地域経済の足腰を弱くする。政策を検証・評価する際、経済影響を「売上が増えるか減るか」「客が来るか来ないか」だけで測るのは不十分で、現場がどれだけ分かりやすく制度を理解できるか、どれだけ本業に集中できるか、どれだけ将来に向けて余力を持てるかまで含めて考える必要がある。
税が複雑になることはリスクだ。それは国税庁HPに記載されている「租税三原則」の一つ「簡素」が示している。
国民が理解でき、現場が回り、経済が自然に動くための前提条件
IMFは付加価値税の制度設計に関する報告書の中で「複数税率は行政と納税者双方の事務を複雑にし、コストを引き上げる」と明記している。税率を分けること自体が、経済活動に付随する負担を増やすという指摘だ。OECDも同様に、消費税の分配と効率性を分析した文書の中で「軽減税率や免税は制度を複雑にし、遵守コストを高める一方で、低所得層に的確に届く効果は限定的である」と述べている。これは、善意で導入された例外措置が、結果として制度全体の効率を下げる可能性を示している。
前述した食料品の消費税0%を導入済みの英国では、テイクアウト vs イートインの細かな区分けで長年裁判沙汰になるなど、制度の複雑さ・遵守コストが高いという批判は根強く存在し、フランスやドイツなどの食料品軽減税率を導入した国でも制度複雑化の弊害は指摘されている。
租税の原則「簡素」は、単なる技術論ではない。国民が理解でき、現場が回り、経済が自然に動くための前提条件である。
私たち一人ひとりのリアルな日常に寄り添う、極めて重要な原則
食料品消費税0%は家計支援として分かりやすく、選挙向きの強いインパクトを持つかもしれない。しかし制度として丁寧に確認すれば、税率差を広げ、インボイスによる厳密な管理を一層必要とする方向は、間接的な経済リスクを伴う可能性がある。政策を議論するにおいてもっとも重要なのはどう日本の経済へ影響するかという議論だ。
日本経済とは、目に見えないマクロの数字ではなく、私たち日本国民一人ひとりの生活、一人ひとりが日々行っている経済活動のことだ。政策が生活実感まで届くかどうかは、税率が何%下がったかではなく、日々の選択が楽になったかどうかで測られる。租税の簡素の原則は、直接的な数字への影響は見えにくいが、私たち一人ひとりのリアルな日常に寄り添う、極めて重要な原則の一つだ。直感的な是非ではなく、私たちの生活にまで落とし込んだ丁寧な議論が進むことこそ、成熟した民主主義における政策議論の出発点である。この衆議院選挙で、私たちの生活をよくするための建設的な議論が進むことを、筆者は心から願っている。