中国問題でトランプが高市をサポートしない本当の理由…「シンゾーには交渉で譲りすぎたかな」日米同盟の崩壊を防いだ「安倍元総理の耐え忍ぶ4年間」

編集部撮影

 日中関係が冷え込む中、仲間についてくれるはずの米国の態度がいまいちはっきりしない。トランプ大統領は高市早苗総理に「中国を刺激しないように」と助言したといい、それだとどっちの味方なのかよくわからない。日米で同盟を組んでいるはずなのに、なぜ日本はトランプに頭が上がらないのか。元月刊Hanada編集者・梶原麻衣子氏が「安倍―トランプ時代」を分析する――。 *<>は各参考文献からの引用

*本稿は梶原麻衣子著『安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録』(星海社新書)の一部を抜粋し、編集したものです。

目次

経済・貿易が安全保障と連動するトランプ流

 日米同盟、安全保障を経済と連動させ、「米軍が日本を助けているんだから、その分経済での見返りをよこせ」というのがトランプの手法だ。

『日米首脳会談』(中公新書)の著者で帝京大学准教授の山口航はこう述べる。

〈経済と軍事の話をここまではっきりとリンクさせるのはトランプ大統領ならではです。レーガンやブッシュ・シニアの時代には日米間に激しい貿易摩擦があり、これを良好な安全保障関係に波及させないよう、むしろ経済と軍事・安全保障を分けて考えよう、というのがアメリカ側の意向でした。ところがトランプ大統領はあからさまに経済と安全保障をリンクさせています〉(山口航「石破首相の左手がすべてを物語っている…トランプとの「笑顔の握手」の裏にあった知られざる“30時間”の準備」、『プレジデントオンライン』2025年10月16日公開記事)

 一方で、日米同盟の「片務性」「対等性」についてはこう指摘する。

〈防衛協力で言えば「アメリカが軍隊を出すのだから、日本も自衛隊を出すべきだ」というのは相互の役割を“対称”にするものですが、これが仮に実現しても、だからと言って必ずしも“対等”な関係になるとは言えません。

 例えばNATOは加盟国に集団防衛義務があり、アメリカが攻撃を受ければNATO加盟国が反撃に加わることになるという、お互いがお互いを守り合う対称的な関係にあります。ところが各国は「お互いに対等な関係だよね」と満足しているわけではありません。欧州側もそうですが、アメリカ側も同様で、トランプ大統領は「NATO諸国はもっと防衛費を増やせ」とハッパをかけています。

 また逆に言えば、対等な関係になるためには、果たす役割を同じにすることが必要不可欠というわけでもないと考えます。そもそも、戦後圧倒的な力を持っていたアメリカと、完全に対称的な同盟国はありません。

 いろいろと不満を持ちながらもアメリカのパワーを頼みにしていて、アメリカからの要求には「対等ではない」と反発を覚えながらも、いざアメリカが退くとなれば慌てざるをえないのが現実です〉(同)

寝るところと食事を提供するだけでなく、報酬も

 河井克行はこう述べる。

〈トランプ大統領の頭の中では、貿易と防衛は一体のものとして考えられています。「アメリカのコメも車も買わない国に、なぜアメリカが軍事力を提供して、守ってやらなければならないんだ」という理屈です。

 いくら日本政府が「二つは別物ですよ」と主張したところで、トランプ大統領の認識は変わりません。良い悪いではなく、そう信じているのですから。果たしてそれを踏まえた対応を日本側はできているのでしょうか。

 そもそも、米軍駐留についていえば、トランプ大統領は第一期の就任前からたびたび「在韓米軍は撤退する」「日米安保は不公平だ」と言ってきた人ですよ。アメリカの持ち出し、財政面での負担が大きすぎることに不満を抱くことはトランプ大統領に限ったことではなく、アメリカ社会にも広くあります〉

