中国の本音「長期化は避けてほしい」…「毒苗」と高市総理を罵る中国に待つ”深刻なブーメラン” 経済ボロボロで成長目標「未達」に危機感

日中両国の関係悪化が止まらない。高市早苗首相の「台湾有事」をめぐる国会答弁に中国側が猛反発し、観光や経済面での報復措置を講じ続けているのが理由だ。ただ、高市首相に「答弁撤回」を受け入れる気はサラサラなく、中国側は振り上げた拳を下ろせずに困惑しているのが実情だろう。日中間の摩擦がエスカレートしていけば「経済戦争」に繋がるとの懸念も尽きない。ただ、経済アナリストの佐藤健太氏は「両国の関係悪化は日本にも打撃となるが、中長期的には中国経済の成長を阻む『ブーメラン』になる」と見る。はたして、着地点は見つかるのか。「経済戦争」の行方を佐藤氏が解説する――。
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国営新華社通信は「毒苗」と高市氏を呼ぶ
「日本は中国に対し、建設的でオープンだ」「包括的な良い関係を作っていく。国益を最大化するのが私の責任だ」。高市首相は11月26日の党首討論で、このように強調した。立憲民主党の野田佳彦代表が「日中関係は極めて冷えた関係になってしまった」と責任を追及したが、首相は「戦略的互恵関係」を目指す従来の政府方針に変わりはないとの認識を示した。
これまでも日中間に火種はくすぶり続けてきた。そして、今回は11月7日に行われた衆院予算委員会での質疑をきっかけに“爆発”したというところだろう。立憲民主党の岡田克也氏から台湾有事に関する質問を受けて、高市首相は「(中国が)戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、どう考えても『存立危機事態』になりうる」と発言した。これが日本として集団的自衛権を行使できるケースに具体的に触れたものと受けとめられ、波紋が広がったのだ。
高市首相は党首討論で「具体的な事例を挙げて聞かれたので、その範囲で私は誠実に答えたつもりだ」と答えたが、中国政府は猛反発している。日本への渡航自粛を呼びかけ、12月に中国から日本に運航するはずだった900便超が運休を決めた。11月末に開催される予定だった日中韓3カ国の文化相会合の延期も決めている。国営新華社通信は「毒苗」と高市氏を呼び、中国では日本に関する映画の上映やコンサート、ミュージカルなどが相次いで中止となっている。
11月28日に上海市で開催されたイベントでは、アニメ「ONE PIECE」(ワンピース)の主題歌を歌手の大槻マキさんが歌唱中、突然照明が消えてステージから追い出される事態となった。
中国の国民から「やりすぎ」との批判も
大槻さんの事務所は声明で「やむを得ない諸事情により、急きょ中断せざるを得ない状況となってしまいました」と説明するが、翌29日のイベントも中止となった。
さすがに中国の国民からも、やりすぎとの批判の声もあがる。ただ、中国政府は高市首相が「答弁撤回」をしない限り、報復措置は続ける考えのようだ。両国の緊張関係は長期化するとの見方は強い。
では、日本側が中国からの渡航自粛に伴って受ける経済損失はどうなのか。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは11月18日、中国と香港からの渡航自粛は日本のGDP(国内総生産)を0.29%押し下げるとの試算を公表した。今年1~9月までの全訪日客数のうち、中国からの訪日客は最大の23.7%に達している。今年9月までの1年間では約922万人で、7~9月期の1人あたり平均消費額は23万9000円に上る。
木内氏は「中国からの向こう1年の訪日客の消費額が受ける渡航自粛要請の影響1.49兆円と香港からの訪日客の同様の影響0.29兆円を合計すると1.79兆円となる」と指摘。「日本経済への影響は試算値以外にも国内旅行関連のビジネスへの打撃を通じて従業員の雇用や所得にマイナスの影響が生じ得ることから波及効果も考慮すると悪影響はより大きくなる」としている。
エスカレートすれば日本経済に影響を与えるのは間違いない
