維新、最後の希望「カジノリゾートIR」経済効果に経済誌元編集長が疑問「あまりに危うい」幻想、雇用停滞、社会コスト増大の懸念

大阪・関西万博が4月13日開幕し、様々な話題を振りまいている。そんな中で、万博が開催されている夢洲でIR(統合型リゾート)の本体工事が4月24日に始まった。IRはカジノやホテルを含むもので、日本初となる。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は、IRの経済効果について「幻想だ」と切り捨てる。一体どういうことなのか。小倉氏が詳しく解説していくーー。
目次
短期的に一部の雇用を創出するに過ぎない
大阪府と大阪市が推進する「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備計画」(以下、区域整備計画)は、統合型リゾート(IR)が地域経済に絶大な波及効果をもたらし、雇用拡大と税収増を実現する起爆剤であるかのように喧伝されている。区域整備計画では、年間売上約5200億円、そのうちカジノ収益が実に約4200億円と皮算用され、まさに夢洲の未来を賭けた壮大な計画とされている。しかし、数々の実証研究と先行事例を分析すれば、この計画は短期的に一部の雇用を創出するに過ぎず、長期的な経済的持続性を欠くだけでなく、地方財政と地域社会に深刻な負担をもたらすリスクが極めて高いと言わざるを得ない。
まず雇用の問題に焦点を当てる。IR建設段階においては、建設業や運輸業で一時的な雇用増が期待される。米国の郡別パネルデータを分析したCotti(2008)の研究でも、カジノ導入直後に小売業および総雇用数に増加傾向が確認された。だが、これらの効果は3年以内に鈍化し、持続的な雇用にはつながらない傾向が明白である。つまり、見せかけの雇用創出は一時的なものであり、地域経済を恒常的に支える力とはなり得ない。
<【Cotti, C.(2008)“The Effect of Casinos on Local Labor Markets”】郡レベルのパネルデータを用い、米国全体でカジノ開設後の雇用・所得の変化を実証分析した論文。カジノ導入郡では短期的に小売業やサービス業で雇用が増加したが、隣接郡への波及効果は限定的で、経済全体への長期的な利益は乏しいと結論づけている>
区域整備計画では、当初約1兆800億円とされた民間投資(現在は物価高騰等を理由に約1兆2700億円へと既に増額)による施設整備、宿泊業、国際会議場(MICE)機能、エンターテインメント施設の複合利用による経済波及効果が謳われているが、その乗数効果は限定的である可能性が高い。
カジノ導入による長期的な雇用改善は確認されず
例えばマカオでは、カジノ自由化後、カジノ従業員数は大幅に増加したが、その多くは低賃金かつ不安定な接客業務であり、高度な技術や地場産業との連携は希薄だった。同様に、アメリカ中西部の複数郡での分析では、カジノ導入による長期的な雇用改善は確認されず、むしろ近隣地域の労働市場を歪め、既存産業からカジノ業界へ労働力が吸い上げられることで、他産業の人手不足と賃金上昇圧力を引き起こした。
税収についても、甘い見通しは禁物である。短期的にはカジノの粗利益(GGR)に対する課税(納付金)が自治体財政を一時的に潤すかもしれない。しかし、WalkerとBarnett(1999)が警告するように、自治体がカジノ税収への依存度を高めると、景気後退期や観光客減少時の税収減に対する脆弱性が増し、財政基盤の多様化という本来必要な政策が後回しにされる構造的リスクを抱えることになる。
区域整備計画で見込まれる納付金収入(GGRの30%)や入場料(日本人・国内居住者に対し1回6000円)が想定通りに確保できる保証はどこにもない。国内外の経済情勢、パンデミックのような不測の事態、そして将来的な国内他地域でのIR開業による競争激化によって収益が計画を下回れば、期待された税収は画餅に帰す。
地域経済への波及効果についても、実証研究はむしろ否定的な結果
<【Walker, D.M. & Barnett, A.H.(1999)“The Social Costs of Gambling: An Economic Perspective”】社会コストの概念を経済的に分析した研究。カジノ導入による税収や雇用増に対し、ギャンブル依存、治安悪化、医療費、福祉コストなどの外部不経済が発生する構造を解明。社会的コストが利益を上回る場合も多いと警告しており、政策評価に用いられている>
地域経済への波及効果についても、実証研究はむしろ否定的な結果を示している。
