第九話「貴重な人材」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第九話「貴重な人材」
次の日、山田浩一は休憩時間にキムとの面会を申し出た。研究所はいつもよりも空気が重いように感じる。浩一はモニターに向かいながら深呼吸し、改めて決意を固めた。昨夜、娘の明里と話した後、「何もしないよりは行動した方が良い」との結論に至っていた。
午前10時30分すぎ、浩一は内線電話をかけた。「キムさん、そろそろ伺っても宜しいでしょうか?」。数分後、浩一はVIPフロアに通された。革張りのソファと無機質な観葉植物だけが置かれた応接室に入ると、キムはすでに座っていた。いつものように優雅な微笑みを浮かべている。
「どうしましたか、山田さん」。キムが穏やかな声で尋ねる。日本人と同じ黒色の髪と瞳が柔和な印象を与えるが、浩一にはその目が奥で冷たく光っているように見えた。「いくつかお尋ねしたいことがあります」。浩一はドアを背にして立ったまま言った。「まず、シミュレーションのデータについてです。村上江奈さんが担当したケースで異常値が頻発していました。でも、何度修正しても元に戻ってしまう。まるでパターンが組まれているかのように」。キムが静かに頷く。「それは村上さんの担当ですね。なぜ山田さんが知っているのかわかりませんが。ただ、村上さんがやっていた分野は複雑です。『ノイズ』が入ることもありますよ」と冷静に答えた。
浩一が一歩踏み込む。「本当にそうでしょうか? ならば、村上さんに聞いてみるのが早い。村上さんの行方についてもご存じありませんか? 彼女は『プログラムに誰かが介入している可能性が高い』とも言っていました」。キムの眉がかすかに動いた。しかし、すぐに元の微笑みに戻る。「村上さんは急な事情で退職されました。前にも説明したはずです」。そんなことは・・・と言いかけて浩一は別の疑問点を突いた。