トランプ、ついにびびったか…米経済紙「関税への反応が『yippy』になっている」…仲間からも冷ややかな目

再登板したドナルド・トランプが掲げたアメリカ第一主義。だが、4月に打ち出した関税政策は、あまりに拙速だった。日本を含む各国に最大49%の関税を課すとぶち上げたかと思えば、数日後には「90日間の一時停止」とトーンダウン。株価の暴落、市場の混乱、政権内部や共和党からの反発が入り乱れ、いつもの“強いリーダー像”に陰りが見え始めた。トランプ政権の思惑とリアルな市場の反応。その温度差にこそ、いまのアメリカ経済政策の本質がにじみ出ている。果たしてこれは単なる“戦略的後退”なのか、単に「ビビった」のか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、緊迫の全貌を読み解く。
目次
強気のトランプに異変? 関税政策に“後退”の兆し
ドナルド・トランプが再びアメリカ大統領として政権を握ってからというもの、トランプの「迷わずに決めて動く姿勢」こそが、多くのアメリカ人の期待を集めたことだろう。歳出削減を一気に進め、国際的なルールにもあまり縛られず、アメリカの同盟国に対しても遠慮せずに意見をぶつける。
バイデン政権の名残を徹底的に取り除こうとする姿は、どこかスッキリとした力強さを感じさせた。日本にいても、少し前に約束したことすら実行しようとせず、できない理由ばかりを有権者に伝えようとする姿勢にはうんざりだ。しかし、トランプはそういう存在ではなかった。ところが、ここ数日間の「関税」をめぐる動きは、そんな強いトランプ像に小さな揺れをもたらした。関税政策を一度は強く打ち出したものの、すぐに一部を引っ込めた。これを見て多くの人が、「今回はトランプがビビったのではないか」と疑い始めている。その疑問は、今や単なる憶測ではなく、現実に近づきつつある。
4月2日、トランプ大統領は「解放の日」と銘打ち、輸入自動車への25%関税に加え、日本を含む約60カ国に最大49%の「相互関税」を課すと高らかに宣言した。長年の貿易不均衡を正し、アメリカ製造業を復活させるための歴史的な一歩だと位置づけた。その決断力は、まさに期待通りに見えた。しかし、その後の展開は予想外だった。BBCの報道(4月9日)は、その豹変ぶりを伝えている。
「解放」のはずが“延期”に? にじむ迷走感
「ドナルド・トランプとそのホワイトハウスのチームは何日もの間、数十カ国に対して広範な『相互』関税を課すという決定に完全にコミットしていると主張していた。…しかし今、いくつかの注目すべき例外を除き、より高い関税率の一時停止は現実のものとなった」
関税発効予定日(4月9日)直前、トランプ氏は自身のSNSで、高率の相互関税の発動を「90日間一時停止する」と発表した。政権側は「当初からの交渉戦略だ」と説明するが、その言葉を素直に受け取るのは難しい。なぜなら、一時停止が発表される直前、市場はパニックに陥り、政権に明らかに逆風が吹いていたからだ。
関税発表後の市場の反応は、トランプ政権の想定を超えていたのかもしれない。株価は連日暴落し、安全資産であるはずの米国債まで売られる異常事態となった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ、4月9日)は、この市場の動揺が方針転換の引き金になったと報じている。
「大統領は、関税への反応が少し『神経質(yippy)』になっていると述べ…債券市場が急落するのを見て…方針転換するために自身の直感に頼った」
経済界もホワイトハウスに圧力…関税撤回の舞台裏
トランプ氏自身が、市場の混乱を見て「人々が少し気分を悪くしていた」と認めたことは、彼が世論や市場の反応を全く意に介さないわけではないことを示唆する。あの「迷わず動く」はずのトランプが、市場の声に耳を傾け、わずか1週間で自ら打ち出した政策を修正した。これは「ビビッた」と見られても仕方がないだろう。経済界からの圧力も相当なものだったようだ。同報道(WSJ)によれば、JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOをはじめとするビジネスリーダーたちが、景気後退への懸念を強く表明し、ホワイトハウスに方針転換を迫っていたという。
身内であるはずの共和党からも、異論や懸念の声が上がっていた。THE HILLの記事(4月4日)は、関税発表後の共和党議員たちの動揺を伝えている。
「共和党上院議員たちは、トランプ大統領の…関税の規模に対し、様々な度合いの衝撃と警戒感を表明している。…トランプ氏の大胆な行動の包括的な性質が、地元の有権者の間でパニックを引き起こしている」
