中居正広が芸能界に復帰できるたった一つの道とは…経済誌元編集長が解説、豪メルボルン大研究「#MeToo の意図せざる結果」

文春報道により引退を発表した中居正広氏。中居氏がやったことは到底許されることではない。一時は芸能活動の継続を宣言していたが、専権の反応を向け態度を改め、「37年間、ありがとうございました。さようなら…。」という言葉を公式サイトに掲載した。しかしそれでも元国民的アイドル。ファンからは「なんとか引退撤回はできないのか」という声も根強い。そんなことは可能なのだろうか。経済誌プレジデント元編集長で作家の小倉健一氏が解説するーー。
目次
なくなってほしい性加害…MeToo運動の2つの課題
引退を発表した中居正広氏の女性トラブルをきっかけに、また再び大きく動き出そうとしているのが、#metoo運動だ。
中居氏とX子さんが結んだとされる「守秘義務契約」や金額が不明な「解決金」を起因として、実態として何が起きたのか明瞭でないままに、ネットの掲示板を中心にひどい被害の「噂」ばかりが取り沙汰されている。こうした噂に一切耳を傾けるべきはなく、本人たちの告白を待つより他はないが、なんらかの解決金が支払われたのは事実であり、X子さんがフジテレビのアナウンサーであったことから、外形的には、親密な取引先間で起きた性的なトラブルということになる。
#MeToo運動とは、職場や社会における優越的地位を利用したセクシャルハラスメントや性的暴力を告発する社会運動である。2017年に始まり、被害者が自らの体験を公にすることを通じて加害者の責任を追及することを目的とした。特に権力や地位を持つ者が、それを背景に性的被害を加える構造が問題視された。ハリウッドの映画プロデューサーによる事件がきっかけとなり、多くの著名人や一般市民が「#MeToo」というハッシュタグを用い体験を共有した。
今まさに「日本社会は何も変わってない!」と主張する識者が登場し始めており、#MeToo運動は再びの盛り上がりを見せるのかもしれない。しかし、この#MeToo運動は、大きく2つの限界と課題が横たわっており、筆者は性トラブルの被害が少なって欲しいと願うことと同等以上に、#MeToo運動のあり方には2つの課題があると思っている。
一つ目は、冤罪の存在だ。性的暴行の虚偽の申し立てについて、10年間1000件以上のデータを分析した「False Allegations of Sexual Assault: An Analysis of Ten Years of Reported Cases」(2010年、『性的暴行の虚偽の申し立て:10年間の報告事例の分析』)では、個人的な復讐や金銭的な利益を目的として、約5%の虚偽告発があったことが指摘されている。
一定数の冤罪があるのは紛れもない事実
他にも、世界保健機関 (WHO)『性暴力被害者に対する医療・法的ケアのガイドライン』(2003年)にも性暴力の虚偽報告は全体の2~8%以下であるというデータが示されている。WHOは全体の2~8%以下という割合を「性暴力の報告全体の中で非常に少ない割合」と評価しているが、一定数の冤罪があるのは紛れもない事実である。
被害女性が人生を棒にふる人がいる中で、冤罪で無罪の男性も人生を棒に振っている可能性もあるわけである。冤罪は、無実の人を不当に罰する結果を招き、社会的信用や人生そのものを損なう深刻な問題である。虚偽報告が存在する以上、性暴力の訴えに対して一方的な決めつけや偏見を持つべきではない。正確な証拠の収集や公正な調査が必要であり、加害者とされる人物の無実が証明される可能性にも配慮すべきである。被害者の支援を行うと同時に、冤罪防止のための公平性を保つことが社会全体の信頼を守る鍵となる。事実に基づく判断が重要である。
もう一つ、過剰な反応である。今回のトラブルを通じて、テレビ局などは女子社員の営業を目的とする会食への参加を禁止する可能性は高い。男女が一対一で食事へ行くのを実体上で禁止するルールも強化されていくだろう。しかし、この「女性の安全のためのルール」は、女性にとって不利である。
メルボルン大学の研究「#MeTooの意図せざる結果」
