第三話「まさかの失望」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」

 スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。

 表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。


 舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。

第三話「まさかの失望」


 陽光が斜めに差し込み、埃の舞う姿がはっきりと浮かび上がる国会議事堂内の一室で、新政党の代表、宗谷公平はテレビ画面を食い入るように見ていた。国会中継の中心に映る高地きみえ首相は時に厳しい表情を見せ、時に柔らかい笑顔を浮かべている。だが、宗谷の目は深い失望を映していた。高地首相の所信表明演説は彼が待ち望んだ「変革の鐘」となるはずだったが、期待していたものではなかったからだ。

 これまで宗谷は、高地が持論としてきた外国人政策に希望を抱いていた。「高地さんが首相になれば民自党も、この国も変わるかもしれない」と温かい視線を送ってきた。阿武健三政権の時代から事実上の移民政策を採ってきた影響は無視できず、日本の伝統や文化を守り抜くための力強い一歩を期待していた。だが、高地は総理大臣に就くと現実路線に舵を切ったように映る。彼の心は嵐のように荒れていた。

 所信表明演説後、新政党の控え室でコメントを待つ記者たちが見つめる中、宗谷は額の汗をハンカチで拭いながら困った表情を浮かべた。そして、ゆっくりと口を開いた。「正直な感想を言うと、ちょっとガッカリしている」。抑えきれない苛立ちがにじみ出ていた。

 控え室にざわめきが広がった。新政党は「ジャパン・ファースト」を掲げ、一部からは“極右”と評されることがあるほどの保守政党だ。その集団が保守政治家の代表格である高地の所信表明演説に失望し、距離を置こうとしている。フラッシュが一斉にたかれ、宗谷の顔を照らし出す。のぞき込むように1人の記者が手を上げ、「高地首相の本性をどう感じましたか?」と質問した。

 宗谷は深く息を吸い込み、記者たちに見えないように拳を握りしめる。演説はそれぞれのテーマだけを見れば、新政党の政策には近い。だが、それは表層だけだ。「わが党の政策に近いところがあると思う。でも、結局は民自党の枠を超えていない。ね?」。教育政策は薄っぺらく、新政党が重視する消費税減税にも触れられていなかった。

 宗谷の声は次第に熱を帯び、記者たちはペンを走らせる。「新自由主義的なグローバリズムの流れから、脱していない。高地首相は積極財政と掲げているが、プライマリーバランスに配慮しながらの『責任』だって? そんな中途半端なものでは、何も変わらない! お題目は立派だが、振り切った政策にはならないよ」。

 高地の演説は「夢」のスタートのはずだった。宗谷が新政党を立ち上げて以来、彼はグローバリズムの波に抗ってきた。外国人の無秩序な流入が日本の文化を蝕むと信じ、外国人問題に警鐘を鳴らし続けた。そして、国民生活を強く豊かにする経済財政政策や社会保障改革を訴えてきた。高地ならば、それを実現してくれるはず。宗谷は新政党の理念と重ね合わせ、高地と共に「ジャパン・ファースト」を実現すると期待を寄せていた。

 何より、日本には「スパイ防止法」がない。外国人や外国企業が日本の土地を買い漁り、各地で報告される犯罪率は日本人のそれと比べて高いという。一部の学校では3分の1近くを外国人が占めるという話も聞こえてくる。高地政権となれば、新政党の目指した政策を実現できる。宗谷はそう心を躍らせていた。

 しかし、それは幻に終わった。宗谷は「今、国民が削減すべきと感じているのは議員定数ではなく、外国人の受け入れ数と我々は考えている。それは民自党ではできない」と悟った。そして、「もう新政党が主導して戦っていくしかないな」と心に誓った。

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この記事の著者
伊藤慶

作家・小説家。経済、政治に精通。小説家としての処女作『奪われる: スパイ天国・日本の敗戦 (みんかぶマガジンノベルス)』がみんかぶマガジンにて連載中。

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