与党共和党も戸惑い「関税ショック」に広がる不安
特に農業州選出議員は報復関税を恐れ、自由貿易を重んじる議員からは原理的な反対論も出ていた。POLITICOの記事(4月10日)は、多くの共和党議員がトランプ氏の真意を測りかね、「交渉のためのポーズであってほしい」と願う受け身な姿勢だったと描写している。
「せいぜい、それは希望的観測の戦略に相当する…彼を望ましい結果に導き、政策を装った癇癪から遠ざけるために、いつもの操作ゲームをトランプに対して行うことだ」
本来なら大統領を支えるべき与党内にさえ、不安と混乱が広がっていたのである。強気な姿勢を貫くトランプ像とは裏腹に、水面下では様々な方面からの圧力にさらされ、最終的に軌道修正を余儀なくされた、というのが実情に近いのかもしれない。決断は早かったが、その後の修正もまた早かった。これは「柔軟性」と見るべきか、それとも「一貫性のなさ」と見るべきか。
市場が「大統領」を動かす──通商戦略の危うい現実
結局のところ、トランプ大統領は、自らが引き起こした嵐に対し、少なくとも一時的には帆をたたむ選択をした。この一連の騒動は、彼の政策決定プロセスにおける「市場との関係性」という本質的な側面を露呈させた瞬間であったと言えるだろう。株価が急落すれば市場に配慮するような言葉を発し、安全資産であるはずの米国債までが売られる異常事態に至っては、関税発動からわずか数時間で「一時停止」を発表するに至った。
Axiosの記事が指摘するように、ベセント財務長官らが説得に動いた背景には、特に債券市場の混乱に対するトランプ大統領自身の強い懸念があった。表面的には、こうした判断は投資家にとって安心材料に映るかもしれない。しかし、国家の長期的な通商戦略が、日々の市場の機嫌によってこれほどまでに左右されるのであれば、それはもはや強力なリーダーシップとは呼べず、市場への「従属」に近い危うさをはらんでいる。
政権を支えるはずの共和党内の反応も、トランプ大統領への絶対的な信頼というよりは、「様子見」の空気が支配的だった。多くの共和党上院議員は関税の規模に警戒感を示し、地元経済への影響を懸念していた。彼らは内心では自由貿易を望みつつも、大統領の意向を忖度しながら「これは交渉のためのポーズであってほしい」と願うのが精一杯だった。ランド・ポール議員のように、維持された10%の関税ですら「悪い」と明言する声や、グラスリー議員のように大統領の関税権限を制限しようとする法案を提出する動きも、党内の温度差を示している。
トランプを支えた議員たちにも広がる“冷ややかな視線”
かつてトランプ氏を熱狂的に支持していた一部の論客や議員でさえ、今回の件では距離を置いたり、批判的な論調を示したことは軽視できない。強気な言葉とは裏腹に、政権は国内外からの圧力に耐えきれなかった。今回は「交渉のため」という名目で一時停止に踏み切ったが、次に同様の経済的・政治的圧力に直面した時、果たして再び「強い姿勢」を貫けるのか、疑問が残る。
結論として、今回の一時停止という判断には、市場や政治状況に対する「恐れ」が確かに含まれていたと見るべきだろう。市場の混乱、債券の動揺、保守派の懸念、そして世界各国からの反発。これらすべてを真正面から受け止め、それでもなお政策を推し進めるだけの確信が、今回はトランプ大統領になかったのかもしれない。側近たちが語る「当初からの戦略」という説明は、さすがに事後的な「言い訳」に近い響きを持っているように感じる。
もちろん、減税を信奉し、(おそらくは)戦争を嫌い、既存のエリート層や偽善的な建前を嫌うトランプ氏の基本姿勢には、今でも共感できる部分が多い。その上で、今回の事態にはやはりある種の残念さが残る。なぜなら、出発点となった高関税政策そのものが、致命的な政策ミスであった可能性が高いからである。関税が結局は自国民への負担増、すなわち「増税」でしかないという事実は、NBER、ピーターソン国際経済研究所、Tax Foundationなど複数の米国研究機関が、第一次政権時の経験をもとに明確なエビデンスをもって繰り返し指摘してきたことである。
市場原理を重んじる立場からすれば、この基本的な経済原則を無視した政策は、やはり支持しがたい。かつてのトランプなら、この逆風さえも力に変えて突き進んだかもしれない。だが今回は、市場の悲鳴と、支持層の一部にまで広がった懸念の声によって、一度立ち止まった。その姿は臆病に見えたかもしれない。しかし、願わくばこの経験が単なる失敗ではなく、トランプ氏がリアリズムに目覚め、次なる一手として(少なくとも中国以外とは)自由貿易を推進する現実的な指導者へと変わるきっかけになることを期待したい。