高市政権の「賃金と物価の好循環」はどうすれば実現するのか?人気YouTuberが語る、日本社会の残酷な現実

物価が上がり、「生活が苦しい」と嘆く日本人は少なくない。そんな中でチャンネル登録者数100万人を突破する人気YouTuberのすあし社長は「この状況は、一時的な景気変動や個々の企業努力の問題ではなく、日本経済が長年抱えてきた構造的な要因の積み重ねによって生じている」と話す。政府が目指す「賃金と物価の好循環」は実現するのか。全2回中の1回目。
※本稿はすあし社長著『この国の「なぜ?」が見えてくる日本経済地図』(かんき出版)から抜粋、再構成したものです。
第2回:世界に輝く日本のアニメ・ゲームに立ちはだかる“二つの壁”とは?人気YouTuberが考えるコンテンツ産業の未来とは
目次
日本のスタグフレーションはタチが悪い
日本経済の状況を整理します。実質GDP成長率は低迷し、実質賃金は10カ月連続でマイナス、消費者物価指数は3%で推移。個人消費は力強さを欠き、多くの国民が「生活が苦しくなった」と感じている――。
現在の日本の状況を見ると、スタグフレーション的な様相を呈しています。スタグフレーションでは景気後退と物価上昇が同時進行するため、金融政策も財政政策も効果を発揮しにくいのです。1970年代のオイルショック時に欧米諸国が経験した悪夢のような経済状況です。
ただし70年代の欧米が経験した「高インフレ+高失業」に対し、日本は「欧米型スタグフレーション」状態と厳密には言い切れない部分もあります。
現在の日本は、名目GDPが緩やかに成長しており、失業率は2.5%前後と低水準を維持しています。しかし、雇用の質を見れば、非正規雇用が36.8%を占め、実質賃金は下がり続けています。企業は人手不足を理由に求人を出していますが、提示される賃金は物価上昇についていけていません。
つまり、現在の日本版スタグフレーションは「マイルドなインフレ+人手不足(完全雇用)のなかでの貧困化」という、歴史的に新しいタイプである点に注意が必要です。失業していないため危機感は共有されにくいのですが、茹でガエル的に生活水準が切り下がっていく点で、よりタチが悪いとも言えます。労働者の生活実感は悪化している「貧しい完全雇用」とも呼ぶべき状況に陥っています。
スタグフレーションを改善するには賃金と物価の好循環を実現し、実質賃金をプラスに転じさせることが不可欠です。企業が内部留保を賃上げや設備投資に回し、生産性を向上させ、その果実を労働者に分配する。この循環を作り出さない限り、日本経済の停滞は続くでしょう。
果たしてそれは可能なのでしょうか。
「賃上げ」の実効性に疑問
2025年10月21日に発足した高市早苗政権は、「賃金と物価の好循環」の実現を最重要課 題の一つに掲げています。具体的には、「最低賃金の引き上げ」「賃上げ税制の拡充」「中小企業の生産性向上支援」などの政策を打ち出しています。
最低賃金は、24年度に全国加重平均で1054円、25年度にはさらに引き上げる方針が示されています。「できるだけ早期に全国加重平均1500円を目指す」との目標を掲げており、これが実現すれば低賃金労働者の所得は大きく改善します。
賃上げ税制では、企業が一定以上の賃上げを行った場合、法人税額を控除する仕組みの拡充がされています。特に中小企業向けには、賃上げ率に応じて最大40%の税額控除が適用される制度が用意されています。
これらの政策は方向性としては正しいのですが、実効性には疑問も残ります。
最低賃金の引き上げは確かに低賃金労働者の所得を増やしますが、企業の負担も増大します。体力のない中小企業は人員削減や労働時間の短縮によって対応せざるを得ないケースも出てくるでしょう。賃上げ税制も利益が出ている企業には有効ですが、原材料費や光熱費の上昇で利益が圧迫されている企業には効果が薄くなります。
賃上げ税制の本質は、あくまで「儲かっている企業への『減税』」だからです。
法人税は「利益」に対してかかります。そのため、コスト高で赤字(または利益がほぼゼロ)の企業は、もともと払う税金がありません。つまり、「そもそも割引する対象(税金)がないと、いくら無理して賃上げをしても1円の恩恵も受けられない」という制度の欠陥があるからです。
「賃金と物価の好循環」実現の条件とは
さらに、政策の「質」も問われます。積極財政による賃上げ支援は重要ですが、その財源を国債発行に頼れば、さらなる円安とインフレを招くリスクがあります。バラマキ的な支援は一時的な痛み止めにしかなり得ません。
政府には単にお金を配るだけでなく、「労働市場の流動化」や「社会保険料の減免」といった、痛みを伴う抜本的な構造改革に踏み込む政治的体力を問われています。
特に現役世代に重くのしかかっているのが社会保険料の負担増です。
実は企業が頑張って名目賃金を上げても、その上昇分が社会保険料の負担増(料率アップや等級アップ)によって相殺され、手元に残る「可処分所得」がほとんど増えないという「穴の開いたバケツ」状態が続いています。したがって、政府に求められるのは賃上げの掛け声だけでなく、この「天引きされる痛み」をどう軽減するかという、社会保障制度の抜本的な見直しなのです。
しかし、政府が環境を整えたとしても、最大の課題は企業の行動変容をどう促すかです。
また、「内部留保を取り崩して賃上げに回す」「非正規雇用を正規雇用に転換する」「生産性向上のための投資を積極的に行う」――こうした企業行動の変化なくして、賃金と物価の好循環は実現しません。政府の政策はあくまで企業の背中を押すものにすぎません。
不可欠なのは「労働市場の流動化」と「高付加価値化」です。成長性の低い分野から高い分野へ人材がスムーズに移動できる環境を整備し、企業側もコスト削減ではなく、付加価値の創出によって賃上げ原資を確保するビジネスモデルへの転換が求められます。
また、内部留保を単に取り崩すのではなく、それを国内の人的資本やイノベーションへの「投資」へと昇華させることができるか。経営者の手腕と、それを後押しする構造改革の実行力が問われています。
高市政権が掲げる「賃金と物価の好循環」は、決して不可能な目標ではありません。それを実現するには、「政府」「企業」「労働者」がそれぞれの役割を果たし、構造改革を断行する覚悟が求められます。その道のりは、決して平坦ではないのです。
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