子育て支援金「負担ゼロ」言葉のレトリックにげんなり…大人気高市政権「過去最大122兆円予算案」突きつける仕組みの限界

政府が閣議決定した2026年度(令和8年度)一般会計予算案は、総額122兆3092億円と、過去最大を更新した。日本の人口は約1億2000万人であるが、国民一人ひとりが100万円ずつ出し合って、ようやく届くかどうかの金額だ。この莫大な予算は、私たちが納める税金や、将来への借金である国債によって賄われている。予算案の中で最も大きな割合を占めているのが「社会保障関係費」で、その額は約39兆559億円に達した。予算全体の約3分の1が社会保障関係費である。10年前の社会保障費は約31兆円だ。つまり、この10年間で約8兆円も膨れ上がったことになるなぜこれほど予算が増え続けるのか。政治に詳しいコラムニストの村上ゆかり氏は「最大の理由は日本の少子高齢化スピードの速さにある」と指摘する。村上氏が解説する――。
目次
社会保障費39兆円の内訳
社会保障費が39兆円を超えた事実は、今の仕組みが限界に達しつつあることを物語っている。
この巨額の社会保障費は、主に4つの柱で構成されている。「年金」「医療」「介護」「子ども・子育て」である。この中で最も金額が大きいのは年金だ。現役世代が支払う保険料だけでは全く足りず、国が多額の税金を投入して制度を維持している。
社会保障費が毎年増え続ける最大の原因は「自然増」だ。制度改革を行わなければ、高齢者が増えるに従って自動的に予算が増える。財務省資料では、(年金スライド分を除く)自然増が約4000億円程度と記載されている。
これに加えて物価高の影響が深刻である。病院や介護施設で使う電気代やガス代、薬の値段、食費が上がっている。施設を維持するために、国が支払う診療報酬や介護報酬を上げざるを得ない。これが予算をさらに押し上げる要因となっている。
子育て支援に関わる予算も拡充されている。主に「こども家庭庁」が所管しており、児童手当の支給対象を広げたり、保育所の整備を進めたりするための費用だ。
政府は「全世代型社会保障」という言葉を使い、全ての世代が支え合う仕組みを目指している。しかし、現実には増え続ける年金、医療、介護の費用を削減できておらず、歳出は膨らみ続けている。
2026年4月から、新しいお金の徴収が始まる。「子ども・子育て支援金」という名前である。これは、少子化対策を強化するための財源として導入された。
負担を増やさないと約束して導入したはずの「子ども・子育て支援金」
児童手当を高校生まで広げたり、親が働いていなくても保育園を無償で使えるようにしたりするための費用に充てられる。当時の岸田政権は「異次元の少子化対策」を掲げて、年間1兆円規模の追加予算が必要だと判断した。少子化対策のために、国民全員で少しずつ負担しあおうということだ。
子ども・子育て支援金は、私たちが毎月支払っている「社会保険料」に上乗せして集められる。初年度は総額で約6000億円だ。
1人ひとりの負担額は加入している保険や収入によって異なるが、当初の政府は「1人あたり月平均500円弱」と説明していた。しかし政府試算では、段階導入後は世帯の所得などによって月1000円ほどの負担になるケースも想定されている。少子化対策という国民が反対しにくいテーマを掲げつつ、反対が起きにくい「保険料への上乗せ」という形で徴収を決めた。
この制度を導入するとき、政府は国民に対してある重要な約束をしている。それは「子ども・子育て支援金を導入しても、実質的な負担増は生じさせない」という約束だ。
少子化対策にお金は必要だが、その分、他の社会保障費の無駄を徹底的に削る。さらに、賃金が上がるように経済を成長させる。削った分と賃上げの効果を合わせれば、国民が実際に支払う負担感は増えないという理屈である。当時の岸田前首相や加藤厚生労働大臣は、国会で何度もこの「負担ゼロ」を強調してきた。
しかし、この約束には「言葉のトリック」が隠されていた。政府は「社会保障の負担率(国民の所得に占める負担の割合)」を上げないと言っているだけで、支払う金額そのものが増えないとは言っていない。
「徹底した削減」は行われたのか
2026年度予算案において、実際に「歳出改革」として削られた額は約1500億円である。薬価改定による医療費抑制や、一定以上の所得がある高齢者の窓口負担割合を1割から2割へ引き上げるなどの制度改正を通じて、捻出された財源だ。