〈これから米軍駐留経費の日本側の負担(ホストネーションサポート)の中身についての交渉が始まります。現在は80%以上を日本が負担していますが、ひょっとするとトランプ政権は「200%負担せよ」と言ってくる可能性があると見ています。

「米軍にいてもらいたいなら、必要経費の全額負担(=100%)だけでなく、報酬(=さらに100%)を払え」という考え方なんです。

 黒澤明の『七人の侍』を見ても分かるように、善良だけど力のない農民が山賊や物盗りから村を守ってもらうために用心棒を雇う際には、寝るところと食事を提供するだけでなく、報酬も渡すでしょう。

 トランプ大統領の認識もこれと一緒で、「何のために米軍が日本にコストを払って駐留しなければならないんだ。金をもらえるなら、いてやってもいいが、そうでないなら、いる意味はない」と考えているのです〉

〈日本政府の公式見解では、米軍は日本を含む極東の平和と安全のために日本に駐留していることになっています。しかし中国や北朝鮮が核戦力を増強し、アメリカ本土に届く長距離ミサイルを持ち始めている今、日本列島に米軍を置いておくことがどれだけアメリカ本土を守ることにつながるのかという疑問が、トランプ大統領だけでなくアメリカの議会からも出てきているのです。

 トランプ政権とその支持者たちは、「世界は変わったのだ」と言います。日本も頭を切り替えて、「変わった」世界では何が必要なのか、何をしなければならないかを考えなければなりません〉(河井克行「石破さんが辞任表明して本当に良かった…米国に34回行き271人と会った私が驚いた“トランプへの致命的失言”」、『プレジデントオンライン』2025年10月2日公開記事)

安倍ートランプ、最後の首脳会談

 経済と安全保障を一体のものとして考える「経済安全保障」の観点は日米協力が進む分野になっている。だが一方で、トランプ政権下では貿易と防衛、経済と安全保障も容赦なくディールの対象となる。変わりゆくアメリカに、日本はどう対応すべきなのか。

 トランプと安倍はその後、2019年6月28日の大阪でのG20サミット、8月25日のフランス・ビアリッツでのG7サミット、そして9月25日、国連総会出席のための訪米時の首脳会談で日米貿易協定に関する共同声明に署名している。

 これにより、アメリカから日本への牛肉、豚肉、ワインなどの関税が引き下げられた一方、日本は自動車や自動車部品への関税については継続協議に持ち込んだ。

2025年、「相互関税」をぶち上げて世界を震え上がらせたトランプだが、「最も仲のいい外国首脳」と言われた安倍でも、トランプの首に鈴をつけ、実利を失わないよう交渉するのはこれだけ大変だったということでもある。自動車に関税を課せられて業界や日本経済が冷え込むくらいなら、国賓待遇をもってしてもなんとかこれを阻止しようということだったのだろう。

 そしてこの2019年9月25日が、安倍とトランプの最後の首脳会談となった。

「すぐ電話するほどの親密な関係」「見解の一致を求める両者の姿勢」

「トランプ大統領と完全に一致しました」

 お笑いコンビ「サンドウィッチマン」のツッコミ役である伊達みきおの持ちネタに、安倍のモノマネがあった。そのモノマネで口にしていたのはこんなフレーズだった。

「トランプ大統領と電話で会談し、見解が完全に一致しました」

 決め台詞の前には、その時々の軽い話題が入る。2020年10月6日の宮城米の販売促進イベントに出演した伊達は、宮城米と納豆の相性がいいことを受けて「やはり、日本の発酵食品、納豆を食べていただく。納豆菌は非常に強いです。そのことを先ほど、トランプ大統領に電話いたしました」と安倍のモノマネで述べている。

 安倍の声色に似せていることもさることながら、「そんなことで電話するなよ!」「しかも見解が一致するのかよ!」と、笑いが起きるのだ。

 これが笑いのネタになるほど、安倍とトランプの「すぐ電話するほどの親密な関係」「見解の一致を求める両者の姿勢」が広く国民に知られていたと言える。対米自立派の筆者としては、モノマネの完成度には思わず笑いながらも、その実、内心は泣き笑いのような心境でもあった。