カジノが既存の娯楽消費(映画館、劇場、外食など)を奪い、地域内の他業種の売上を減少させる「代替効果」がしばしば観測される。Cottiの研究でも、一部の小売業で雇用が増加した一方で、郡全体の経済的な厚みを増す効果は見られず、特定施設への需要集中が地域経済の活力をむしろ削ぐリスクを指摘している。
小規模事業者への打撃は特に深刻
小規模事業者への打撃は特に深刻だ。カジノ施設内で飲食・娯楽・物販サービスが完結するため、地域の商店街や独立店舗は顧客を奪われ、廃業に追い込まれるケースが後を絶たない。アトランティックシティでは、カジノ開業後に小売店が大幅に減少したとの報告もある。マカオでは地価・賃料の高騰がこれに拍車をかけ、中小企業の経営を圧迫した。こうした状況下で、カジノによる「経済活性化」は、結局IR事業者とその周辺の一部に限られ、地域全体には及ばない。
区域整備計画が内包する制度設計上の欠陥も看過できない。国内居住者の入場回数を週3回・月10回に制限し、1回6000円という高額な入場料を課す規制は、依存症対策としては必要かもしれないが、同時に市場規模を大きく制約する。これで計画通りの年間売上約5200億円(うちカジノ約4200億円)を達成できるかは極めて疑わしい。
カジノの収益は開業初期をピークに減衰する傾向
さらに、IR事業者はGGRの30%という重い納付金を負担しつつ、巨大施設の維持管理費、人件費、集客コストを賄い、利益を確保しなければならない。先行事例が示すように、カジノの収益は開業初期をピークに減衰する傾向があり、長期的に計画通りの収益構造を維持できる可能性は低い。収益が悪化した場合、事業者が真っ先に行うのはコスト削減であり、それは雇用の質の低下(非正規化、低賃金化)や人員削減に直結する。地域住民が期待する「安定した良質な雇用」は幻想となり、不安定労働が増加するリスクが高い。WalkerとJacksonの研究が示すように、カジノ導入による経済成長効果は短期間で消失し、長期的な持続性はないとされる。
<【Walker, D.M. & Jackson, J.D.(2007, 2013)“Do Casinos Cause Economic Growth?”】アメリカ50州のデータを用い、カジノ導入と経済成長の因果関係を時系列で分析。初期には正の相関が見られる場合もあるが、長期化すると効果は消失し、持続的な経済成長要因とはならないことを示した。>
制度設計上のもう一つの問題は、IR事業の排他的な構造である。ホテル、レストラン、物販、エンターテインメント施設がIR区域内で一体的に提供される「ワンストップサービス」は、来場者を施設内に囲い込み、地域への消費流出を最小限に抑える。
夢洲に託された「夢」は、あまりに危うい
これは、アトランティックシティやマカオで顕著に見られた現象であり、大阪でもIRが生み出す経済効果は夢洲の中で完結し、周辺地域には波及しない「閉じた経済圏」となる可能性が高い。地元中小企業は、巨大資本のIR事業者と直接競争する機会すら奪われかねない。
計画に含まれるMICE機能についても、その需要予測には疑問符が付く。大阪には既にインテックス大阪やグランキューブ大阪といった大型施設が存在し、稼働率は必ずしも高いとは言えない。国際会議の誘致件数でも国内主要都市に後れを取っている現状で、巨大な追加施設が十分な需要を掘り起こせるという具体的根拠は乏しい。むしろ、既存施設との間で限られたパイを奪い合い、共倒れとなる懸念すらある。
維新の会が「民間活力の最大化」「成長戦略の起爆剤」として掲げるIR計画は、現実の実証研究や先行事例の教訓に照らせば、あまりに楽観的かつ非現実的な設計と言わざるを得ない。短期的な建設特需や見せかけの雇用増に目を奪われ、中長期的にはギャンブル依存症対策、治安維持、インフラ整備といった社会的コストの増大、そして計画が頓挫した場合の財政的リスクという構造的な問題を軽視している。地域経済への負の外部性(中小企業の淘汰、生活コスト上昇など)が累積すれば、地域経済は活性化するどころか、むしろ疲弊しかねない。
夢洲に託された「夢」は、あまりに危うい。大阪の未来をカジノという不安定な土台の上に築こうとする前に、無駄遣いをやめて国民や企業にお金を戻す必要があるのではないのか。教育費を全額税負担化するなど無駄遣いばかりを続ける維新だが、万博関連予算につぎ込んだ13兆円を上回る収益になることは絶望的な大阪万博を開催した反省は今だない。その大コケした万博の後で、維新が大阪の将来を考えるならば、このリスクの高い計画を一度立ち止まって徹底的に再検証し、必要であれば撤回する勇気を持つことこそが、最も責任ある判断であろう。