木内氏の試算は観光面の影響に焦点を絞ったものだ。今年は訪日外国人数が初めて年間4000万人を超える勢いを見せており、インバウンド消費は無視できないレベルに達している。今年1~9月期の訪日外国人による消費額は6兆9156億円で、その2割強を占める中国は国・地域別で最も多い。すでに観光客のキャンセルが相次いでいることに加え、これが全面的な禁止にエスカレートすれば、日本経済に影響を与えるのは間違いないだろう。
もう1つの試算も紹介したい。日本総研は11月25日、日中関係が本格的に悪化する場合には訪日消費額が3年で2兆3000億円の減少に達するとの試算を公表した。それによれば、今後わが国に対する中国政府の強硬姿勢が緩和され、訪日旅行への制限を課さない場合、訪日消費額は5000億円程度の減少にとどまる計算している。
報復措置で影響を受けるのは日本だけではない
その一方で、中国政府が長期にわたって渡航を禁止する場合、向こう1年間の訪日消費額は1兆2000億円減少し、3年間での損失総額は2兆3000億円に上るという。宿泊や飲食、日系ブランドなどで売り上げが落ち込み、北海道や沖縄県といった人気リゾートへの訪問も激減することが予想される。
だが、重要なことは中国による報復措置で影響を受けるのは日本だけではない点だ。まず、中国による日本への渡航自粛は中国側の旅行業や航空業に打撃を与える。中国の旅行代理店は予約キャンセルで損失を被り、キャンセル手数料や在庫調整に苦しむ。航空会社の減便は収益減に繋がり、中国の観光産業にも間接的な影響が波及する。
そして、忘れてはならないのは中国経済が「輸出主導型」である点だ。中国は内需が低迷し、国内の供給過剰が深刻化する中で純輸出が成長を主導してきた。日本貿易振興機構(JETRO)のまとめによれば、日本から中国への対中輸出額は2024年に1565億ドルだ。これに対し、中国から日本への輸入は1671億ドルに上っている。中国は日本の第2位の輸出市場で、日本は中国の第3位の貿易相手国という「相互依存」関係になっている。
長期化させれば「ブーメラン」となる
こうした点を踏まえれば、中国が報復措置を長期化させれば「ブーメラン」となることは想像に難くない。中国の輸出依存度は高く、対日輸出が減少していけば、貿易黒字の縮小を招くはずだ。製造業を中心に就業率の低下や国内消費の冷え込みも助長する。相互依存が高い分、中国にとっても「痛み」が避けられないのは間違いない。
誤解を恐れずに言えば「チャイナリスク」は、かねて指摘されてきたものだ。これまで中国は日本企業の進出先として熱い視線が向けられてきたが、今は企業サイドもカントリーリスクを重く見ている。両国の緊張が高まれば日本企業の撤退や投資凍結が加速する。日本側の企業では中国依存のサプライチェーンを見直す動きが活発化しており、それが欧米企業に警鐘を鳴らす契機となる可能性は高い。
国外からの供給が縮小していけば、中国製造業は停滞するはずだ。輸入制限は生産ラインの停止を招き、部品の代替調達やコスト増、品質低下が避けられなくなる。
中国は「振り上げた拳」をどのように下ろしていくつもりなのか
今後、中国は2010年の「尖閣衝突」時のように希土類(レアアース)の輸出停止といった報復措置に踏み切る可能性もある。中国はレアアース生産量が世界の約70%を占め、精製も圧倒的なシェアを誇る。ただ、その制限をすればサプライチェーンを乱し、中国にもブーメランとなって跳ね返る可能性は高い。
加えて、中国には米中摩擦の影響も残る。不動産バブルの崩壊や失業率の上昇が見られており、日中両国の関係悪化が長期化すれば中国経済悪化のリスクは高いだろう。中国の2025年7~9月期の実質GDP成長率は前年同期に比べて4.8%増で、2025年4~6月期の5.2%増から減速した。米中摩擦や不動産不況に加え、日中間の摩擦が続けば、2025年の成長目標は達成が危ぶまれる。
科学的根拠に基づく説明が可能な事案であれば、日本側が正確な説明をすれば問題は終わる。だが、今回は「首相の発言」そのものを問題視し、それを中国側が執拗に撤回しろと迫っているものだ。それだけに、日本政府内には「これは難しいことになる」と長期化する可能性があると見る人は少なくない。
はたして、中国は「振り上げた拳」をどのように下ろしていくつもりなのか。そして、中国経済にどこまで報復措置の余波が現われるのか。両国間の緊張関係は、世界経済にも少なからず波及することになりそうだ。