安倍氏の対処で日米関係は最悪になるのを防いだ

「でも実は外交においては、それが大事なのです」と、帝京大学准教授の山口航は述べる。

〈尖閣諸島に対する日米安保条約第5条の適用などについて、日米の見解が一致していることはみな知っているのだから、何回も言わなくていいのではないかと感じるかもしれません。確かに日常生活においてはまさにその通りなのですが、外交面では何度も見解の一致を確認し、発表することに意味があるのです〉(2025年9月8日、筆者取材)

 2016年11月に始まった、安倍とトランプの関係。任期がある以上、この関係もいつかは終わるのだが、その日は思ったよりも早くやってきた。

〈政治においては、最も重要なことは結果を出すことである。私は、政権発足以来、そう申し上げ、この7年8か月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。病気と治療を抱え、体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。

 総理大臣の職を辞することといたします〉

(「安倍内閣総理大臣記者会見」、首相官邸ホームページ、2020年8月28日)

 2020年1月末ごろから未曽有の世界的流行となった新型コロナウイルス感染症の対応に追われる中、持病である潰瘍性大腸炎の症状悪化で安倍は総理の座を退くこととなった。「安倍辞任」が大きく取り上げられた翌8月29日の朝日新聞一面には、〈トランプ氏が指名受諾演説〉との見出しも掲載されている。国際面でも報じているように、トランプが同年11月に行われる米大統領選における共和党の指名を受諾。受諾演説では、民主党のジョー・バイデン候補の批判に終始したと報じられている。

 蜜月と言われた二人が、終わりと再選の展望という点で道を分かったことになる。

 同年8月31日の朝日新聞では、〈「蜜月関係」大国の現実〉として安倍政権に対するアメリカ(とロシア)の評価を論じている。

〈安倍晋三首相が辞任を表明したのは、トランプ米大統領が再選に向け、共和党全国大会で演説した数時間後だった。翌日、トランプ氏は記者団に安倍首相を「素晴らしい友人」と表現し、「最大限の敬意を払う」と辞任を惜しんだ〉

〈トランプ氏が安倍首相に言及する際は「マイ・フレンド」とつけ加えることが多い〉

 さらにある日本政府関係者の弁として、〈「安倍首相が耐え忍ぶ4年間だった」〉とのコメントを掲載。さらにアメリカ側からジェームズ・ショフ元米国防総省東アジア政策上級顧問のコメントも引いている。

〈「トランプ氏への対応は困難かつ面倒だったと思う。完璧ではないにせよ、安倍氏の対処で日米関係は最悪になるのを防いだ」〉

「困難かつ面倒な相手」との「耐え忍ぶ4年間」の終わり

 困難かつ面倒な相手との耐え忍ぶ日々はここで幕を閉じることとなった。

 辞任表明後の2020年8月31日の電話会談で、トランプは安倍にこう述べたという。

〈「安倍さんには、貿易交渉で譲りすぎたかもしれない」と話していました。総じて日米でいい関係を築けたと思います〉(『安倍晋三回顧録』)

 一方のトランプは国内のコロナ対応に追われながら迎えた2020年11月3日の大統領選挙でバイデンに敗北。2021年1月20日の新大統領就任をもってその座から退くことになった。

 だが選挙後から「不正選挙陰謀論」がアメリカ国内のみならずウェブを介して国際的に蔓延し、トランプ自身もそれを煽ることになった。本気で信じていたのか、「不正だ」と言い続けることで敗北を否認していたのかは不明である。

 2021年1月6日には米議会襲撃事件が発生し、事実上、暴動を煽ったトランプは「立つ鳥跡を濁す」形でホワイトハウスを去った。

梶原麻衣子著『安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録』(星海社新書)

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