2022年に発表されたメルボルン大学の研究「#MeTooの意図せざる結果:研究協力からの証拠」では、<#MeToo運動は、若手女性研究者の研究活動に具体的な不利益をもたらした。運動以降、若手女性研究者が新たに始める研究プロジェクト数は年間平均で0.7件減少した。この減少の60%は、同じ大学に所属する男性共著者との新規協力が減少したことが主な要因である>ということがわかった。男女間の昇進機会やキャリア形成における格差が拡大したわけだ。
2019年1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムに参加した男性経営者にとったアンケートでは、#MeToo運動以降、女性従業員との接触を避ける傾向を強めたという。
つまり女性従業員が男性上司から貴重なメンターシップを受ける機会を失うという意図せざる結果が生じたのだ。
6人に1人は女性の部下を指導することにためらい
調査によると、半数近くの男性管理職が女性との一対一の仕事や社交に不快感を覚え、6人に1人は女性の部下を指導することにためらいを示している。また、特定の男性が女性を不快にさせる原因を特定し、適切な対処を行うことの必要性が強調された。単純な「男性悪玉論」ではなく、男女が対等に仕事ができるような実効性の高いガイドラインをつくるべきであろう。
ここで中居正広氏の芸能界引退について考察してみたい。女性との性的なトラブルがあり、それが職務上の地位に関連していたことは外形的な事実である。同様の事案が一般企業で発生した場合、懲戒解雇となる可能性がある。社会的影響力の大きい芸能人であれば、その責任は一層重いものとなる。昨年の松本人志氏の騒動とは異なり、業務上の優位な地位が存在する問題であるため、より厳格な対応が求められよう。
こうしたトラブルは一般人にもつきものだ。もし企業が問題を認知しなければ処分は下されないので、暴行事件を起こしたり、痴漢をしたりしても社会復帰を果たす人は多い。しかし、一度明るみに出てしまうと、厳しい措置を講じるのが日本社会の慣習である。特に、公共性の高い職業に従事する人物に対しては、社会的信頼を損なう行為があれば即座に責任を問われる。厳格な処分が求められる風潮は、日本の組織文化や社会規範に根ざしている。
男性はダンプカー、女性は自転車
芸能界におけるコンプライアンス意識の向上が求められる中で、今回の決断は時代の要請に沿ったものといえる。城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士は「男女関係は、交通弱者保護の考えに近い観点から判断される、具体的にはダンプカーと自転車がぶつかった交通事故と同じような扱いを受けやすい」と指摘する。つまり、男性はダンプカー、女性は自転車であり、自転車のほうもかなり危険な運転であったとしても、ダンプカーのほうの過失がまずは大きいだろうと推認されるところから話が始まるというわけだ。
中居正広氏の芸能界引退について、応援する側の視点では単純な交際の行き違いに過ぎず、相手方女性が一方的に騒いでいるだけという主張もある。しかし、日本社会では女性が密室において男性側の行動に問題があったと認識した時点で事実の如何にかかわらず立場が危うくなる。地位のある男性が性的な問題で告発された場合、潔白を証明することが極めて困難な構造になっている。
現状を打破する唯一の道は
芸能界引退を避けるには、日本社会のルール自体を変える必要がある。痴漢冤罪問題と同様に、加害者とされた男性側が「絶対にやっていない証拠」を提示しなければならないという現実がある。また、示談が成立している以上、無実を完全に証明することは困難であり、潔白を主張し続ける道も限られている。
現状を打破する唯一の道は、被害を訴えた女性が中居氏の行動を不問に付す以上に、芸能界への復帰を応援するなりの意思を示すことも大事になってくるだろう。警察沙汰になった事案ではなく、示談が成立しているため、何をもって中居氏の芸能活動が許されるようなことになるかは、世論の動向次第という面も大きい。今後、起こりうるシナリオなのかもしれない。