子ども・子育て支援金の総額約6000億円と比較すると、削られた額である1500億円では全く足りない。単純な引き算をすれば、4500億円分は「削減」できていないのだ。しかも前述した「自然増」による4000億円の増加もここに加えると、社会保障費負担は確実に増えることになる。
「負担はない」という説明の論理的矛盾
この点について政府は、「2023年度から2028年度までの数年間を合計すれば、削減額と支援金の額はバランスが取れる」と説明している。だが、2026年度という単年度の予算だけを見れば、明らかに「入ってくる負担」の方が「削った無駄」よりも大きい。これは、家計でいえば「月1万5千円の節約をして、ゆくゆくもっと節約するから、新しく6万円のものを買っても家計に影響はない」と言っているようなものだ。
そもそも1500億円の削減は、「もともと高齢化社会を維持するために、行わなければならなかった改革の結果」に過ぎない。政府がかつて約束した「徹底した削減による負担増なし」という説明は、かなり無理があるのではないか。
そもそも、政府の主張には、どうしても納得できない論理のすり替えがある。
もし本当に社会保障費の無駄を削って、その削減分を子ども・子育て支援金に充てることができるのであれば、そのお金をそのまま子育て支援に使えばよかったはずだ。なぜわざわざ新しい「支援金」なる制度の創設をしたのか。
現役世代の財布に起きる「ステルス増税」
政府は「賃金が上がるから大丈夫だ」という理由も付け加えている。しかし、これは「子育て支援金の負担」の話とは別の問題である。国民が賃上げを求めているのは、“今”の手取りが少ないからであり、別の何かに充てるために賃上げするなどという理屈を押し付けられてはたまったものではない。
もっとも大きな矛盾は、社会保障費全体の支出である。前述した通り、2026年度の予算案を見ると支出の合計額は39兆円を超えて過去最大を更新している。家計に例えれば、食費を少し削ったと言いながら、家全体の支出が過去最高に膨らんでいる状態だ。これで「負担は増えていない」と説明されても、納税している国民は納得できるのだろうか。
政府の説明は、数字の表面だけを整えたパズルのようだ。この論理の矛盾こそが、現在の政治に対する不信感の根源となっている。
子ども・子育て支援金の仕組みが巧妙なのは、消費税のように「買い物をした瞬間に引かれる」ものではない点にある。給料から自動的に天引きされる“社会保険料”に混ぜられ、さらに事業主負担も労働者から見えにくいため、多くの人が気づかないうちに負担が増えていく。これを「ステルス(隠れた)増税」と呼ぶ専門家もいる。
政府は「異次元の少子化対策」のエビデンスを示せ
もし政府が子育て支援のために『財源6000億円確保のために所得税を引き上げます』と宣言すれば、現役世代からの猛烈な反対にあうだろう。
しかし、医療保険料に数百円ずつ上乗せする方法であれば、負担が見えにくい。皮肉なことに、現役世代はもともと高い社会保険料を支払っているため、そこに少しずつ負担を積み上げる手法は、国民の反発を避けるための政治的なテクニックとしては良い手段とも言える。
国民が気づきにくい場所で少しずつ負担を増やすやり方は、政治への不信感をさらに深めている。本当に必要な支援がそこにあるのであれば、もっと正面から政府のお金の使い道について議論すべきだ。
社会保障費が39兆円を超え、国民に新たな「支援金」の負担を強いる以上、政府には言葉遊びではない明確な「成果」に繋がるエビデンスを示す責任がある。あれだけ声高に「異次元の少子化対策」を掲げ、国民に負担を求めたのであればその成果にどうつなげるのかを示すのは当然だ。少子化対策は国の未来への投資だが、それが実際に合計特殊出生率の回復にどう寄与するのか、寄与したのかが最も重要である。2003年に少子化社会対策基本法が施行されてから今に至るまで、出生率は減少し続けている。厚生労働省の統計によると、2024年の出生数は約68万人と過去最少で、合計特殊出生率も1.15と過去最低だった。国民に新たな負担を強いるのであれば、単なる支援の拡充ではなく、それが実際にどう出生数の改善に直結するのか、客観的なデータで語るべきだ。
「負担はない」という説明の裏で、国民の生活は確実に苦しくなっている。私たちは、政府の予算の使い道と説明責任を果たす姿を、厳格にチェックし検証していかなければならない。